第28話 祝勝会

マッカサス国の王城では皆が魔王討伐に歓喜した。


「うぉおおおお」


人類の悲願である魔王の討伐が2体も同時になされたからだ。


その立役者であるノイフェとクラスアとヌテリアは特に皆の注目を集めた。



「ヌテリアさーん、好きだぁー、結婚してくれー」


ヌテリアはモテモテだった。酔っ払った男たちがヌテリアの周りで群れを成していた。


「私より先に酔っ払う人はだめよ」


「うぉおおおおー」

男たちは何故かさらに酒を飲んだ。


ぷはっ


「ほらこんなに飲んでも酔ってませんよ」

酔っ払いたちはそんなことを言っていた。



マッカサスの王城の広間を解放されての祝勝パーティーは人であふれていた。


クラスアたちのテーブルではマッカサスの主だった戦士たちが集まり、クラスアを称えていた。



「勇者クラスアを称える」


そう言って兵士たちは盃を掲げた。


「ほらほら、酒飲みのやつらはあっちに行った、行った」

ジョバンは盃を持った兵士たちを追いやった。

「まったく、未成年をたたえるのに酒を飲むかね」



「まったくだ」

ステンドはジョバンに同意した。



「その通りだ」

酒の入ったグラスを持っていたエイダンは悲しそうにそれをテーブルに置いた。


「おや、今日はずいぶんと素直ですね」

とラッセンソンはエイダンに言った。


「せっかくの祝勝会だ。酔って寝ているわけにはいかんだろう」

とエイダンは答えた。


「では改めて、勇者クラスアに」

タイボーは早く食事にありつきたいと言わんばかりに、酒の入ってないドリンクを皆に配って、勝手に乾杯の音頭をとった。


「「乾杯」」


クラスアは手に持ったドリンクを飲み干すと高いテンションではしゃいだ。


「イエーーーイ」


「まったくいい飲みっぷりですね」

ラッセンソンは感心した。


クラスアのテーブルの周りには他にもマッカサスの兵士たちがいた。そしてテーブルには豪華な食事も用意されていた。


「どうやって魔王を倒したんです」

さらに食事を乗せた兵士の一人が聞いた。


「こうグワーッと」


ほう


「それでぐわんと来たところをズバーよ」


おお~


クラスアは大きな身振りで斧を振って見せ説明をした。周りの人々は真剣な顔つきでクラスアの話を聞いていたが、あまり伝わってはいないようだ。


しかし、このパーティー会場にいる誰しもが楽しそうで嬉しそうな顔をしている。


「そんな細腕でよくそんな大きい斧が触れますね」

兵士が言った。


「ははは、この細い容姿に騙されるなよ。我々以上の剛力だぞ」

ステンドは笑って言った。


「んもー騙されるって何よ。斧を振るにはパワーが必要よ。私だってエイダンみたいなムキムキの筋肉が欲しいわよ」


「ははははは」


皆は笑っていたが、クラスアだけは笑いながら怒っていた。


どうやらこの子は本当にエイダンみたいな筋肉が欲しいらしい。どうか、そんな筋肉ゴリラにならないで、というのが皆の共通の願いだったに違いない。


「魔王を倒したクラスア殿にはぜひご教授いただきたい。後日、手合わせを願えないだろうか?」

兵士の一人が申し出た。


ジョバンはおいおいという顔をしていたがクラスアはそれを承諾した。


「いいわよー相手してあげるわ。さぁどっからでもかかってらっしゃい」

クラスアはテーブルの横の開いているスペースに立って斧を構えた。後日という単語は聞き流したらしい。


「ここでやるのですか?」

とラッセンソン


