第4話 そして真相へ
また何か不思議なことを言い出した義秋を、なんとも言えない気持ちで見つめる。義則などは、弟が何を言うのか少し楽しんでいるように見えたが、拓也は呆れたように義秋に尋ねた。
「今度はどうしたんだよ」
「あのね、『ドラゴンウルフ』のカード付きチョコレートなんて、この世には存在しないんじゃないかな……」
あまりの発言に、僕も拓也も目を見開いた。今まで、僕たちがテレビコマーシャルやら少年漫画の雑誌やらで一体何を見てきたというのだろう。口を挟もうとすると、義則に制止された。
「それでそれで?」
義則は明らかに面白がって、弟の突拍子もない言い分の続きを聞こうとしている。義秋の想像力がとどまる事をしらないのは、こうやって兄が想像の邪魔をしないからなのだろう。とてもいい方針だとは思うが、今はそれどころではない。
「散々コマーシャルで見たじゃん。雑誌の商品紹介でも見たし」
「僕らは情報に踊らされてる……もしかしたら『ドラゴンウルフ』自体も? 僕らが今まで楽しんでいたものは……?」
義秋の妄想力がだいぶとやばい領域まで進んだところで、義則は耐えきれないという様子で吹き出した。
「アキー、集団幻覚じゃねえんだからそんなことある訳ないだろ?」
「さっきコンビニ行った時にも入荷はしてたって聞いたんだろ」
笑いながら弟を諭す義則に乗じて、拓也も義秋を戒めた。あっ、とでも言うように口をあんぐりと開けた義秋の様子が面白かったようで、義則は腹を抱えてさらに笑った。先ほどから何度も義秋の暴走の被害に遭っている身としてはそんな悠長に笑っていられることでもないのだが。
「SNSでも購入報告がいくつも上がってんぞー。ほら、この人とか箱で買ってる」
「本当だ! うわーいっぱい怪人系入ってる」
「1箱買ってこの比率かー、結構厳しい感じだな」
「ドラゴンウルフ、やっぱりめちゃくちゃかっこいいね……あ、」
義秋が「見てはいけないものを見てしまった」とでも言うような声を上げたので、画面に視線をやると、「欲しかったカード出なかったから要らないし捨てる!」という書き込みが表示されていた。
「ひでぇな……買えてない子どももいるのに、怪人カードだからって捨ててやがる」
顔をしかめてそう話す義則の声はあまり耳に入ってこなかった。僕たちは、今ならどんなカードが出たって嬉しいのに。ひどいことをする人もいるものだ。
嫌な写真を見てしまったからか、場には暗い沈黙が降りた。この重苦しい空気を打ち消したのは、またもや義秋の大きな声だった。
「そうだ、兄ちゃん。スーパーまでついてきてよ!」
義秋の言葉にはたと気づく。僕たちは子どもだけでいつもの駄菓子屋と拓也のお母さんが働いているコンビニ以外には行ってはいけないと言われている。しかし、高校生である義則がいるのであれば話は別だ。
「おいおい。お前なぁ、兄ちゃんだってそんな暇じゃ……。まあ、仕方ねえか」
義則は断りたそうにしていたが、僕たちの期待を込めた視線に根負けしたようだった。喜びのあまり、僕と拓也はハイタッチまでしてしまった。
「けど、スーパーまで行ってもあるかどうかは分かんねえぞ」
「分かってるけど、最後まで諦めたくないから」
「そうそう、ドラゴンウルフだっていっつも最後まで諦めねえもんな」
ハァ、と大きめのため息をついて、義則は歩き始めた。慌てて後ろをついていく。
「どうする? スーパーまで行こうと思うと自転車の方が早いぞ」
「自転車取りにいく時間ももったいないから、このまま行こう」
拓也も僕の言葉に頷いた。
「じゃあ、行くか」
スーパーまでは歩いて15分ほどだ。僕と拓也は「売ってなかったら、今度は義秋は一体何を言い出すのだろうか」という一抹の不安を抱えていたため、静かに歩いていた。僕たちの不安を知ってか知らずか、義秋は先ほどから楽しそうに義則に話しかけている。
「兄ちゃんも『ドラゴンウルフ』いつも一緒に見てるもんね」
