平行身体

西木ダリエ

第1話 身に覚えのないものが爆誕していた

 そうして人類は永遠の眠りについた。

 ヤベえウィルスがまん延して……。なんてな。


 つくづくそんな思いに駆られてならない深夜だ。俺は少しばかりテンションが上がりぎみなのだろう。


 フェニックス・スプラッシュでダイブした。

 プロレスの捨て身の飛び技だ。


 受験勉強の気分転換に、自販機のジュースを買いに来たのだが、なにげに近所の公園に来てみると、不法投棄されていたベッドのマットレスが目に付いた。

 公園は冷んやりと涼しく本当に良い気分だった。

 良い気分だったので、滑り台の上から、下にひいたマットレスに向かって飛んだんだ。


 *


 俺、多邑凛一たむらりんいちは、朝目覚めると、いつもと何か違うことに直ぐ気がついた。


 ――なんか変だった。


 なんか変の1

 世の中、ブタをペットにするのが空前のブームになっていた。

 え、え、え? どゆこと?


 俺の家でも三匹。通学路を歩きながら見かけるどの家々もブタを飼っていたようだった。

 行き交う人もまた、犬を散歩させるかのようにブタを連れていた。

 え、え、え?


 なんか変の2

 あれ……学校に行くのに迷ったりなんかするか?

 こんな所にこんな建物あったっけ? と見慣れぬ建物を見かけた。

 それもかなりの軒数。

 遅刻したことのない俺が、おかげで遅刻する羽目になった。


 特に妙だったのは、芳江よしえ市立中央病院分室だったか。 

 通学路に、そんなのあったかな?

 その建物にはショーウィンドウ的なものがあって、人体模型が置かれてあった。

 その人体模型が変だった。


 はて? 下腹部に見たことも聞いたこともない臓器があるのだが。

 その臓器から8本の触手のようなものが、四肢と頭部の隅々まで伸びていた。

 クトゥルフ神話の這い寄る混沌みたいなのが。


「……オクトパス・イヴ?」

 俺が不思議そうにそう呟くと、丁度側に居た、その建物の職員らしい白衣の女の人の耳に入ったようだ。


「あら、まだ知らない? 学校の教育遅れてるのかしら? オクトパス・イヴは、遥か太古、私たちがまだ猿人の頃――ううん、もっと前だったかしら? 私たちの祖先にあたる存在が、タコと共生していて、次第にカラダに入り込んで行くよう進化して出来た臓器なの。……性教育で習うものだと思ってたけれど」


 そんなのは初耳だった。

 学校で習う? 性教育?

 もっとも俺は、中学3年にもなって、実はどうしたら妊娠に至るのか、その詳しいプロセスがイマイチよく解っていないところがあった。


 *


 しかし、困った。

 また、学校の帰りにも迷いそうだ。

 てか、ゼッタイ迷うな。


 同じマンションに住む同級生、仁島千景にしまちひろを見かけた。

 丁度良い。一緒に帰るか。

 ……って、ええ!?


 ――仁島にしまって、中二の終わりに……確かに。

「に、仁島、キサマ転校した筈では!? いつの間にか、またこっちに戻ってきていたのか?」


「は? 転校って? わたし、転校なんてしたことないで」


「……えっ!? …………むう。どうも、俺は疲れてるらしい。受験ノイローゼってヤツ?」


「え、成績の悪い凛一りんいちくんが、そんなに勉強なんかしとったん?」


「……俺、少し? なんか記憶喪失ってやつらしい。俺の知らんことがちょいちよいあるとか」


「アホな頭が、これ以上アホになったら大変やんか。運動だけが取り柄やもんな。鉄棒から落ちて頭でも打ったん?」

「……いや、落ちたと言えば鉄棒じゃなくて、滑り台からダイブして、打ち所が悪かったのかもしれん」



 仔ブタをペットにし、学校にまで連れていた仁島と、帰路に着いていた。

 中二の終わり頃、確かに転校したはずの仁島…………。

 考えてみたら、顔を合わせるのは半年ぶりくらいか。



「にしても、中三にもなって、全然ないのな」

「何よ?」

「まさか、まだブラジャーしてないとかか?」

 そう言うと、仁島は何も言わず、がぶりと俺の腕に噛みついてきた。

 やたらと痛い! 