「すぐ終わるわ」

クラスアは余裕の表情だ。


「さすがにここではまずいのでは?」

常識ある兵士はしり込みしたがクラスアはお構いなしだ。


「ほらー、そんなことじゃ勇者には成れないわよ。後日なんて言ってるうちに死ぬかもしれないわ。」


兵士は勇者に成りたいなどとは言っていない。



「ほらっ、早くやるわわよ」


周りの皆も、クラスアの実力を見てみたい気持ちが勝って積極的には止めない。兵士は恐る恐る剣を構えた。


「よ、よろしくお願いします」


「どこかからでもいいわよ。好きに打ち込んできて」

クラスアは余裕の表情だ。


「行きます。やぁー-」


兵士はクラスアの正面から剣を振った。


カキン


兵士の振った剣はクラスアの斧に軽くはじかれてしまった。



「やー、やぁー」


次々と打ち込まれる兵士の剣をクラスアは容易くいなし続ける。そして


カキン


兵士の剣を引っかけて飛ばした。


おー


と周りから感嘆の声が上がった。


飛ばされた剣は隣のテーブルのチキンの上に刺さった。


「お、お見事です。ありがとうございました」


兵士は驚きながらもしっかりとお礼を言って隣のテーブルに自分の剣を取りに行った。


「さぁ次は誰かしら?」

クラスアは他にも挑戦者を募った。


「勇者クラスアを倒せば勇者以上の勇名が手に入る。こんな機会はまたとないでしょう」


ラッセンソンが小声でタイボーにそう言った。


「いっそ挑んでみたらどうですか?」

ラッセンソンはいたずらっぽくタイボーに笑いかけた。


「僕は頭脳労働者ですよ。あんな肉体労働者筆頭みたいなのに挑んで勝てるわけないでしょう」

タイボーは答えた。


「勝てなくてもいいのだぞ」

とステンドは言った。


三剣士とラッセンソンは、タイボーを使って楽しもうとしているだけだった。


「あいにく勝てない戦をしないのが信条ですので、お断わりしますよ」

タイボーは乗ってこない。


「さぁ、私に挑んでくる勇気のある人はいないのかしら?」

クラスアは完全にお遊びモードに入ってしまった。パーティー会場でまだまだ暴れそうだ。


「それでは私と」


「私も」


「私もだ」


何人かの兵士が名乗り出た。


「いいわよ。順番に全部相手してあげるわ」


「よろしくお願いいたします」


兵士たちは丁寧にクラスアに挨拶をすると次々に挑んでは、飛ばされたり、転ばされたり、武器を吹っ飛ばされたりしていた。


「パーティー会場でこれだけ暴れて何も壊れていないのは、クラスアがうまく調整しながら戦っているからです。そこは感心ですね」

ラッセンソンはクラスアを見てそう評した。


「次は誰かしら?」


「それじゃ俺が相手をしてもらおうか」

そう言うとエイダンは椅子からゆっくりと立ち上がった。


周りの人間たちは、おおっと身構えた。


マッカサスが誇る三剣士の一人エイダンと、勇者クラスアの戦いは一体いかなるものかと皆は興味深々であった。


「エイダン、私が勝つわよ」


「そうかもしれないし。そうじゃないかもしれない。それはやってみなきゃわからんだろう。手加減しなくていいぞ、クラスア」


「わかったわ」


「面白そうだ。どっちが勝つと思う?」

とステンドはジョバンに言った。


「どうかな? クラスアが勇者に成ったとは言っても、一緒にいた男の子が活躍したとも聞いている。それにここではクラスアも派手な魔法を使う訳にはいかんだろう。一対一の戦いならエイダンの最も得意とするところだ」


