第29話 ノイフェと盗賊
ノイフェは旅に出てから一つ目の村を出て次の村へと向かった。次の村も貧しく人口の少ない村だ。ノイフェは捕まえた獣やモンスターの素材を売りに何度かその村を通って街までは行ったことがある。村から村へはそう遠くもなく、3時間も歩けばたどり着ける距離だ。
旅に出てまだ間もないころのノイフェにとって、見知った村へ向かう道中でも、何か新しいものに見えたのは気分が高揚しているからだ。
そのノイフェを遠くから観察する者がいた。
ボロい恰好に髭を生やした盗賊の男はこのあたりの者ではない。もっと町の方で仲間たちと盗賊をしていたのだが、しくじって山の方へと逃げてきたのだ。元の仲間は町で捕まった。
ノイフェを見つけた盗賊はしばらくぶりの飯の種が見つかったと内心喜んでいたのだ。盗賊はノイフェに気づかれないように遠くからノイフェの後を追った。
昼過ぎにはノイフェは丘二つ越えてホットンの村に着いた。
盗賊はまだ丘一つ向こうに身を隠し、村にいる人間たちを探った。村には建物が2つあるだけで他には畑しかない。どうやら、村に大勢はいないようだ。後は夜になるのを待つだけ、夜になれば誰にも見つからずに村に近づくことも容易いだろう。盗賊は静かにその時を待った。
村に到着したノイフェは、村に二軒しかない建物の片方、シーダ婆さんの店に入った。シーダ婆さんは高齢で白い髪も、顔も手もしわくちゃの姿で椅子に座っていた。
ちょうどお茶を飲んでいたところだ。
「やあ」
ノイフェはいつものように挨拶をした。
「おや、ノイフェかい? 今日は泊まってくのかい?」
シーダ婆さんは入って来た客人の方に顔を向けて問いかけた。
「うん」
宿屋兼飯屋のシーダ婆さんの店は空き部屋を確認するまでもなく話は進んだ。
「街へ売りに行くのかい?」
滅多に来ないノイフェだが、もとよりこのあたりの人間は少ない。隣の隣の村の住人でも交流のあるノイフェのことはしっかりと憶えている。いつものようにノイフェが町へ商売に行くのかとシーダ婆さんは
「ううん」
ノイフェは小さく首を横に振った。
「僕は旅に出たんだ。勇者に成るんだよ」
「そうかい、勇者として旅に出るっていつも言っていたね。それが今日だったとわね。もう十歳になったのかい。それじゃあお祝いをしないとね。今日の宿代はいらないよ。食事代もね。お祝いだ。さあ準備をしないとね」
シーダ婆さんはそう言うと、立ち上がって食事の用意を始めた。
「手伝うよ」
ノイフェはシーダ婆さんに近づこうとしたが、それは止められた。
「いいんだよ。お祝いだといったろう。そこに座ってな」
「わかったよ」
ノイフェは少々残念そうにシーダ婆さんに従って今にも壊れそうな椅子に座った。そうして、食事ができるのを待った。
「ノイフェ、勇者に成って旅に出るなら、ずいぶんと遠くまで行くんだろうね? いつ頃帰ってくる予定なんだい?」
シーダ婆さんは棚から乾いたパンを取り出しながら後ろ向きに聞いた。
「わからないよ」
ノイフェは首を傾げた。
「そうなのかい。その辺の魔王を倒して帰ってくりゃ、立派な勇者として皆に認められるだろう」
どんな魔王だろうが、魔王は人間にとって強力で迷惑なやつなのだから、魔王を倒せば、勇者としての名声に間違いはない。
「魔王はいっぱいいるんだって。それならいっぱい倒さなきゃ」
ノイフェは正確な魔王の数などは知らない。
「竜王ってのもいるんだってさ」
「はっ、魔王に竜王まで倒そうってのかい、こりゃあ
シーダ婆さんはノイフェを心配して言った。そしてかき混ぜていた鍋から、ノイフェの分と自分の分を木皿によそった。
「僕は死なないよ。魔王だって倒して見せるよ」
「そうは言ってもねえ」
シーダ婆さんはノイフェの力をなんとなくは知っている。しかし、魔王がどれほど強力なのかは知りはしない。ただ、ノイフェの身を案じて、死んでほしくは無いと思うだけだった。
「ほら、ごはんができたよ。さぁ、食べな」
シーダ婆さんはテーブルの上に二人分の乾いたパンとスープを並べた。ノイフェはテーブルに着くと喜んでその料理を食べた。
パンはモソモソ。スープも味気ない。
しかし、これでもノイフェの旅立ちを祝って、いつもよりは豪勢な食事なのだった。
まだ育ちざかりなノイフェは、乾いたパンに勢いよく食いついた。そしてスープもうまそうに飲む。
