喪女の夏は丑三つ時
黒糖はるる
喪女の夏は丑三つ時
虫達の暑くて熱い恋の季節もそろそろ終わりを告げる頃なのだろう。
今年生まれたカップルはどれくらいなのだろうか。虫の恋事情なんてどうでもいいけれど。
それよりも。
私の方が大問題だ。
高校二年生の夏という、一番自由に恋愛できるであろう大切な時間を殆ど部屋の中で過ごしてしまった。しかも積みっぱなしにしていた乙女ゲームを消化するという、何の生産性もないことに時間を費やして。
でも推しキャラとの好感度をカンストできたし、なんなら全ルートクリアしたし。こんな偉業を成し遂げられるのなんて私くらいだ。
いや、それってただ私が夏休みに大した予定のない、陰日向に咲く雑草以下のオタク……喪女だからってだけじゃん。
「あああぁぁあああぁぁぁぁぁああああっ!」
そう意識したら急に死にたくなってきた。
どうしようもないよ、高校デビューを盛大に失敗した時点で私の人生は詰んでいたんだから。
それでも去年は頑張ったよ?なんとかして陽気なグループに混じろうとして大分迷走したけど、努力だけはしたよ?結果的に余計酷くこじらせるハメになったけど。
どうするのよ。
来年は三年生、進路決めなきゃいけないし受験勉強やら何やらで遊んでいる余裕すらなさそうだ。どうせ部屋にこもりきりだったらせめてスキルアップのためになることをしておけば良かった。
夏休み終了まであと三日。
せめて今後の人生で誇れるような、アウトドアで大騒ぎな思い出が欲しい。
どうにかして、思い出作りをしてみせる。
そうしないときっと、絶対、必ず後悔する。
そんな気がした。
※
で、私は近所の廃工場……心霊スポットにいる。
時刻は午前二時。
こんな薄気味悪いこと極まりない場所に来た理由はただ一つ、肝試しをするためだ。
もちろん一人で肝試しをする、なんて切ないことをするために来た訳じゃない。
むしろ逆、私が連中の肝を試してやるのだ。
この廃工場はかなり有名な心霊スポットらしく、様々なオカルト雑誌で紹介されているようだ。最近ではここを題材にしたホラー映画も上映されて観光目当てでやってくる人も多い。
そして一部のバカ……陽キャ、バカップル、DQNどの呼び方でも良いが、そういう手合いが真夜中に騒ぎまくる。この声がとてもうるさいし、周辺を荒らすので
というのもこの廃工場、有名なだけで本当に幽霊は現れないのだ。私自身小さい頃は何度も勝手に侵入したけど霊どころか怪奇現象すら起きなかった。なので期待わくわくで入ったバカ共は肩透かしで腹を立てて騒ぎ、近所一帯を荒らすのだろう。
本当に迷惑すぎる。
なので、私がここで
徹底的に恐怖のどん底を味わわせて、二度とこの地に踏み入れたくなくなるようにしてやる。
それが私の思い出作り。
一応アウトドアだし、大騒ぎだし。うん、セーフ。
いや、全然セーフじゃねーよっ!?
どうしてそういう結論に至ったんでしょうかねー?何をどう間違ったら青春を謳歌(迷惑だけど)している人を使って憂さ晴らしすることが思い出作りなんでしょうか?私、歪みすぎじゃない?これが腹黒女子の暗黒微笑……ってやかましいわ!
あー、やっぱりダメだ。
私はどこまでいっても性格がねじくれ曲がった、修正不可能な救いようのない女だ。
「あれ?シフト間違えたかな?」
突然、背後から男の人っぽい声。
誰もいないと思った場所からの不意打ちで、私の体はびくんっ、と垂直に三十センチメートルくらい浮いた。
「あわ、あわわわわ……」
がくがく震えながら振り返るとそこには、私と同じかちょっと上くらいの男子が立っていた。
服装は夏らしくとてもラフ、というかアロハシャツ。足もあるし血色も良い。霊ではなさそうだ。
「あ、あな、あなたは……?」
人見知りな上にこんな場所で会ってしまったせいで、どもりまくってしまう。
でもそんな私のことを見て「ぷっ」と笑い、見知らぬ男子はにっこりと笑ってくれた。
「もしかして、バイトの人じゃないですね?」
「……は?」
バイト?