と笑う義秋を義則は優しげな眼差しで見つめる。義秋の言葉に、僕も思わず話しかけた。
「そうなんですか?」
「おぅ。『ドラゴンウルフ』はドラマも結構作り込んであるし。怪人側にも正義があったりとかで面白いからちょくちょく見てるよ」
「怪人側……っすか?」
なぜヒーローではなく、怪人の方のドラマを言うのだろうか。同じ疑問を持ったのだろう拓也が首を傾げた。義則は分かっているとばかりに笑顔で応じる。
「珍しいんだろ。小学校の時の担任がこういうの、よく道徳の教材として使ってたんだよ。悪役好きな先生だったから、教育に悪いとか言われてよくPTAに怒鳴り込まれてたけど」
義則は思い出したのかケタケタと笑っている。道徳なんて、よく分からないノートを書かせられるか、学活の時間と変わらないようなドッジボールの時間になるかなので、義則の言う授業が全く想像できない。しかしヒーローアニメを使ったような授業なら面白そうだな、と漠然と思った。
そうこうしているうちに、ようやくスーパーマーケットに到着した。店内を走ってはいけないと頭では理解していながらも、急ぐ気持ちが抑えきれない。おまけ付きのお菓子を扱っているコーナーに飛んでいくと、そこには。
「……ない」
愕然とした気持ちで、空っぽになった陳列棚を見つめる。
「やっぱり、存在しないんじゃ……」
「いや、コーナーはあるし、ここも売り切れてんだ」
義秋の妄想に付き合ってられる余裕が僕達にはもはやなかった。陳列棚を眺めて呆然としていると、いつの間にかいなくなっていた義則が店の人を伴ってお菓子コーナーに戻ってきた。
「ここに『ドラゴンウルフ』のカード付きチョコレートが売ってたと思うんですけど、それってまだ倉庫とかにありませんかね」
「えっと……申し訳ございません。全て早朝に売れてしまいまして」
「全部ですか?」
「はい……あるだけ全部、壮年の男性が購入していかれたと。珍しいことだったので噂になっていました」
「壮年の、男性……」
「ずるいよ! みんな買っちゃうなんて」
義則は何か考えるような仕草をしたが、いよいよ泣き出した義秋を見て、「分かりました、ありがとうございます」とだけ言って慌てて義秋を抱えて店を出て行った。僕達もスッキリとしない気持ちでそれに続く。
泣き止まない義秋を連れて、行きよりも幾分も遠く感じる道のりを歩いて、最初の集合場所であった公園に戻ってきた。この公園に最初に集まった時は、あんなに希望に満ち溢れていたのに。今は、何も持っていない。カードも、希望も。
「まあ、こればっかりは仕方ないわな。兄ちゃんがネットでまとめて注文してやろうか?」
義則が義秋を必死でなだめているのを横目に、僕は、僕が最初に公園に来たときから遊んでいた低学年の子の手の中にあるものに釘付けになった。僕の様子を怪しんだのか、拓也が声をかけてくる。
「浩樹、どうしたんだよ」
「おい……あれ!」
僕が指さしたその先には、僕たちが今日探し回っていた『ドラゴンウルフ』のカードがあった。
「は? どういうこと?」
「ちょっと僕聞いてくるね。ねえ君たち……」
低学年の子たちが言うには、遊んでいたところにやってきた男性がカードだけくれたとのことだった。男性の特徴は、自分たちの父親よりも少し年上で、背が高くてどこか見覚えのある顔だったとのことだ。
「なんのヒントにもならねえな」
「でも、なんでカードだけ子どもに渡してるんだろう。正直、この商品はカードが本体だよ」
これ系の商品は、カード付きチョコレートとは名ばかりで、チョコレートがおまけについたカードといった方が正確だと思う。主役であるカードを他人にあげてしまうという行動の原理が全く理解できない。
「まず知らない人にあんな、それも主役級のカードなんてもらうかね……人さらいだったらどうすんだよ。危なくて仕方ない」
義則の言うことももっともではあるが、それは低学年の子たちの危機管理能力の問題なのでちょっと置いておく。
