まったく下世話な話だぜ!
底道つかさ
まったく下世話な話だぜ!
裏稼業などをしていると、気が抜ける時なんて無いに等しい。仕事の際売りつけた恨みをいつノシ付きで返されるか分かった物ではないからだ。例えば今いるトイレの個室は今日の襲撃者たちにすれば絶好の状況であろう。
今まで散々いけない事をして来たぜ。傷害、詐欺、脅迫、密売、誘拐、殺人……以外のことはしてきた。
他になんか悪い事あるのかって?そいつがわからねえ
ママいない?えっ……そう……じゅあ今度兄ちゃんと一緒に子供食堂に行くか。昔の馴染みどころがあるんだ。
それにしても今回の襲撃者四人。その中にはサツの奴も混じっているらしかった。だが、報復の相手や方法なんか気にしたってどうにもならない。こんなことで稼いで生きてりゃ食ったら出る物があるのと同じくらい当然のことだからだ。
そして、その時だ。
来る、とプロの勘が告げる。
いきなり天井の一部が抜け落ち
「積年の恨み!」
声と共に投擲物が出てきた。
「新感覚消臭剤『
即座に投擲物を投げ返し天板を嵌め直す。天井裏で100倍濃縮が炸裂してもんどり打って暴れる音が響き、すぐ止んだ。
次は下方だ。
扉下の隙間から半顔覗かせて薄黄色の液体を流し込んでいる。
「溶解式超洗浄液……『土曜日の路面はスプラシュアート』……」
隣の清掃用具室から引き込んでいた高圧水洗ホースで隙間の向こう側に液体を押し返す。顔面に液体をモロに受けた襲撃者が床を高速回転ローラーの如くのたうち壁にぶち当たる音が聞こえた。
再び上。
隣の個室との仕切りの上からスマホのカメラが覗いていた。
「食らえ悪党っ。この写真はホモ出会い系サイトに速やかに投稿されここにマッチョが無数に押し寄せるっ。貴様は約30秒で終わりだ!ハイッ、ピィース!!!」
便座の上に立ち自分からは裏向きになっている相手のスマホの画面に指を回してカメラ切り替えボタンをタップする。インナーカメラによって撮影された相手の顔面が速やかにホモ出会い系サイトに投稿された。
脱兎の勢いでトイレの高い窓から逃げ出した相手の方向へ地鳴りの様な足音たちが追従していき、30秒後に悲鳴が聞こえた。気がする。
そうして、沈黙が訪れた。
300秒を数え、更に500秒を待ち。
終わり、と勘が言った。
一息を吐いて束の間、気を緩める。やられ無い為には気を張る必要があるが、生き続けるためには休息が一瞬でも必要なのだ。無理に緊張状態を保ち続けようとすればどこかで限界が来て隙を生み、終わることになる。
ジーンズを下ろしてようやくこの場所での本来の目的を達成する。またこれも安息の一つ。ウォシュレットのスイッチを押した。静かな電動音と共にノズルが伸び。
ラー油が射出された。
俺には知る由もなかったが、その商品名は『トクホ
まず体に来たのは衝撃と熱。脊髄が反応して体が跳ね上がり筋肉が硬直する。空中で衝撃が脳髄に達して、今度は逆にあらゆる筋肉が力を失う。脱力した肉体はかえって素直に便座の上に降りた。今更になり激痛が意識を掻き回すがもはや指一本も動きはしない。
痛みで次第に意識が引き剥がされていく中、いずれ訪れる事などと偉そうに普段は言っていて、いざその瞬間になると色々と慙愧の念が浮かぶ自分に苦笑を感じた。
そうして自分を嘲りながら途絶えていく意識にふと
(ごめんなさい)
という言葉が浮かんだ。誰かに言いたかったのか、いつか言われたことを実は大切と思っていたのか。しかして、答え無きに直ぐにも消え去る疑問だろう。
だが、その前に男としての意地でやらねばならぬことがある。
力無い腕を必死に上へと伸ばして、拳とはならずとも指を曲げ折って。
「……我が人生に一片の悔いなし」
やったー。いえたー。
「いや、死なないから」
扉が乱暴に開けられツッコミが入った。
警察服の襲撃者は上に伸びていた手首をしっかりと掴み、続けて言う。
「15時37分、騒乱と器物損壊で補導。駐在所まで連行する」
相手はこちらに立てとか来いとか言っているらしいがぶっちゃけもうほぼほぼ見えていないし聞こえていない。ていうかそうなった原因お前だろう。
「全く。しょうが――い奴――あいか――ずだ」
気絶する直前に聞いたのはそんな台詞。
その音を耳にした認識も遠くぼやけ、秘孔にトクホ辛拳を受けた俺の意識はあっけなく落っこちたのであった。
この次に目を覚ましたのは駐在所で、本署に送られあれこれで裁判行きになるはずだったが何故か拘留所で済まされてしまった。
気にはなるが助かったのだからこの件は良しでもう終わりだ。
だが別に一つ気に掛かっていることがある。
駐在所に運ばれるまで気絶していた間、子供の昔に空腹で野垂れ死に掛けていたところを近所の青年におぶられて運んでもらい助けられた時の事を夢に見ていた。
古すぎて、またその後の人生が忙しすぎて忘れ去っていたことを思い出したのは、何故だったのだろう。
解放され小高い坂道をのろのろと下りながらなんとなしに街に夕日が落ちていくのを眺めた。やがて日が落ちきって薄闇が訪れてくる。
その頃にはもう、さっきまで何を考えていたかは忘れ去っていた。
それでいいのである。
真っ当で無い生き道を必死で歩く者、頭の切り替えが一番肝心だ。
街に光が灯り始める。その影の中が自分の居場所。そして呆れるほどに騒がしく、憎たらしいほど負けん気な人生たちが満ちる所。
さあ、いざ今日もまた影と闇の間にて、いけない仕事をしに行こうではないか。
まったく下世話な話だぜ! 底道つかさ @jack1415
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