流れ星に初恋

李都

流れ星に初恋

 都会から遠く離れた片田舎の海沿いを歩く。父親の仕事の都合でこの街に引っ越してきたのは数日前のこと。冬休み、たった十数日しかない短い貴重な休みの半分は引っ越し作業に追われた。

 荷解きを終え、自分の部屋が部屋らしくなってきたところで、家の近所を散策することにした。日はすでに傾き、月が上って星たちが薄く輝いている。せっかく海が見える街に来たのだ。どうせなら海で星を見るのも悪くないと、もとより天体観測が好きだった茜は、家から歩いて十分程度の所にある海辺を目指した。


 冬ということもあり、人気のない海辺は街灯の灯りも届かないほどに暗く、上を見上げると、先ほどまで薄い輝きだった星たちが濃く光っている。

「うわあ。」

 思わず声が出てしまうほどにそれは綺麗だった。

 しばらく夜空を眺めていると、砂浜を歩く誰かの足音が聞こえた。

「誰がいるのか?」

 声の方向を見ると、自分と年の変わらない男の姿があった。男の名前は青木といった。この街に住む学生で、時折、この時間の海に足を運ぶらしい。通う学校は違うと知り、茜は少し落ち込んだが、毎朝登校で乗り込む電車は同じだと分かり嬉しかったことを覚えている。

 茜は、星を見る仲間ができたことに喜びを感じていたが青木は少し不満そうな顔をしていた。

「どうかしたの?」

 いや、と言葉を濁しそうになりながら、青木は茜に向けて言葉を続けた。

「今日会ったばかりでこんなことを言うのはおかしなことだとは思うが、夜に一人で出歩くはとても危ないと思う。この海に来る時はどうか自分を誘ってくれないだろうか。」


 それから冬休みも明け、それぞれの学校に通うようになった頃の朝、登校時に乗る電車で青木を見かけては、今夜星を見に行こうとあの海へ誘うようになった。

 青木はとても背が高く、これまた背の低い茜などすっぽりと覆い隠せるほどだった。そして彼は多くを語らない、いわゆる無口な方なのだと思う。しかし彼は優しかった。夜の海は風が冷たい。青木はいつも風上に立って、茜に風が当たらないようにしていた。


 その日は流れ星がよく見えると新聞に載っていた日だった。いつものように青木を誘って、二人は夜の海を歩いていた。

「流れ星が見られたら、どんなお願いをするんですか?」

「んー、そうだなあ、考えてなかったなあ。流れ星が見たかっただけだから、それで満足しちゃうかも。青木は?」

「自分も、流れ星が見られたら満足かもしれないです。」

「あはは。二人とも欲がないねぇ。」

「本当ですね。」

 なんて話していると、ひとつ星が流れていった。

「あ…!」

 それからは、二人ただ流れ星をいくつか眺めていた。星の流れが終わりを迎えそうな頃、青木はコートのポケットから何かを取り出し、茜に差し出した。

「これ、茜に似合うと思って。よかったら受け取ってください。」

 茜をそれを受け取り、袋を開けてみると、中には星空を描いた七宝焼の髪飾りが入っていた。

「綺麗…。ありがとう!」

「それで、さっき、願い事はないって言ったんですけど、あれ、嘘です。」

「え、」

「初めて会った時から何度かこうやって二人で話して過ごして、俺は茜のことが好きになってました。俺の名前も、実は下の名前が明音あかねって言うんだけれど、もし、それでもよかったら自分とお付き合いをしていただけませんか?」


 …………………………………………


「…へぇ。それがおばあちゃんの初恋?」

「そう、まさか自分と同じ名前の人から告白されるなんてそうない経験でしょう。しかもその人と添い遂げることになるなんて、あの頃の私には信じられないことだわ。」

 ここまでは何度かおばあちゃんから聞いた話だ。昔のことをまるで昨日のように語ってくれる。少しボケてきてしまった今でも、この思い出だけは毎回しっかりと語ってくれるのだ。

「しかもあの人、そんなに星、好きすぎてじゃなかったのよ。」

「え、そうなの!?」

「隠してるつもりのようだったけど、バレバレだったわ。まあ、それを知りながら誘っていた私も私なのだけれどねぇ。」

 その話は初めて聞いた。ふと隣を見ると、おばあちゃんは幸せそうな顔をしている。もちろんそんなおばあちゃんの後ろ髪を留めるのはやさしく輝く星空だった。

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