「ど、どんだけ、思いっきり噛みついてるんだよ! ……そういや、仁島って昔から噛み癖があったな」

 歯型が付くくらい、よく噛みつかれた。

 中学に上がってから、無くなったと思ってたが。

「……ストレス発散にはこれが一番なんですう。あんたのこともムカつくしな。他の女子にはデレデレと優しくしてるクセに、わたしには、さっぱり優しくないとか――あんたは人のこと『キサマ』って呼ぶん直しましょう」



 マンションに着き、仁島と別れた途端、見慣れぬ制服を着た女子が現れた。


「やほー、凛一!」

「えっ、キサマ、誰だ!?」


「は? ナニ寝ぼけてんの? あんたの幼馴染みの羽田木蜜香はたきみかちゃんやんか」


「えっ、俺の幼馴染みと言えそうなのは……仁島くらい? なものだが。……制服も違うってことは他所の地域だろ? キサマ何者だよ?」


「羽田木蜜香ちゃんやろ。私、あんたとは小4までお隣の二三八ふみはち市の同じガッコやったやん」


「二三八……そういえば、以前何年か住んでいたな……」

「せやろ?」


「む……キサマはミカンか! お、思い出した。懐かしいな。やはり、あれから更に美人になったな」


「……懐かしいって?」

「小学校以来だろ。うむうむ」


「凛一が、こっち芳江よしえ市に引っ越ししたって言うても、お隣やん。直ぐ近くやし、ちょくちょく遊びに来たってるやん」

「えっ、え……。そ、そうだったか?」


 ――なんだこれ?

 全く世界と噛み合わないとか……。

 もう、やんだ〜!!

 現実とよく似た異世界にでも転生してしまったかのような……。


「……実はな、俺、どうもやはり、記憶喪失らしい。昨日、滑り台からフェニックス・スプラッシュでダイブして、打ち所が悪かったんだろう。色々、忘れてることがあったらすまん」


 *


 ミカンはそれからも、学校が終わるとちょくちょく遊びに来た。

 かなり美人だし、悪い気はしないものの…………。

 だが、俺としては、仁島の方が……。

 仁島は、優等生でうるさく、ウザい女子の典型なのだが、割とどストライクなのだった。

 なので、ちょっと緊張して気後れしてしまい、扱いの難易度が高かった――中二までの話だが。

 転校してしまったはずなのに、実はまだ同じマンションに住んでたなんて喜ぶべきことじゃないか。

 

 でも俺はチキンで、仁島を自分から誘えずにいた。

 必然と、積極的にくるミカンと遊んでばかりとなっていた。

 積極的と言えば、ミカンはよくキスをしてくる。


 俺はキスには、ちょっとトラウマがあった。

 かつて小4の頃、ませたミカンとたまにキスをしていた。


 笑われるかもしないが、その頃の俺は、キスをしたら子どもが出来ると思い込んでいた。


 なのに、何度もした。

 ずっとしてるとエッチな気分になってきて、幼いながら下半身も興奮していた。

 思えば、それが俺の性の目覚めだったのだろう。


 当時、ミカンを妊娠させてしまうんじゃないかという不安感があったのに、やめられなかった。

 いけないと思えば思うほど興奮するような……。

 結果、暗澹あんたんたる思いで過ごす羽目になっても。

 そんなことを思い出していた。



「私のパパ、お店を持ってるパティシエやねん。私と結婚した相手には、後継いで貰いたいって言うてる」

 そういえば、ミカンはよくケーキを持ってきてくれた。


「私、高校行きたくないんよね。若いお母さんて子どもにとってステキやん。せやから早よ子ども作りたい。高校行かず、子育てがええな」


 俺は取り敢えず、レスリング部のある高校に入学して、プロレスラーになる道を模索せねばな。


「――せやからさ、結婚相手欲しいんよ」

「ミカンだったら、モテそうだから直ぐ見つかりそうだな」


「うん。目の前に」

 ん?

 ここは、たこ焼き屋の中だったが、たこ焼きを焼いてるおばちゃんしかいない……。

 おばちゃんとは結婚しないよな…………。


「えっ、何かの間違いで俺とか!?」

「間違いちゃうよ」


「……でも、俺が18になるまで、あと4年あるし、高校卒業したら、たぶん上京かな。ミカンも高校くらい行っておいたら?」

「そんなん、待たれへん。15で産みたい」


「は? 男は18、女は16にならなければ、結婚はムリだろ」

「あー、凛一って記憶喪失やったね」


「うむ」


「義務教育終えたら、男子も女子も結婚出来るねんで。15で成人式やんか」

「は、はい?」


「子ども作ったら、少子化の時代やから、ベーシックインカムやったっけ? 国から公団住宅とか援助金至急されるねんな。女子は働かんでもよくなるねん」

 ミカンは続けた。


「私の両親もな、凛一さえパパの跡継ぎになってくれるんやったら結婚OKって言うてるんよ」

 ええっ……。


「そ・れ・に、私のお腹触ってみて」

 ミカンのお腹は、ぽっこりと膨らんでいた。


「ほら、だいぶ大きなってるやろ。凛一と私の赤ちゃん」


「は、はいい!? ちょ、まるで身に覚えがないんだが……」


「うん、記憶喪失やもんね」


 俺は血の気が引くのを感じ、気が遠くなりそうだった。

 

 丁度、たこ焼き屋の前を通りかかった仁島に、ミカンは声を掛けた。

千景ちひろちゃんも見てよ。このお腹! 凛一の子どもやねんで!」

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