茶羽様への御手紙

脳幹 まこと

日頃の感謝とお詫び


拝啓


 今年の冬は例年に比べて厳しいという話でしたが、あなた様が日々繁栄をしておりますこと、しっかりと拝見させていただいております。私としましても、あなた様の尽きぬ精力を見倣い、日ごろの在宅勤務に活かしていく所存でございます。


 さて、あなた様と私のご縁は決して短いものではなく、これもひとえにあなた様のご厚意あってのものと認識しておりますが、先月ごろから、あなた様のご子息様にお会いになることが多くなりました。お元気な様子からお加減が優れない様子まで様々でしたが、徐々に、拙宅の至るところでお会いになり、六畳一間の一人部屋とはいえ、流石に口に出すのもはばかられる思いが、私の胸の底に溜まっていくのを感じました。それでも、生を謳歌する精力的な生命を無下にする権利は何人たりともないと、私は自分を強く戒めました。


 ある日炊飯をしようと米を計量カップに移そうとしましたところ、あなた様のご子息様がいました。米袋の中にです。込み上げてくるものをこらえながら、ちゃんと封をしなかった自分を強く戒めました。ある日出勤しようと靴を履こうとしましたところ、あなた様のご子息様の感触が足先に伝わりました。靴の中を確認しなかった自分を強く戒めました。床に置いてあった読みかけの本の続きが気になって手に取りましたところ、あなた様のご子息様が驚かれた様子でお出でになりました。自分を強く戒めました。あなた様御一家には何の罪もございません。一週間前でしょうか、私は一日に三回は自分を戒めるようになりました。紙に箇条書きで戒めを書いていたのですが、そろそろ一杯になりそうです。心の弛みたるみがあることを痛感する次第です。


 そうですね、つい先程のことです。

 私は珍しく定時で作業を切り上げることが出来ました。あなた様の精力的な活動を見倣い、普段出来ないことをしようと思い立ちました。そうだ、存分に寝てみようと。私は明かりを消して、布団を敷いて、眠りにつきました。お陰様で、耳元でかさかさとご子息様の足音が聞こえましても「ああ、季節外れの鈴虫の羽音の如く、風流であるなあ」と認識出来るようになりました。

 しばらく経ち、妙な感じで目が覚めました。最初に来たのは苦味でした。消灯していたのもあって、とにかく混乱しました。状況はさっぱり分かりませんが、手探りでティッシュ箱を探ってその中に唾を出しました。ひとしきり終えた後、明かりをつけました。茶色い染みがちり紙の上に広がっており、鳥肌の立つ思いでした。寝惚け眼ねぼけまなこもすっかり吹き飛び、こうして一筆したためている次第でございます。


 これもひとえに私の歩み寄りが足らなかったことが原因と大変反省しております。お詫びのしるしに、あなた様御一家の大好物と伺っております、銘菓『黒い帽子』を贈呈させて頂きます。

 至らない点も多々あるかと存じますが、引き続き、私との共生、よろしくお願いいたします。


 敬具

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茶羽様への御手紙 脳幹 まこと @ReviveSoul

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