第2話 ヘンな進化をしていた

 それから俺は、気持ちがど――んと落ちて行き、頭を抱えていた。


 小学校の頃、悩んでいた暗澹あんたんたる思いが、再び襲来。

 いや、もはや既に妊娠させてしまっていたなど……それ以上の悪夢だ。

 俺は高校行かず、働くことに…………。

 悪夢なら、目覚めよ!

 記憶喪失の俺よ、いつの間にそんなことをしてたんだ!?

 お前だけ、良い思いしやがって、まさかのあんなこととか!? キッサマ〜、許さんぞ!

 ……俺は、マジ大人の階段登っちゃってたのか!?

 さっぱり身に覚えがないのに…………!?


 いや、ミカンとはそのようなことをしたという痕跡は、我がチンコにはないじゃないか!

 うん、そうだ!

 ミカンの出まかせじゃないのか!?

 そう思いたい! ……でも、あの妊娠してるとしか思えないお腹はなんなんだ。



 ――カプっ。


「いっ、いだだだだだッ!! なな何をするんだ、唐突に」

 学校の帰り、仁島と一緒に帰っていた。


「ほんま、凛一くん、最近、情緒不安定っぽいから、喝入れたってん」

「喝? ……また噛み癖が再発したんじゃないのか?」


「暗いよ。そんなんやったら、恋のひとつも芽生えませーん」

 ……それ以上の物体が芽生えてる可能性が。


 いや、我がチンコに痕跡はないのだから、気に病む必要はないと思いたいが…………。


 ――次の瞬間、

視界が真っ暗になったかと思うと、

強烈な目眩と鈍い痛みに襲われ、

次いで、景色が流れ、カラダの所々をぶつけて、

最終的には腹をしたたか打ち付けていた。


 うっかり、電信柱と衝突し、側にあった柵にもたれ掛かろうとしたら、柵は壊れており、その柵と共にマンションの2皆ほどの高さの川底へと転落していた。

 殆ど水が干上がっていたコンクリートの川底だった。


 ……骨の二、三本はやってしまったかも。

 肋骨は折れてそうだ。

 激しい痛みなんてものじゃない。暫く、呼吸困難だった。

 どうにも堪え切れないくらいの痛みが続いたが、本当にじわじわとゆっくりだが、なんとか痛みが引きつつはあるようだ……。

 身動きひとつ出来ないものの。


 仁島の悲鳴にも似た叫びも聞こえていた。

 仁島がこっちに来ようとしていた。

 ああ、確かこの川って、昇り降りする階段があったな。

 そこから、降りてきたのだろう。


「凛一くん!」

 仁島が駆けつけてきた頃には、痛みは幾分かマシにはなっていた。

 ちょっとでもカラダを動かそうものなら、激痛が走るが。

「に、仁島、救急車呼んでくれ」


「来てくれるやろか?」


「えっ?」


「まず応急処置な! わたしのオフィちゃんから、早よ血肉を取り込み!」


 ? 

 何を言ってるのかわからない。オフィちゃんとは?

 どうも仁島がいつも連れてるペットの仔ブタのようだ。

 仁島は、仔ブタを抱え、俺の顔にずいと近付けてきた。


「……取り込むって?」


 ――ん?

 仔ブタを見ていると、ふつふつと湧き上がってくる渇きは何だろうか。

 噛みついて、血を吸いたいような衝動が――。


「……ああ、それも忘れてしもてるんか。世話の焼けるやっちゃ。ええか? こうすんねん」

 そう言って、仁島は俺の腕に噛みついた。


「ちょ、俺、こんな状態なのに噛みつくとか!?」

「こうして、しっかり噛みつかんとあかんねんで」


 俺の腕に噛みついてた仁島は、実演してくれてるらしい――何やら楽になる方法を。

 だが、そんなのが、どう応急処置になるのか?

 ふと思い出した。

 もしや……あの病院で見た人体模型の……。

 人間には、俺の知らなかった臓器があったんだったな。

「オクトパス・イヴとかに関係してるとか?」

「そう、それ」


「俺にも、そんな臓器あるのか!? 女子だけじゃなくて?」

「男子もや!」


 あ、ホントだ。

 俺は衝動のまま、仔ブタに噛みつくと、

食べ物のように、喉の奥へと血肉を取り込むんじゃなく――舌先にある別のところから、摂取している感じだった。

 俺の舌先で、そんなことが出来たとは…………。

 ――人体の神秘だ!