「さあ、さぁ、張った張った。エイダンとクラスアどちらが勝つか賭けるやつはいるかい?」


タイボーは、脱いだ帽子を器にして、賭け金を集め始めた。


「俺は、勇者クラスアに賭けるぞ」


「俺はエイダンにだ」


「クラスアに」


「エイダンに」


クラスアたちの周りにいた兵士だけでなく少し離れたところにいた兵士たちも、次々に賭けに参加した。


「お三方どうします?」


タイボーはラッセンソンとステンドとジョバンのところにやって来て聞いた。


「私は賭け事はやらないたちでね。賭けよりも、二人の戦いを観戦できることの方がよほど面白いですよ」

ラッセンソンは賭けには参加しないと言った。そして、タイボーに暗に賭けよりも二人の戦いをよく見ろと言った。



「どうするね?」

ステンドはジョバンに聞いた。


「俺は順当にクラスアが勝つと思うね」

ジョバンは金貨を一枚取り出して、タイボーの帽子にいれた。


「はは、やはりそうか。私もそう思う。しかし三剣士のよしみだ。私はエイダンに賭けてやろう…。エイダン、勝てよ」

ステンドは取り出した金貨を指ではじくとタイボーの帽子に見事に入れてみせた。


「おう、任せな。タイボー、オッズはどうなった?」

エイダンは剣を担いでクラスアの前へと立った。


「7対3でクラスアです」

単純に魔王を倒したという実力だけでなく、クラスアを応援したいという人気票も多く集まっていた。


「やれやれまったく、どいつもこいつも俺が負けると思いやがって。クラスアの師匠は俺だぞ」


「ええ? そうだったんですか?」

兵士の一人が言った。


会場がどよめいた。それならエイダンが勝つかもしれない。そんな重要なことはもっと早く言ってくれと言った雰囲気だ。しまったという顔をしている兵士もいる。


「準備はいいか?」

エイダンはクラスアの前に立つと表情が変を変えた。いかつい戦士の表情だ。


「いつでもいいわよ」

クラスアも真剣な顔つきだ。


二人は武器を構えた。


「やぁっ」

先に動いたのはクラスアだった。素早い連続攻撃で右から、左からと斜めに斧を降り下ろす。そして横。


エイダンはこれを剣で受け止めいなした。次に来た斧を剣で受け止めるとそのまま力で押し返して反撃に転じた。


「そりゃっ」


今度はエイダンが攻撃をする。これまた素早い連続攻撃だが、クラスアは斧の柄で受け止め、受け流しものともしない。


「はっ」


クラスアは剣をへし折るつもりで力強く斧を振った。しかし、クラスアの斧がいかに名品であろうと、エイダンの剣も腕も損所そこらのものとは違う。簡単には折れるはずは無かった。


「いやぁっ」


エイダンは素早く斧をはじくとクラスアの胴体を狙って突く。


クラスアは身をひねってこれを躱す。捻った体の戻しざまに今度はクラスアの斧がエイダンの胴体を狙う。


エイダンも身を捻りながら屈むようにして前に出ながら斧を躱す。


もう一発。


今度は左からだ。エイダンはそれも剣で受け止めた。そして縦に斬りかかるが、クラスアは両手で持った柄の真ん中でしっかりと受け止めた。


「やるようになった」

とエイダン。


「当然よ」

クラスアは言葉短く、次の攻撃に移った。


「やぁっ」


「むん」


ガチン


お互いの武器の刃が激しくぶつかり合う。


ガチン ガチン


お互いの武器のぶつかりあう勢いはすさまじく、火花でもでそうだった。


「やぁああー」


「どりゃぁー」


斧を振るクラスアに一瞬の隙ができた。エイダンはクラスアのを剣で突いた。


しかし、それはクラスアの罠であった。クラスアの誘いにかかったエイダンの剣を弾き飛ばすほどの勢いで薙ぎ払い、何とか剣を離さなかったエイダンも次の防御が間に合わず、勢いよく降り下ろされた斧を頭の手前に寸止めされた。


勝負はついた。


「クラスアの勝ちだな」

ステンドがそう言うと周りの兵士たちは一斉に声をあげた。


「おおー-」


賭けに勝った者も、負けた者も皆、エイダンとクラスアの戦いに見入っていた。そして賭けの結果に喜ぶもの、悔しがるものの他に、賭けの結果はどうあれ、よいものを見れたと納得する者もいた。


「どお?」


クラスアは斧を下ろしてエイダンに問いかけた。


「悪くない」

エイダンは満足そうに笑いながら剣をしまった。


「しっかし、強くなったもんだ。いつの間に俺より強くなったんだ? 師匠として嬉しくもあり悲しくもありだな」


「ははは、それは我々が城を守っている間にだろう」

タイボーから賭けの賞金を受けったジョバンが話に割り込んだ。


軍属の人間は、冒険者と違ってモンスターを倒す機会が少ない。マッカサスの戦士たちが城を守っている日々を送っている間に、冒険者であるクラスアがモンスターを倒し続けて、三剣士たちよりも強くなったのだった。


「しかし、エイダンに勝つほどになるとは驚きだな」

ステンドは昔を懐かしんだ。


「昔はあんなにちっちゃかったのにな」

とジョバン。


「今でもちっちゃいだろう?」

エイダンが言った。


高身長の三剣士にとってみれば、クラスアの身長は小さく見えるだろう。しかしエイダンが言ったのはそういう意味ではない。エイダンにとってはまだまだ子供を相手にしている気分だったのだ。


「いつまでも子供じゃないわよ」

とクラスアが笑って言うと、3剣士もそろって笑った。


ははは


確かにもうクラスアは子供ではないのかもしれない。魔王討伐に大きく貢献し、皆から羨望の眼差しを向けられるクラスアはもはや子供ではない。




ノイフェのテーブルにも兵士たちが沢山集まっていた。同じテーブルには扉政影もいた。ノイフェは人の多さに少々苦労しているようだった。


「さぁさぁ、勇者殿どんどん食べてください。こんな豪華な飯を食える機会はそうはありませんぞ」


おじさん兵士はノイフェに食事を勧めた。ノイフェは言われるまでもなく、皿に盛った豪華な料理を食べていた。


ノイフェは立食パーティー何て初めてだったから、立ってご飯を食べるというのには、不思議に思う部分もあった。


「勇者殿、どうやって魔王を倒したのですか?」


「勇者殿、ぜひ剣をご教授ください」


「勇者殿、ぜひうちの娘と結婚してください」


「勇者殿、ぜひうちの武器を使ってください」


「勇者殿、お好みの料理を取ってまいりましょう」


「勇者殿、伝説のアクセサリーを差し上げます」


ノイフェは次々とやってくる人々の対応をするのに苦労した。よくわからない話はなんとなく断りながら、ノイフェは、魔王との戦いの話を事細かく参加者たちに聞かれてそれに答えた。


