あなた、とっても美味しそう

間川 レイ

あなた、とっても美味しそう

1.

「ああ、人を食べてみたい。」だなんて。


初めて思ったのはいったい、いつのことだったか。それこそ、幼少期の頃、飢えた子供たちに、ヒーローである主人公が自分の肉体の可食部の一部を、「これをお食べ」と差し出す幼児向け番組を見たころだっただろうか。さすがに早すぎる気もするが、少なくともあの作品で私は、一個の人格を持つものが一個の人格を持つものを食べるというシチュエーションに、暗い興奮を覚えるようになったことをよく覚えている。


だが、それは私がその時点をもって人を、それも生身の人間を食べてみたいと思ったわけではない。確かに意志あるものが意志あるものを食べるというシチュエーションに心ときめくものもあったけれど、それはせいぜい心ときめくだけ。そういう展開にドキドキ、ワクワクこそすれども、今でいう『萌え』とでもいうべき強烈な心理的憧憬、強い心理的衝動には到底満たない、いわば未分化な心理的反応に過ぎなかった。


しかし、私が初めて人が人を喰らう、ということに興味を持ったのは、間違いなくあの幼児向け番組がきっかけといえるだろう。それからの私はもっぱら人が人を喰らうという展開にあこがれを持つようになり、そうした作品ばかりを視聴する―ことにはならなかった。


それは不可能だったのだ。いかんせん、世の中において人肉食を取り扱った作品はごく少ない。人肉食が禁忌中の禁忌とされることからすれば、それは仕方がないことなのかもしれない。それに、何とかして人肉食描写のある作品に出会えても、肝心かなめの人肉食シーンは描写少な目、あるいはその直前で打ち切るというものばかりだった。


私にはそれが、不満で不満で仕方がなかった。私は人肉食というものに興味があるのに、書かれているのは人を食べてはいけませんという道徳的教訓ばかり。ああ、つまらない。私はそう思った。創作においてさえ、道徳的お説教から免れないだなんて。私はただ、どんな風に人は人を食べ、そのときにどんな感情を抱くのか、ただ知りたいだけなのに。なのに出てくるのはつまらないお説教ばかり。ああ、なんてくだらない。


2.

そんな思いが一変したのは、私が高校生になってからのころだった。なじみの近所の古本屋で捨て値同然で売られていた、何十年か前の同人誌が私を変えた。


そこには、人肉食の極致が書かれていた。人が人を食べるということは一体何か、いかなることかということが鮮明にまざまざと描かれていた。その文体の見事さたるや、まさに読んでいる私の口の中に実際に血の味を感じるほどで。しかもまたそれを、見事に魅力的に描き出しているのだ。人肉食に伴う仄暗い背徳感を一切損なう事なく。


私はたちまちのうちにその同人誌の虜となった。翌日、同じ古本屋に行き、その同人誌のバックナンバーをすべて買いあさった。私はそれを、なめるように読み込んだ。


実に素晴らしかった。本当に素晴らしかった。涙すら溢すほどだった。食感すら伝わるような巧みな文章描写に、人を食べるという背徳感、あえて禁忌を犯すというスリル。それらを見事にまとめ上げていた。ああ、堪らない。堪らなかった。なんと人肉食とは魅力的なテーマなんだと、心から思った。


私はこの時、初めて人肉食に本当の意味で『萌えた。』んだと思う。


私は、この魅力あふれるテーマである人肉食の良さを誰かにわかって欲しかった。誰かと人肉食の素晴らしさについて語り合いたかった。だから、まだ見ぬ同志を探して、誰彼構わずその同人誌の素晴らしさを、人肉食の素晴らしさを説いた。何なら半ばその同人誌を強引に貸し付けさえした。読めば、きっと人肉食の素晴らしさをみんなわかってくれると思ったから。