 俺は仁島の仔ブタから、ゆっくりとかなりの血肉を取り込んでいた。

 仔ブタの方はまるまる太ってたので、それくらいなんともないようだった。

 もうびっくりするくらい痛みが回復していた。


 ただ……。


「落ち着いた?」

「うん」


「あははは、凛一くん男子やのに、妊娠してるみたいや」

 俺のお腹は、妊婦って程ではないが、ぽっこりと膨らんでいた。


 終いには、もう歩いて帰れるくらいまで回復していた。

 病院も必要無さそうだった。


「あんな、ちょっと聞きたいねんけど」

 仁島は一呼吸置いて、その先を言った。

「ミカンちゃんとどこまでいったん? 付き合ってるんやろ?」


「いや、カレシカノジョの関係ではないが。お互い特に告白とかもないし、小学生の頃の延長みたいな」

 俺が記憶喪失で、覚えてないだけかもしれないが……。


「そうなんや。あの子、またえらい積極的やもんな。大げさに言うとっただけやったか」

「うむ、キスくらいしかしてないしな」

 ミカンのカラダのお触りや、もっと先のことはしてなかった。

 覚えてないだけかもだが。


「キスはしたんか! キスはッ!」

 急に大きめのトーンで仁島は言った。


 そして、続けた。

「……あの子、高校行かず、中学卒業と同時に凛一くんと結婚するって言うてるけど、それもまた大げさに言うとっただけやったん?」


「俺は、そんな気はない! 俺の夢は空中殺法を得意とする覆面レスラーになることだしな。あ、俺がデビューしても正体バラすなよ」


「……でもキスはしてたんか」

「なんかマズいのか?」

「子ども出来てしまうやんか」

「……仁島、性教育、ちゃんと受けたのか?」

「受けたわ!」

 俺は疑いの眼差しを向けずにはいられなかった。

「そら、キスのもっと先の事までしてしまう方が妊娠する確率は高いよ。せやけど低確率で、キスでも妊娠するねんで」

「は?」


「あんたの方こそ、性教育の内容忘れてるんとちゃうん?」


 そんなバカなと俺は思った。

「……要は、妊娠するやつって、人間の交尾だろ。チンコを女子のアレにソレするみたいな」


 仁島は、恥ずかしそうにうつむいて呟いた。

「…………う、うん」


「具体的にはだな。……女子の……おしっこするところに、くっつけると妊娠に至るのであーる!」

「はあ?」


「一度、その行為に及ぶとだな、チンコは自然にムケるのであり、俺はまだムケてないゆえ、ダレともその様なことに及んでないという根拠もある!」


「は――?」


「……ほんまにしゃーないな、忘れてしもた性教育、もっかい教えたろ」


 え? 俺、何か間違ってる?


 *


「な、な、なななんだと!? 生理!? それに、膣とか謎な器官まで!?」


「知らんかったんか…………」


「精子はチンコから分泌され、同様に女子の場合も卵子は、おしっこするところの奥にあるのだろう。そこがつまり子宮であーる!」


 そう言うと、仁島は腹を抱えて笑い転げた…………。


 違うのか!? と俺は激しくうろたえた。

「ちゃうっちゅうねん!」


「……にしても、幾らなんでもキスで妊娠はあり得なかろう。精子も卵子もある場所は下半身」


「そうとも言われへんで。ちょっと見せるん恥ずかしいけど……」

 そう言うと仁島は、ペロっと舌を出した。


「ブルグトムこうって言うねんけど、この舌先にあるの。女子は突起状になっとって……って、ほんまにそこまで忘れてしもたん?」


「に、人間にそんなのがあったとか、マジ知らなかった……ぶるぐとむぶるぐとむぶるぐとむ?……ぶるぐとらぐるん…………?」


「ガブっと噛みついた後、ブルグトム腔から血肉を取り込んで、オクトパス・イヴがカラダのダメージ受けたところを速攻で修復させるねん――あ、卑語ひごみたいなもんやから公共の場では言いなや」


「わ、わかった……」

 エッチなものらしい。


「オクトパス・イヴって大きく分けると、八つの経路があってカラダの隅まで行き渡ってる――血管のようにな。舌先のブルグトム腔から生殖器官までも繋がってるし、精子ってその経路中を泳いで行き渡ってたりもするねんで。せやからキスばかりしとっても、女子は精子を取り込んでしまうこともある。そんで、子宮の中の卵子へと到達。結果、ゴールインや」


「ええっ!? ま、マジか! ……そ、そうだったのか」


「マジや。人間はな、性の営みを繁殖目的だけやなくて、ホモ・サピエンスが現れた頃、20万年前には、既に快楽目的でもするようになっとったそうやから、そうそう妊娠せーへんよう進化してきたって言うで。せやからキスでも──まぁもっと低確率やけど妊娠出来るようになってきたとか。ブルグトム腔……第二の生殖器とも言われてる」


 まさか、キスだけで妊娠してしまうなんてこともあり得るとは…………。

 やはり、俺は、ミカンを妊娠させてたのか。


 ああ…………。

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