そんな中でもノイフェが魔法を斬る話をしたとき、扉政影が強く興味を持った。


「なるほど、魔法を斬るのか、それならばすべてとはいかないかもしれないが、対魔法の戦闘で今よりもうまくこなせるようになるかもしれない」


「おじさんは、魔法が切れるの?」

ノイフェは聞いた。


扉政影はおじさんと言われたことに少々ショックを受けたが、表には出さずに、話を続けた。


「いや、魔法を斬ったことは無いが、俺のゲートりょくを使えば切れないことは無いはずだ。それだけでなく、相手の魔法をゲートで受け止めてそのまま相手のところに出口を作ってやれば、魔法をそのまま返すことだってできるはずだ」

扉政影はノイフェに説明するでもなく一人でブツブツとつぶやくようにしゃべった。


ノイフェは魔法を返すというところに興味を持った。

「そのゲートりょくっていうのがあれば魔法を跳ね返せるの?」


「跳ね返すのとは少し違うが、相手から繰り出された魔法を相手に返すことは…おそらく可能だな」


「ゲートりょくっていうの、僕にも教えてよ」

ノイフェは扉政影にお願いした。


「すまないな少年。ゲート力を使えるのはこの天一均衡刀てんいつきんこうとうがあってこそだ、これが無ければ、ゲート力は使えない。そして、この剣があったとしても、ゲート力を扱うには長い年月の修行が必要だ。君ならその時間があればもっと別の強さを身に着けることもできるだろう」


扉政影は腰に差した刀を見せながら説明した。


「しかし、魔法を跳ね返すというのはそれなりの腕があれば有効な手段になりえるな。魔法を跳ね返す盾やアクセサリーを作れる人間なら、そういった武器も作れるかもしれんな」


「なるほどー」


ノイフェは頷いた。

周りにいた人間たちもそれはすごいアイディアだと言ったが、実際そんなものをうまく扱うにはやはり腕前が必要だ。魔法攻撃を盾で受け止めるよりも、タイミングを合わせて剣で斬る方がどう考えても難しいだろう。普通に魔法を跳ね返せる盾でも使った方が簡単だ。もちろんそんな装備はべらぼうに値が張るのだが。


ノイフェは後でハーミンに話してみようと思った。


オーディースのところでは、新たな入信者が多数集まっていた。先日の戦いで白全体を覆う結界を張り、傷ついた者たちの治療も素早く行っていたオーディースもその実力を認められて脚光を浴びることととなっていた。そのテーブルにはグラムドもいた。


「ヒャウ、ひゃ、はー」


酔っているせいか今日のグラムドには勢いがない。右手に酒瓶を持って左手には大きい骨つき肉を持っている。その目は小刻みに震えながらどこか遠くを見ている。


「戦闘が苦手な人で冒険者になりたいという人は、ヒーラーになるという方法もあります。一人前になるには修行は必要ですが、まずは入信して、魔法を使えるようにするのもいいでしょう」