でも、そうはならなかった。誰も理解してくれなかった。誰もが口をそろえて言うのだ。「グロい」「気持ち悪い。」あるいは、「不思議ちゃんぶってんの?」とさえ言われた。


ああ、何ということだ。私は絶望した。「グロい」「気持ち悪い。」私はその感想を否定しない。


確かに人肉食は禁忌中の禁忌、一見グロくもあり、気持ち悪くもある。だが、それは表層に過ぎないのだ。本質は別にある。確かに人肉食は禁忌である。それは疑う余地もない。それは誰もが知っている。だからこそ、それを承知の上であえて禁忌に及ぶ所に出るところに人間性の極地というものが描かれるのだ。何故、彼ないし彼女はそんな行為に出たのか、そこに葛藤はあったのか、なかったのなら何が原因か。そうしたことを描く人肉食というテーマは堪らなく美しく、深いものであるのだと説いた。


そして、かくも深いものであるが故に私は愛するのであって、自己が他者と異なることを証明するためにこの様な突飛なことを言っているわけではないのだと必死に説明した。


誰も、わかってはくれなかった。理解してはくれなかった。いや、寧ろ、私の人肉食に対する思いが真摯なものであると理解されたからこそ、私は排斥された。次第に私はおかしな趣味、嗜好を持った子として、周りから人がいなくなっていった。


いや、一人だけ残ってくれた子がいる。その子は私の親友だった。彼女は、彼女だけは私の趣味を否定しなかった。私の話に耳を傾けてくれた、私の話に乗ってくれた。彼女はいつだって、私の新しい『趣味』の話を聞いてくれた。少し困ったような顔をしながら。それでも、決して私を馬鹿にすることなく。


そして、彼女は可愛い子でもあった。なんでも、日本人と西欧人とのハーフとのことで、両方の顔つきの良さを余すことなく受け継いだ、とても美人な子だった。また、誰に対しても、とても優しい子だった。


彼女が黙って聞いてくれる事を良いことに、私はいつだって彼女に熱弁をふるった。人肉食の歴史、人肉食の文化、人肉食の魅力を、余すことなく。時に、どこの部位が美味しいかなど、同人誌の知識を熱弁しながら、あるいは実際に手を触れて指でなぞって指し示しさえした。


それでも彼女は私を拒まなかった。彼女はいつだって優しく微笑みながら、黙って私の話を聞いてくれていた。


3.

ある時のことだ。夕日が差し込む放課後の教室の中で、いつものように彼女の首筋に触れながら、人肉食の素晴らしさについて語っていた時のことだった。


さすりと撫でた人差し指の先端に、とくりとくりという彼女の脈拍の感触を感じた。それはとてもささやかだったけれど、その脈拍こそ彼女の生きている証。その可愛らしいうごめきこそ、彼女の命の証明なのだ。そう思うとなんだかその脈拍が愛しく思えてきて。さすりさすりと撫でてみた。


「くすぐったいよ」とほほ笑みながら逃れるように首を振る彼女。短く切った髪が私の鼻先をくすぐる。ふわりと、甘いシャンプーの香りが私の鼻をくすぐった。ついでに感じる甘いバニラのような香り。それはなんだか、とても蠱惑的で。


ああ、彼女はどんな味がするのだろうと、ふと思った。すらりとした彼女のうなじが、とても美味しそうに思えた。私は慌てて首を振る。何を私は考えているのだと。彼女は私の大切な友達だ。こんな変な私でも、しっかり話を聞いてくれる私の恩人。そんな私の恩人を食べてみたいだなんて。同人誌の読み過ぎで、いよいよ私の頭はおかしくなったんじゃないのか。


そんなことを考え、慌てて脳内で首をブンブン振ってみる。でも、目線は正直だった。


彼女の首筋から目が離せない。彼女の味が、気になって仕方がない。その熱い血潮が流れる首筋をかみ切ったら、きっとそれはそれは見事な勢いで、熱く、濃厚で芳醇な血液を味わえることだろう。


ダメだったら。私は脳裏で自分の頬をはる。友達をなんだと思っているの。そう、自分を抑えようとするも、一度動き始めた思考は止まらなかった。


スラリと伸びた白い腕。私のためらい傷まみれの腕とは違って、白く、すべすべとして滑らかだった。毛穴一つ見当たらず、ハーフの血というのはなるほど、馬鹿にはできないらしいと思った。お肉も程よくついていて、とても柔らかくそれでいて手を押し返すようなハリもある。いうなればプリプリ、もちもちとしている。さながらホワイトソーセージみたいに。トマトとバジルで煮込んだら、きっと美味しそう。