ノイフェにとってシーダ婆さんとの会話をしながらの食事は楽しいひと時だった。
その後ノイフェは皿洗いをしたり薪を割ったりと結局シーダ婆さんを手伝っていた。一通りの仕事を終えるとノイフェは剣の入った鞘にさらに薪をいくつかしばりつけて重りにして素振りをした。これも勇者に成るために必要なことだ。ノイフェはそう信じて毎日剣を振っていた。
隣のヤッホンじいさんにも挨拶をしてノイフェはこの日の活動を終えた。そしてしばらくしてノイフェはボロのベッドへと潜り込んだ。
夜が更けて盗賊は村の入り口のすぐそばまでやって来た。村の門とも言えないようなボロい盛り土と石の門に身を隠しながら村の中へと入って行った。
「頃合いか…」
盗賊は誰にも聞き取れないような小さな声で独り言を言って村の建物の中の様子を調べようとした。不用心にも開いている木窓のそばに
盗賊は子供がこの村に入るのを目撃している。他には年寄りが二人だけだ。そんなものは力ずくでどうとでもなる。盗賊は腰に差したナイフを抜いて握りなおした。子供を捕まえてナイフを突きつけてやれば、年寄りどもは言うこと聞くだろう。
「…」
盗賊はコッソリとシーダ婆さんの家の木戸の方へ回り込み。そのドアにそっと手をかけた、その時だった。
ドン
勢いよくドアが開いた。
ドスン
鈍い音とともに盗賊は倒れて意識を失った。
ノイフェは鞘に入れたままの剣で盗賊の頭を殴って気絶させたのだ。
ノイフェは故郷のカラッサ村で、主に狩猟や採集をして育ってきた。山の中で獲物を見つけることを日常的にやって来たし、採集をしている最中には逆に獣に襲われないように注意していた。それゆえノイフェの感覚は鋭く、盗賊の接近に気づくことができたのだ。
「何かあったのかい?」
ノイフェが盗賊を縛り終わったころにシーダ婆さんが起きてきた。
ノイフェは事情を話した。
「隣のヤッホン爺さんを呼んできな。あれでも昔は兵士だったんだ。縛ってある盗賊一人くらいなら見張っていられるだろうさ。朝になったら町の警視の兵隊のところへ連れていくんだよ。その時はノイフェも馬車に一緒に乗って行きな」
「わかったよ」
ノイフェはシーダ婆さんの家を出て隣のヤッホン爺さんの家の戸を叩いた。夜中に起こされてびっくりしていたヤッホン爺さんもシーダ婆さんの家に来て事情を聞いて納得した。
「なるほど、そりゃ大変なことじゃ、今夜はわしが見張ろう。ノイフェはしっかりと眠るといい」
ヤッホン爺さんは見張りを引き受けた。
「うん、ところでこれって盗賊なの?」
「さあね、
シーダ婆さんは盗賊を見下げて言った。
「わかったよ」
ノイフェはカラッサ村の、マータムやホータムに盗賊を捕まえて衛士のところに連れて行くとお金がもらえると聞いていたので、ここに縛られている男が盗賊なのかどうかが気になったのだ。これが本当に盗賊だとすれば、ノイフェにとって盗賊を捕まえた初めての経験になる。本当にお金がもらえるのかな?
「ほら、もう寝るんじゃ、ノイフェよ。ここはわしに任せて心配ない」
「うん、お休み」
ノイフェは盗賊の見張りをヤッホン爺さんに任せてベットに戻って眠りについた。
夜が明けてノイフェは目を覚ますと急いで盗賊とヤッホン爺さんのところに行った。
「やあ、ノイフェ、早いな」
「おはよう、ヤッホン爺さん。盗賊は?」
「おう、大丈夫じゃしっかり見張っておったからな。それにこやつはまだ眠っておる」
「うん」
ノイフェは盗賊を見た。確かに盗賊はまだ眠っていた。
「ところでノイフェや、わしはちと便所に行ってくるでの。しばらく見張りをかわってくれるか?」
「いいよ」
ノイフェはヤッホン爺さんに代わって盗賊を見張った。
やがてシーダ婆さんが起きてきた。シーダ婆さんは3人分の朝食を作り始めた。やることのないノイフェとヤッホン爺さんは二人で盗賊を見張った。料理が出来上がるころには盗賊が目を覚ましかけた。
「…う、うーん」
「目を覚ますよ」
ノイフェはヤッホン爺さんに言った。
「おう」
盗賊は目を覚ましたが状況がつかめないようだ。
「目は覚めたかい? あんたは盗賊だね? 状況がわかるかい?」
シーダ婆さんは盗賊と決めつけて矢次早に質問を投げかけた。盗賊はあたりを見回し、自分が縛られていることを理解したようだ。
