第18話
鼠木戸をくぐったその先は、まるで世界が違っていた。廊下を進むたび色々とすれ違うのだが、その匂いと色と音はどれも志乃が初めて感じるものばかりだ。
廊下を走る大道具方が両手で抱える馬の頭は、これまで何人もの大部屋役者たちが頭を突っ込んできたのか、近づく前から顔中に
小屋の中身に戸惑っている間に、足はもう三階の
「おいおい、また来ちまったのかい」
男はため息を吐きながら、「しかも芝居の稽古中によお」その長い指で鬢を搔く。
「女は芝居小屋に入っちゃならねえ。何度言ったらわかってくれんだよ」
なあ、お
「それが小屋の
乗り込み女はふんと鼻息を荒くする。
「あんたは芝居の
お富とよばれた女のこんな言い草に男はゆっくりと足を進める。差し向かう二人の背中と腹には同じ紅唐色の蟹が
「知ったこっちゃないって、お前は俺っちの、大芝居の役者の女房だろうが。ちいとはそれに
言いながら、己の帯をきゅっと
「そんでもって、お前の旦那、
志乃は一人得心した。
名題ってのは、一等位が上の役者でしてね、給金だって千両を取るお人だっていらっしゃる。そこにいるだけで、ぱあっと目を引くもんでさあ、とはこのことか。名題ともなれば、
「贔屓に芝居茶屋に呼ばれて、奥方の手を握りしめることなんてざらにあらぁ」
「その手を尻に回す必要がどこにあるってんだい」
「おいおい、その話は
「打ってやったのさ。なのに、二ト月もしねえうちに別の女の手を、泥が爪の間に入り込むまで揉み込んでやがる!」
「だから、泥の女はお前の勘違いだと、今朝方もそう言ったじゃねえか」
「
お富はそう言い捨てて、後ろで縮こまっていた志乃の肩に勢いよく手を回した。そのままぐいと背中を押され、志乃は寿太郎と呼ばれた男の前に引き立てられる。
「お前の密通女をこうして連れてきてやったんだ。素直に白状しやがれ!」
お富の夫と顔を合わせるが、
「おい、お富。誰だい、このお人は」
おんなの女房 蝉谷めぐ実/小説 野性時代 @yasei-jidai
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