だめ、だめ、だめ。そんなこと考えちゃ。首を振る。でも、その動作は先ほどより鈍い。


それに、小ぶりで整ったきれいなその顔だって。学年で美人を挙げろと言われれば、間違いなく三本の指には入るような美少女。西欧系の血とアジア系の血がいい具合に混ざり合って、とても愛くるしい顔をしている。唇は小さめでありながらプリプリとして可愛らしく、鼻筋もすっと通っていて、とても綺麗だ。瞼は二重、目はくりくりとして大きく美しく、いつも朗らかに笑っている表情と相まって、いつだってキラキラと輝いている。


そんな彼女の顔をじっと見つめる。今ばかりは急に手を止め黙り込んでしまった私を心配するように不安そうな顔をしているけれど、それで彼女の美貌が曇ることはない。そんな彼女の顔を見ていると思うのだ。ああ、悲鳴が聞いてみたい、なんて。その綺麗な顔が悲痛に歪むところが見てみたい。きっと、彼女の流す涙はきっと綺麗だから。


ああ、きっと私は壊れてしまったのだ。私はそう思った。大好きな彼女を痛めつけたいだなんて。脳裏では既に、想像の中の彼女を傷つけ始めている私がいた。彼女は泣いていた。痛い、痛いよ。どうしてこんなことをするの?


そう言ってさめざめと泣く彼女の姿は、今までの人生の中で見てきたものの中で1番美しかった。ああ、心がゾクゾク震える。血が沸々と湧き立つ。魂が震えるとはまさにこのことか。この気持ちは一体なんなのだろう。この心の奥をチリチリとかきむしるような、焼け焦がすような焦燥にも似た思いは。


それに母性を象徴する大きな胸も、引き締まっていながらプリプリと大きなお尻も、とっても魅力的。彼女の女を象徴する部分。誰にも触らせたことのない場所。彼女の前でステーキにしてあげたら、彼女は一体どんな顔をするのだろう。彼女はそれでも、いつものように優しく微笑んでくれるのだろうか?


それに、私や大勢の男子を魅了してやまない、そのカモシカのようにスラリと引き締まった脚だって。今すぐにだって舌を這わせ嘗め回したい。彼女を味わってみたい。その秘部は、どんな味がするのだろう。


ああ、もう私は自分を抑えられない。私は完全に壊れてしまったのだ。内心、ため息をつく。彼女の味を、彼女の涙を想像するだけで胸が高鳴るようになってしまった。内なる私は、ダラダラと涎を垂らし、今にも飛びかかろうとしている。心の奥に、何か燃えるような、焦がれるような感覚がある。そして今は、その感覚が不思議と不快ではなかった。この焦がれるような心地はいったい何なのだろう。


少し考え、私は気づく。これは、愛だ。彼女にたいする焼けつくような愛。私は彼女を愛している。愛しているからこそ、色んな彼女の表情が見たい。ちょっとおかしな考え方かもしれないが、泣いている顔も、笑っている顔だって見たい。苦しんでいる顔や、悲痛に歪んでいる顔だって。彼女の微笑が見たい。彼女の涙が見たい。彼女の悲鳴が聞きたい。彼女の喘ぎ声が聞きたい。そして、彼女の味が知りたい。脳みそから眼球、胃や腸の全てに至るまで。彼女を余すことなく味わい尽くしたい。


私は狂ってしまったのだろうか?自問自答する。恐らくは、狂ってしまったのだろう。だが、それがどうしたというのだ。そもそも、私が狂っていて、他の人間が正気である保証などどこにもないのに。正気と狂気の境目は、所詮数の多寡に過ぎない。数が多い方が社会では正気と見做されるだけの事。実は狂っているのは社会の方で、真実の愛に目覚めたのは私だけかもしれないのに。