「一体どうなってやがる。いたのはジジイとババアと子供だけじゃなかったのか?この俺が捕まるなんて」
盗賊はシーダ婆さんの質問には答えずに騒ぎ出した。
「あんたの言う通り、ここにいるのはジジババと子供だけさ」
「そんなわけない。この俺がそんなものに捕まるわけがない。おい、縄をほどけ」
盗賊は横柄であった。
「そんなわけないわけないだろう。現にその子に捕まったじゃないか。それにあんたは盗賊で間違いないんだね」
「バカな。そんな子供に俺が捕まる者か。俺は盗賊だ騙されはしない。すぐに仲間が来るぞそしたらこんな村すぐにおしまいだ」
「そうなの?」
ノイフェは盗賊に尋ねた。そして持っている剣の柄を握り締めた。
「ノイフェよ。こいつの話は聞かなくていいぞい。仲間がいるなら昨日の夜のうちに来ていただろう。それにな、最近街で盗賊団が捕まってな、そこから逃げおおせたやつがいると人相書きが来ておったのよ」
「うん」
ノイフェはヤッホン爺さんの話をしっかりと聞いた。
「逃げおおせたのは一人だけで、その人相書きの顔にこやつの顔は一致しておる。つまりこいつは盗賊で仲間などすでにいないということじゃ」
「ふーん」
ノイフェは盗賊を見下ろした。盗賊はやっぱり嘘つきなのだ。ノイフェは剣から手を放した。
「まぁ、こいつの口から盗賊だという言葉が聞けたんだ。後はそのうるさい口を塞いでおこう」
ヤッホン爺さんは布で盗賊に猿轡をかませた。
「んー、んー」
なんか言ってる盗賊をよそに、3人は交代で朝食をとった。
「ノイフェや、盗賊の飯の心配などしなくていいぞ。これから先も何度か盗賊をとらえる機会もあるじゃろうがな。盗賊が飯を食うだの、トイレに行きたいだのと言ってもそんな話は気にしなくていい。盗賊が逃げる方法を考えているときに言うたわごとじゃ。覚えておくといい」
「わかったよ」
ノイフェはヤッホン爺さんの進言をしっかりと憶えた。
朝食を終えてあとかたずけを終えると、ヤッホン爺さんは馬車を持ってきた。荷台はあるものの、幌などもないボロボロのものだ。
「ほらノイフェ、盗賊を馬車に乗せるのを手伝ってくれ。わしが馬車に乗るからノイフェは荷台に乗って盗賊を見張ってくれ」
「わかったよ」
ノイフェはヤッホン爺さんに言われた通りにした。
ノイフェは盗賊のことを不思議に思った。人から盗んだり奪ったりしなくても森には獣がいて木の実もあるのだから食うには困らないだろうと思ってのことだ。
「なんでなんだろう?」
ノイフェの独り言が小さくこぼれた。
「よし、では行くぞ。はっ」
ヤッホン爺さんは馬車を進めた。
「ノイフェ、旅には気を付けるんだよ」
シーダ婆さんも家の前に立ってノイフェとヤッホンを見送った。
「うん、じゃあね」
ノイフェは馬車の荷台から婆さんに手を振った。
馬車は街へと向かった。
街へ着いたヤッホンとノイフェは盗賊を衛士のところへ連れて行き、引き渡すと代わりに報奨金を貰った。
「本当にお金がもらえた。ホータムがお金に困ったら盗賊を倒すといいって言ってたは本当だったんだ」
ノイフェは受け取った銀貨二枚の内一枚をヤッホンに渡した。
「まったく、ええというておろうに。これから旅で金がかかるんじゃ、持って行けばいいものを」
ヤッホン爺さんは困り顔だ。
「いいんだ、貰ってよ」
ノイフェは見張りと馬車を出してくれたお礼だと言ってガンとして引かない。
「まったく仕方がないのう。シーダ婆さんと二人で分けるぞい。いいな?」
「それでいいよ」
ノイフェたちは用事を済ませるとヤッホン爺さんと別れた。
「それじゃあね」
ノイフェは軽く手を上げて別れの挨拶をした。
「ああ、またな」
ヤッホン爺さんはそう言うと馬車に乗って帰って行った。
「勇者となって帰ってきた時には、カラッサ村の連中と盛大に祝ってやるでの。その時の足しにするかの」
帰り道、ヤッホン爺さんはそう独り言を漏らしていた。
街にやって来たノイフェは一通り、町の店を見て回って道具屋で砥石を買ったり、数日分の保存食を買ったりした。
その日ノイフェはその街の宿に泊まってその日の活動を終えた。
これは、将来の勇者がまだ旅に出たばかりの話だ。少年はこれから様々な苦難を乗り越えてやがて本当の勇者となる。
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