stranger

マスターキー

stranger

 独り。


 あの人も独り。


 ここはどこか。そんな野暮な質問は受け付けない。とりあえず、道を歩いてるんだ。


 周りには草が生い茂っている。例えるなら、あぜ道のような感じだが、それよりももっと無機質な平面。他の人が見たらどう見えるのかは知らない。


 目的地はある。皆が知っているところだ。言うまでもない。


 無に囲まれていると自分までもすっからかんになる。実際、頭の中は廃工場のようにすべての機能が停止している。この工場が取り壊される前には、目的地にたどり着けるだろうか。


 そんな中見つけたのが一人の人。やけに重装備で、顔すら見えない。おそらく、同じように中身が抜けている顔をしているのだろう。が、キョロキョロ何かを探しているふうでもある。


 「すみません。」


 すれ違いざまに、その人が声をかけてくる。


 「一つ聞きたいんですが…自分は果たしてどこへ向かっているのでしょうか。」


 この人は何を言っているのだろうか。


 「この何もない道を歩いてきたのですが、わからなくなってしまって。」


 他人の行き先などわかるはずもない。が、突き放そうにも突き放せないような、何かを感じた。本当に何を感じたのだろう。


 とりあえず、右へ指を指す。


 「ありがとうございます。」


 そう言うととぼとぼ歩いていった。


 こちらも止めていた足を再始動させる。不意に、あの人がどこから来たのか知りたくなった。正確には、どうやって来たか、だ。幾多の道がある中で、誰かと出会うなんて奇跡に等しい。奇跡が起きるまでの軌跡を考えていると、自然と頭という壺に水が注がれる感じがしてきた。


 遠くから人が歩いてきた。あの背格好は、さっきの人だ。


 「また会いましたね。」


 「歩いていたんですが、またどこへ行けばいいかわからなくなってしまって。」


 今度は左を指差した。


 「助かります。」


 その人はまた歩き出した。


 不思議でならない。あの人が辿った道はどうなっているのだろう。また景色が変わるのだろうか。

 

 というより、なぜ彼は行く先がわからなくなっているのだろう。引き返す、という選択肢はないのだろうか。最も、来た道が複雑すぎてわからないだろうが。


 遠くから人が歩いてきた。3度目だ。

 

 「すみません。」


 やはりそうだ。あの人だ。


 「申し訳ないのですが、もう一度だけ、教えてくれませんか?」


 不意に、頭に浮かんだ。自分で気づけないのなら、気づかせてあげなければ。


 「一回引き返してみたらどうですか。」


 「引き返す…」


 その人は後ろを向いた。


 「おぉ…」


 その声は、土から芽が出てきたときのような、いや、そんな小規模なものではない。何か真理にたどり着いたような、穏やかで優しく包み込むような、そんな声だった。


 「ありがとう。これで迷いなく進めるよ。」


 そう言うと、前へと進み始めた。


 頭にこびりついて離れない。一体、後ろに何があったのだろう。どうせ後ろにも同じような無機質な光景が広がるだけ。


 いや、ほんとにそうか?最初からこんな無機質な道を歩いていたのか?そんな気は全くしない。


 後ろを向きたくなった。でも、向いていいのかわからなかった。振り返ったら、目的地を失う気がしたから。


 …目的地?わからなくなった。なぜこの道を歩いているんだ?それは自分が選んだからに違いないが、なぜこの道を選んだんだ?答えを知りたい。皮肉にも、その答えは後ろにしかない気がした。


 とうとう振り返った。想像を絶する景色がそこにあった。たしかに、さっきまで歩いていた道は無機質なものだ。しかし、それより前に歩いていた道は、無機質とは程遠い。説明のしようがないほどに美しい、色とりどりの世界がそこにあった。忘れていたこの絶景。自らこの世界を切り離していたのだ。


 もう影はない。あとは進むだけ。数多もの道が1つとなる。周りの草木には花が咲き、目的地へといざなっている。


 この道を歩く人へ。前に広がる光景だけがすべてじゃない。たまに後ろを向いてみるんだ。そうすれば、然るべき道を、進めるはずだ。


 そして、道を抜けた。

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