まあ、そんな事はどうでもいい。私は私の愛を貫くだけのこと。


それにしても、これが愛か。今まで、私は愛だのなんだのという話を内心小馬鹿にしていたが、いやはや実際に人を愛してみれば悪い心地ではない。特に、この胸の焦がれるような感覚が堪らないではないか。


私は今まで人を愛したことが無かった。他人に興味が無かったとも言えるかもしれない。だけど彼女は違う。彼女だけは特別だ。彼女だけは、私を個人として扱ってくれた。私を認めてくれた。話し相手になってくれた。魂というものがあるのなら、きっと彼女の魂はさぞや美しく輝いていることだろう。その煌めきに、私は魅了されたのだ。


それだけではない。彼女を構成する、その睫毛の一本一本から涙の一滴に至るまで、全てが愛おしい。彼女は私のものだ。私だけのものだ。他の誰にも渡さない。渡したくない。本当は彼女を鍵のついた部屋に閉じ込めたいけど、きっと彼女はそれを望まないだろう。私も彼女の嫌がるようなことはしたくない。


だから私は印を付けることにした。誰が見ても、私のものとわかるような印を。


私にはもう、躊躇う理由なんて無かった。


私は、「えい」という掛け声とともに、ふわりと彼女の腕の中に飛び込む。いつも私がそうするみたいに。


優しく抱き留められる私の頭。彼女の首筋に頭をうずめる。再度、ふわりと漂うバニラのような甘い香り。リンス、変えたのかな。


そんなことを熱に浮かされたような頭でぼんやり考える。もう、何も考えられない。私の心の内の炎は、全てを飲み尽くすほどにメラメラと燃え盛っている。私は大きく彼女の香りを吸い込む。メレンゲのように、甘くて優しい、彼女の匂い。私の大好きな香り。


我慢なんて、できるはずがなかった。私は彼女の首元に優しく唇を落とす。唇で彼女の首筋をそっとなぞっていく。首筋、肩、鎖骨、そしておっぱい。邪魔なカッターシャツは片手で脱がす。「ちょっと……!」なんて彼女の抗議は聞こえないふりをして。


甘い香りは、いよいよ我慢できないほどになっていた。頭がくらくらとする。ほのかに感じる、蒸れたような汗の香りを感じつつ、私の唇は彼女の心臓の上で止まる。


「ねえ、本当にやめてよ……」


そんな声が遠くから聞こえた気がした。やめないよ、私は心中で呟く。彼女の体も、心も、私のものなのだから。それを今から証明してみせる。彼女自身、服を脱ぐたび私のものになったと再確認できるように。


だから私は、やにわに歯をガリ、と皮膚の表層に突き立てる。くれぐれも奥まで突き刺さらないように、それでいて表面の肉と皮膚はしっかりえぐれるように。跡がしっかり残るように、私は歯を突き立てた。


とたん、ドンという衝撃とともに、天と地がさかさまになる。ひっくり返った視界の中では、本能的に突き出された白い腕と、何が起こっているのか未だよくわかっていなさそうな彼女の顔。


突き飛ばされたのだ。力いっぱい。頭がずきずきと痛む。転んだ拍子に頭を打ったのかもしれない。あは。私は小さく笑う。今更私を拒んでも遅いのに。


「先生を呼んで、早く!」


辺りが騒がしくなり始める。まだクラスに残っていたクラスメイト達が騒ぎ始めた。これが普段の私たちのじゃれあいじゃないことを周りも察したのだろう。私から彼女を引き離し、あるいは私を取り押さえようとするクラスメイトの姿。あっという間に地面に組み伏せられる私。


でも、そんな有象無象に私は興味がなかった。


私は舌の上に乗った小さな肉片をしっかりと確かめる。私が嚙み切ったほんの小さな、小指の先ほどのカケラ。私が愛した、大切な彼女の一部。ピロピロとした皮膚に、ぷりぷりとした肉片が付いている。


そんな、本来なら何の味もしなさそうな小さな小さなカケラをしっかりと舌の上で確かめる。良かった、無くしてない。無くしていたら床を舐め回してでも探さなければいけなかった。私と彼女の大切な絆の証。それを見せつけるようにゆっくり口の中に運んだ。