一体何の話をしているの?
「僕はバイトでこの心霊スポットのスタッフをしているんです」
「は、はぁ」
ラフ男子曰く、これは新手のバイトらしい。
名ばかりの心霊スポットにシフト制で入ることで、訪れた人に恐怖を与える。そうすることで怖い思いをしたい人達の需要を満たし、心霊スポットは風化を防ぐというWin-Winの関係。道理で霊の類いがいないのに有名な訳だ。まったく、オカルト好きの人達が考えることは意味不明だ。
ん?ということは怖がった上で街を荒らしているのかあん畜生達は。今度は警察呼んでやろうか。
「深夜手当も出るから結構いいんですよ」
「そりゃこんな時間にこんなところですもんね……」
むしろ手当なしでやれなんて条件だったら幽霊よりもよっぽど怖いブラック企業だ。
ラフ男子はそれからも色々話しかけてくれた。好きなことは何かとか、学校のこととか。当たり障りのないことばかりだけど、それでもコミュ障な私はおっかなびっくり答えてた。それに男子ウケの良さそうな回答なんて全然出来ないし、改めて自分の女子力の低さを痛感した。
でも、長いこと話しているうちに少しだけ慣れてきて、私も一つだけ質問することができた。
「あ、あの……あなたは、何でこのバイトを……?」
質問してから「しまった」、と思った。
バイトをする理由なんて大概小遣い稼ぎか社会経験を積みたいとかそんなところだ。実際手当が良いって言っていたし。会話が全然拡がらないつまらない話題だ、なんて大バカな私。……と、思ったのだけれども。
「そうだな、やっぱり喜んでくれる人がいるからかな」
とっても嬉しそうな顔で答えてくれた。
「僕、小さい頃はいつも隅っこに隠れていてばかりで友達もいなくて、周りからいるかいないか分からない子って言われてた。でもこのバイトで怖がってくれる人を見たり心霊スポットの管理人が有名にしてくれてありがとうって言ってくれたり。そんな風に僕なんかでも力になれるって感じることができるから」
キラキラにした瞳で語ってくれた。
私みたいに鬱屈した気持ちを人様にぶつけようとするのではなくて、世のため人のために昇華させている。
その姿は眩しすぎた。
※
朝陽が昇り始め、空が白んでいく。
「もう朝……」
「結局、今日は誰も来ませんでしたね。よくあることなんですけどね」
ラフ男子と一緒に誰かを驚かせることもなく、ただ雑談するだけで終わってしまった。
でも、今日のことはきっと良い思い出になるだろう。
変なバイトがこの世にあることを知ることができた。
そして何より、この人に出会うことができた。
辛い過去も自分のコンプレックスも前向きな力に変えている、こんな人に私もなりたい。
「それじゃあ、僕はそろそろ上がるね」
「あ、はいっ。お疲れ様ですっ」
まるで私まで本当にバイトをしているみたいな返事をしてしまった。ラフ男子も同じことを思ったのか、「ふふっ」と優しく微笑んだ。
「そうだね、またいつか。良かったら君もバイトに参加してね」
「はいっ!」
そうだ。
まずはこのバイトから初めてみよう。憂さ晴らしとしてではなく、誰かのために。
ちょっとずつでいいから、自分を変えていこう。
「あ……ふぅ」
心のつっかかりがとれたら緊張も解けて、
「……あれ?」
その瞬間、人の気配が消えた。
音もなく、あの人はその場から完全に消え失せていた。
「え……?」
もしかして。
あの人って本当に幽霊だった?
いやいや、「良かったらバイトに」って言っていたじゃん。
でも、あの人は一言も生きている人がするバイトとは言っていないし、自分の生死を明言していなかった。それに足があって血色が良いから幽霊じゃないと判断したのは私だ。
それなら「またいつか」というのは。
……ああ、そういう意味か。
「……ごめんなさい。やっぱりバイトは無理です」
※
それから。
私はとりあえず遊園地のお化け屋敷で働いている。
あの人の言う通り、誰かのために頑張ってみようとは思う。それにあの人のような真っ直ぐな気持ちを持った人と恋もしてみたい。
でも。
そちらの世界の仕事をするのは、もう少し後にしたい。
喪女の夏は丑三つ時 黒糖はるる @5910haruru
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