「やっぱり陰謀だよ」
何かまた言い出した義秋のことも置いておく。
「チョコレート食いたいなら、普通にチョコレートがメインの菓子買うよな」
「うん、カードついてる分高いし、あれを選んで買い占める理由はないよね」
「そもそも、コンビニで買い占めた人物とスーパーで買い占めてった壮年の男性ってのが同一人物とは限らなくね」
義則の言葉はもっともだ。しかしこの小さな町に早々何人も買い占めなど行う大人がいるのだろうか。
「コンビニ、今からどんな人が買ってったのか聞きに行くか?」
そこまでしたって、どうやったって今日中にカードが僕たちの手に入ることはないだろう。しかしここまできたらもう意地の問題だ。拓也からの問いかけに、僕は力強くうなずいた。
「行こう」
どんな大人のせいで、僕たち子どものもとにカードが届かなかったのか、解明したい。その一心で、コンビニへ向かった。
「あれ、また来たの?」
本日2回目の来店に、店長さんが不審がって尋ねてきた。
「あの、『ドラゴンウルフ』のカード付きチョコを買い占めていった人って、どんな人でしたか」
「うーん、あんまりお客さんのことを他の人に言うのはなあ」
渋る店長さんに、なぜか一緒についてきていた義則が何かを耳打ちをした。すると、店長さんはどこか納得したようにうなずいた。何が起きたのか分からずにポカンとしていると、店長さんが笑って教えてくれた。
「まあそれくらいならいいよ。君たちのお父さんよりも少し年上くらいの、男の人だったよ」
やはり、同一人物の可能性が高い。そんなある種の確信を得た僕たちは、店長さんにお礼を言うともう一度公園に戻った。
「なんで公園に戻ってきたんだ?」
「買い占めた男の人はここでカードを配ったんだ。もしかしたら公園にいたらまた来るかもしれない」
「名推理だな」
義則はそう言って笑った。
カードに未練ももちろんある。しかしそれよりも、子どもにいきなりものを配る知らない大人など、怪しいことこの上ない。危険かもしれないが、状況によっては学校や大人に行った方がいいだろう。僕たち3人だけならそんなに危ないことはしないが、今日は高校生である義則もいる。少し安心して、ベンチに腰を下ろしてじっとその時を待った。その間も義秋はあれやこれやと色々な想像を口にしていたが、義則はスマホをいじりながら適当に流していた。だが、非情にも時間だけが過ぎていく。拓也も義秋も飽きたのか、砂場に落ちていたボールでキャッチボールを始めてしまった。
「おーい、もう5時だぞ。いい子は帰る時間だ」
義則に帰宅を促されるが、待ち人はまだ来ていない。しかし、帰らないと絶対にお母さんに叱られる。それに、ヒーローは門限をきっと破らない。どうしようか、と考えているところに背後から声をかけられた。今日はよく声をかけられる日だ。
「君たち、こんな時間まで何をしているのかね」
「あ……、教頭先生」
声の主は教頭先生だった。買い物帰りなのだろう。手にはコンビニのビニール袋をさげている。
「牧田先生、お久しぶりです」
義則が嬉しそうに教頭先生に声をかけた。教頭先生は少し考えた後、思い出したというように眉を上げた。
「ああ、山内君か。卒業以来だね」
「先生のおかげで、今でもああいうの好きですよ」
僕たち3人に分からない話で盛り上がっている2人を、ぽかんと見つめていると、義秋が「教頭先生、兄ちゃんの小学校の時の担任だったんだ」と教えてくれた。……うん? 小学校の時の、先生? 先ほどどこかで聞いたような。
その時、僕の頭の中で、今日あった色々な話がひとつにつながった。壮年の男の人、ヒーローアニメが好きで教材として使っていた先生、カードを小学生にあげた「どこか見覚えのある大人の人」……。
「もしかして、カード付きチョコレートを全部買っていたのは、教頭先生ですか」
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