最終話 ネットの掲示板
ネットの掲示板で、変な世界に迷い込んだという体験談を幾つか見つけた。
何かの弾みで、現実とよく似てるけど、違う所がちょいちょいあるという別世界、パラレルワールドに迷い込み、なんとか戻って来れたというものなどを。
逆にこちらとは異なる世界から、こちらに来たけど帰れんという体験談まであった。
俺は思ったね。
俺は記憶喪失などではなく、実はパラレルワールドに迷い込んでしまったのだと!
──俺の意識だけが、パラレルワールドに移動した!
オクトパス・イヴとか、そんなクトゥルフみたいなヘンテコな臓器、俺にはなかったと思うし。たぶん……な。
あと、生理だの膣だのも知らん。
二千円札も偽札かと思ったし、仁島に「スネ夫に弟なんかおらへん!」て言われたな。
俺がこのパラレルワールドに迷い込んだ原因として考えられるのは、おそらくあの夜、フェニックス・スプラッシュでダイブしたことだろう。
もう一度、飛べは帰れるかもしれんな。
しかし、俺の居た世界では、仁島が転校してしまっているなど残念なところもあったなあ……。
とは言え、このままじゃミカンと結婚せねばならない確率が高い……。
俺の将来は、空中殺法を得意とする謎の覆面レスラー!
まずレスリング部のある高校に進学しなくてはならんのに、中学卒業後、パティシエ修行とか無念! トホホ過ぎ! だいたいだな、上京せずこんな田舎に埋もれてしまうなんて悪夢だ……。
いや、そもフェニックス・スプラッシュでダイブしても帰れるのか?
更に違う世界線に行ってしまう可能性だってあるんじゃないのか?
パラレルワールドって、無限に広がり続けてるんだろ。可能性の数だけ。
ファイヤーバード・スプラッシュやカンクーン・トルネード、シューティング・スター・プレスとか別の飛び技で飛んだりすると、もしや中世ヨーロッパ風異世界なんかに行けてしまうとか?
あと、飛んで落ちた時の打ち所にも、関係してたりするのではないのか?
打ち所悪けりゃ、マジ記憶喪失になりかねんしな。
脳震とうとか、レスラー生命的にもヤベえ……。危険だな。
むむ…………。
*
最近、ますます顔が蒼白いと仁島に言われ――受験だが休みの日くらいは、と連れ出されていた。
……もひとつ、内容が頭に入らなかった。
映画が終わって、館内から出ようとすると、仁島に腕を引っ張られ止められた。
「凛一くん、ちょっと待って、アレアレ」
仁島が目くばせして、視線をやった方を見ると、ミカンの姿があった。
偶然にも知らない男子と映画を観に来ていたようだった。
イチャイチャとしながら。
「凛一くんと二股かけてた可能性あるんちゃう?」
「なら、妊娠は俺が原因でもないってことも!」
「えっ、妊娠て? ……あんた、もしやミカンちゃんが言うてたこと、まにうけてたん!?」
「き、キスでも妊娠することってあるんだろ?」
「……ミカンちゃんのお腹よく見てみ。あれから別にお腹大きくなってないやん。むしろ、逆にへっこんでるくらいなもんやん」
「あ、ひょっとして……ミカンも何か怪我か病気で、ブルグトム
「まあ、そんなところやろ」
――俺はようやく、暗澹たる思いから抜け切ることが出来た!
「わたし、あんたからミカンちゃんを遠避けたりしたっててんで。あの子が遊びに来とっても、凛一くんやったら、アホやから学校で居残りさせられとって、暫く帰ってけーへんで〜って、言うたりしてな。なんかお礼して欲しいなぁ」
つくづく仁島よ、かたじけない!
それにしても、仁島の噛み癖は相変わらずで、俺はカラダの所々に歯型の跡が絶えない。
「ちょ、もう噛むな! マジ痛いんだぞ! ゼッタイ噛むなって言ってるだろ!」
そんな風にムキになって怒る俺の顔を見ては、仁島は腹を抱えたり、不敵な笑みを浮かべたりするのだった。
「あはは。うふふふ」
俺もつい、釣り込まれて笑ってしまうが。
ふと、仁島を見やる。
次第に大人っぽい、女らしいカラダつきになってきてるな。
胸は育ってないが。
……ん?
――心なしか、仁島のお腹がぽっこりしてきてる……ような気が…………。
――あ、もしや仁島の噛み癖で……妊娠とかか!
カラダ中の隅々まで行き渡ってる、あのクトゥルフの触手が傷つけられ、そこから泳ぎまわってる精子を取り込んで……。
もう、やんだ〜!!
一難去ってまた一難…………。
俺は、仁島を妊娠させてたら、どうしよ!? うわわわわわという暗澹たる想いに陥り、落ち着かなかった。
受験も間近だというのに…………。
深夜、公園へと足を向けていた。
不法投棄はいかんだろ! と思いつつ、今度は違うマットレスが不法投棄されてたのをラッキーと思ってしまった。
一度だけ、飛ぶことにして、後は運に任せよう。
俺の出した結論だ。
滑り台の上から、フェニックス・スプラッシュで飛んだ。
戻れたかどうかは、知らん…………。
みかんと結婚することになる未来。ならない未来。
仁島と結婚することになる未来。ならない未来。
パティシエなど不本意な職業になる未来。プロレスラーになる未来。
可能性ってのは星の数だけ無限なんだな。
かなり寒いが、空気はパキっと澄んでおり心地良かった。
俺は大の字になったまま、しばし夜空を見ていた。
永遠の眠りについた人類の中で、ただひとり。
〈了〉
平行身体 西 喜理英 @velvet357
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