ガツンと、頭を殴られたような衝撃。そこには、ハーモニーがあった。口の中に漂う、濃厚な血の香りと、確かな彼女の香り。それは私にとって堪らなく甘美で。


ああ、口の中という中から彼女を感じる。ふわりと漂うバニラの香り。ああ、彼女の匂いだ。目から涙が溢れる。私はゆっくりと堪能するようにぺろぺろと嘗め回す。しゃぶる。咀嚼する。その度に濃厚な血の香りが、彼女の香りが口内を蹂躙し、征服し、強烈な電気信号となって脳内に伝播する。電気信号がびりびりと私の無数の脳細胞たちを陵辱する。遠くから荘厳な調べが聞こえる。それは彼女の血肉と香りの編み出すハーモニー。それはラヴェルのボレロがごとく盛り上がっていく。そしてその盛り上がりが最高潮となった時、私はゆっくりと彼女のカケラを飲み込んだ。


そして感じる再度の衝撃。


それはたまらない快感だった。鼓動は跳ね上がり、呼吸は浅く。手足はぴんと張って自分の意思に反しびくびくと震える。体ががくがく跳ねる。私を抑えていた有象無象がまるで汚いものに触れたかのように飛び退くが、構うものか。この感動を何と言い表したものだろう。彼女を構成するエッセンスが、私の細胞の一つ一つまで沁み入って来る感覚。私と彼女が一体になる感覚。それは、無限の快楽。


ああ、食とはこれほどまでに快感を感じるものであったか。頬が緩む。よだれが意に反し零れ落ちる。汚いな、なんて思うものの抑えようがない。


世界が虹色に輝いている。世界が滲んでいる。やがて世界は回りだす。ぐるぐる、ぐるぐると。それはさながら万華鏡のよう。体は軽く、心はぽかぽかと温かい。今なら空だって飛べるはず。だから私は笑うのだ。あはは、あははと。涙を流しながら。


そんなキラキラ輝く世界の中で、血に染まった胸元を抑え、目を潤ませこちらを見つめる彼女の姿。その顔は、まさか私がこんなことをするなんてという衝撃と、それでも明らかに様子のおかしい私を心配する様な、いろんな感情がぐちゃぐちゃになったような顔をしていた。思った通り、彼女は泣いていた。痛みだけではない。彼女は、親友だと思っていた私の豹変に怯え、震え、それでも私を心配して泣いてくれているのだ。私が思った通りに。必死に私の名前を叫ぶ彼女。彼女と私を隔てる腕を振りほどいて私に駆け寄ろうとしては制止されている。


その血と涙でぐしゃぐしゃになった彼女は、それでもやっぱり美しかった。


「どうしたの、ねえ!」という悲痛な叫びが耳に心地よい。まずは自分の身の安全を図るべきだろうに、自身を傷付けた相手を心配するその優しさ。その優しさにこそ私は救われ、憧れたのだ。そんな彼女が今は私だけを見つめ、私だけに怯え、私だけを心配している。


そう、少なくとも今だけは、私が彼女を独占できている。あの、誰に対しても優しい彼女を。そう思うと無性に嬉しくて。あは、と私は小さく笑う。


ああ、やっぱり彼女は最高だ。私はそう思う。こんなどうしようもない私にまで気をかけるなんて。


うん、やっぱり今日は良い日だ。彼女に私を刻み込むこともできたし、素敵な経験もできた。彼女はきっと、もう私を忘れる事はできない。裸になるたび、心臓の上についた傷跡を見るたび、今日のことを思い出す。


今日は記念日なのだ。「サラダ記念日」じゃないけれど、今日は私と彼女だけの記念日。


だからこそ、彼女には笑っていて欲しかった。泣いてる顔も勿論好きだけど、やっぱり笑っている顔が1番好きだ。心優しい彼女には、陽気な笑顔がよく似合う。だからこそ、私は最大限の感謝をこめて言うのだ。彼女に笑っていてもらうために。


「ごちそうさまでした。美味しかったよ。」

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