第17話
女にぐいと腕を引っ張られて、志乃は素直に立ち上がった。そのまま土間に降りるので、一寸ばかりその場で踏ん張ると、女がこちらを振り返ってぐっと腕を引き寄せる。その
芝居小屋へ行ってみたいと思ってしまうのは、どうしてなのか。
いつの間にやら、志乃は女に手を引かれて、町中を早足で歩いている。普段の煮売り屋や紅屋へ遣いに行っている時とはわけが違う。いつもは店の軒下にできた陰に体を入れてひそひそと歩いていた。だが、この女に腕を取られて歩く道はなんだかまるで飛んでいるようで。
燕弥と住む家がある木挽町、これに
声を振り払おうと志乃が慌てて右を見れば、そこには構えの立派な茶屋がある。ああ、あれは芝居茶屋ですよ。金子を持ってるお
角を曲がったところでは羽織半天の男が紙を配っていて、志乃は思わず手にとった。大判のこいつは
芝居小屋に辿り着くと、その
ここら辺でようやく頭の中の志乃が現れる。何をされるがままに聞いているんです。さっさと耳を塞いでしまいなさい。善吉は目を開いて驚いて、子供の
何を言ってんですか、御新造さん。おいらの芝居話をぜえんぶ頭の
でも、そんなことしていいんですか、御新造さん。あなた、武家の女じゃなくって、役者の女房になるおつもりですか。
「いいや、そいつは許されねえんですよ」
突然聞こえてきた男の声に、志乃はびくりと肩を震わせた。気づけば、志乃は女とともに芝居小屋の正面に立っている。目の前に見える小さな入り口は、たしか
「何度も言っていやすが姉御ォ、芝居小屋は女人が入っちゃいけねえところなんです。小屋の中柱に貼ってある女人
「夫の仕事場を妻が訪ねて、何が悪いってえの」
「俺っちに言われましてもねぇ」
木戸番は腕を組み、うむうむと適当に
「今日はうんと気持ちのいいお日和ですから、眠気がすぐ忍び寄ってきやすねえ。もう少ししたら、俺っちも船なんか
「こんの
低く吐き出し、女は番台の上へ巾着袋を置く。木戸番はにんまり笑みを浮かべた。そいつを己の
「おや、昨日降った雨のせいかな。あんまり良い音じゃないようで」
ちいっと雷のような舌打ちのすぐ後に、金子が番台に叩きつけられる音が晴天の下、響き渡る。「いい音ぉ」と芝居めいた掛け声を寄せてから、木戸番は言う。
「
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