オーディースは周りの人々に冒険者になる方法を問われてそう答えた。


「オーディース様、私も入信します」


「私も」


「俺も」



「私は、神に仕える身ですが、そんな大層なものではありません。様はいりませんよ」

いつもと違ってオーディースは丁寧な口調で新たなる信者たちと話をしていた。


「そうは言っても、魔王討伐の功労者で、マッカサス防衛の中心人物の一人ですから、様をつけないわけにはいきません」


女性の信者はオーディースにそう言った。オーディースはやれやれという顔でそれ以上言うことは無かった。


「ようよう、にーちゃん、俺もヒーラーにしてくれよ。ヒーラーになりゃあどこでも仕事があるんだろう? 俺は仕事がなくって困ってんだ」


グラムドはぐにゃぐにゃと立っているのがやっとという身振りでオーディースに絡んだ。


「ヒーラーになりたければ、まず仕える神を決めることだな」

オーディースはいつもの口調でグラムドに答えた。


「俺は神なんて信じねーぜ―、ひゃーはー」


「神を信じていなくてもヒールはできるでしょう」

オーディースは丁寧な口調に戻して言った。


「ああん? そう言うもんか? それならやり方を教えてくれよ」


「構いませんが、魔法に適性があるように、ヒーラーにも適性がありますよ。まずはそれを測ってみましょう」


「あぁん? よろしく頼むぜ」


ぐにゃぐにゃ


オーディースは懐から1枚の紙を取り出した。


「この紙に手を置いて、魔力を込めてみてください」


「おーおー、やってやるぜ」

グラムドはその紙にてを置いて気合を入れた。グラムドは魔力の込め方など知らない。


「結果は…0、残念ながら魔法の適性がありませんね。当然ヒールの適性もありません。ヒーラーになるのはあきらめた方がいいでしょう」


「ちっ、シケてやがなんぁ、しゃーねーヒーラーはやめて他の仕事をさがすかぁ」


グラムドがヒーラーになる道をあきらめてオーディースのいるテーブルを離れようとした時、ラッセンソンが現れた。


「そこのモヒカンの人、名を確かグラムドと言いましたね?」


ラッセンソンは確かと言ったが、グラムドの名前はしっかりと憶えている。ラッセンソンの記憶力はとてもいい。


「あぁ、そうだぁ~、俺に何か用かよ」


「就職先を探しているようですね。マッカサスの兵士になりませんか?」


対魔王戦でマッカサスの兵士が減らなかったといっても、旧隣国のあった所まで、魔物を倒して回って、安全を確保するとなると、とても人手は足りない。冒険者としてそれなりのレベルになったグラムドは、兵士の仕事くらいならこなせるだろうと見込んでラッセンソンは声をかけたのだった。対魔王戦でも城にやって来たモンスターをそれなりに倒す様子をタイボーから聞いていたのも理由の一つである。


「んぁあ? よくわかんねえが飯はあるのか?」


「食事も寝床もありますよ」


「そうか、そんならいい。兵士でもなんでもなってやるぜ―」


酔ったグラムドは適当に返事をすると、そのままどこかへ立ち去ろうとしていた。


「どこへ行かれるのですか?」

ラッセンソンは尋ねた。


「便所だ、便所」


グラムドはそう言うとその場を後にした。


ラッセンソンは納得してグラムドの後ろ姿を見送ると、今度はオーディースに話しかけた。

「こんにちは、オーディースさん、ずいぶんとご盛況のようですね」


「やあ、どうも、ヒーラーになりたがる人が集まってこっちはてんやわんやだ」

オーディースは小首をかしげておどけてみせた。


「それはよかった。マッカサスではヒーラーが特に不足していましてね。ヒーラーが増えてくれることは歓迎ですよ。特に、あなたのような特に優れたヒーラーがいてくれればこの国でも大助かりなのですがね」


ラッセンソンは一旦話を区切った。


「…それで、我が国に仕える気はありませんか? 手厚くもてなしますよ」


「あいにくだが、俺は神に仕える身でね。特定の場所に居つくつもりはない」

オーディースはラッセンソンの誘いを断った。こんなやり取りはいつものことだ。オーディースほど優秀なヒーラーはめったにいない。どこへ行ってもオーディースを仲間にしたいと思う者は多いものだ。


「そうですか、それは残念」


「まぁ、冒険者をやっているんだ。必要な時は呼んでくれれば駆け付けるよ」


「そうしますよ。あなたを我が国に引き入れられればずいぶんと安上がりだったのですけどね」


「それはそうだな、ハハハ」


「ハハハ」


オーディースとラッセンソンはそろって笑った。ここにも共に戦った者同士友情が芽生えたのだった。


祝勝会では、そのほかにも扉政影のゲートを使った芸や、ノイフェが魔法を斬って見せたり、クラスアとの腕相撲大会が開催されたり、ヌテリアを口説く行列ができたりと、かなりの盛り上がりを見せた。




その華やかな祝勝会とは別で、ポイホイサンはピガリア王家からの出奔をしていた。


「私はもはや勇者ではない。ピガリア国を継ぐ者としてもふさわしくはない」


王家の威信を示すために来ていた派手な服を置いて、旅人の服に着替えたポイホイサンは手紙を残して旅立った。


「魔王を倒せなかった…」


その悔しさや、恥ずかしさは言いようのないもので、勇者を名乗って来たポイホイサンには耐え難いものだったのだ。


深夜に静まり返った城を出て見張りが二人だけの門をくぐるとポイホイサンは暗闇に消えた。

ポイホイサンの行く末は誰も知らない。


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