破滅の聖女

 魔族を何匹倒しても中々莉奈に会うことが出来ず、もう踏み込んでしまおうかと画策したその日の夜、扉を叩いた人にレズモンドは悲鳴を上げた。

 「莉奈?!」

莉奈は黒いフードをかぶり扉の前に立っていた。

「え?何?どうやって……ほら、ひとまず入って」

莉奈はいつだって笑顔だった。寂しそうな顔をすることがあっても、今日のような表情は見たことがない。何というか、何を考えているのか読めない顔つきだ。

「どうしたの?何かあったの?」

レズモンドが「知らせないと」と外に出ようとした瞬間、何かが彼を壁まで吹っ飛ばした。

「レズモンド?!」

驚いてレズモンドの傍に駆け寄ろうとした私の腕を莉奈が握ったことで、莉奈の手が何かで濡れていることに気付いた。そしてそれを見るや否や、何があったにしろ不穏なことが起きていることだけは悟った。

「莉奈、怪我してるの?」

「ううん」

「じゃあその手の血は……」

「あまりにしつこいから、振り払ったら死んじゃったみたい」

彼女は恐れるわけでも、驚くわけでもなく淡々としていた。

「誰が?」

「私に付いて回っていた1人よ。名前は覚えてないわ。だって沢山いるの。甘いキャンディに群がる蟻みたいに」

こんな人を見下すような言い方を彼女はしなかった。まるで別人のようだが、それほど辛い毎日だったのだろうか。『幸せ』を願ったはずなのに、こんなことになるならもっと早く行くべきだった。

「でも大丈夫。私は聖女だから。ある程度のことは何でも許されるの。気に食わなかったって言っても誰も私を咎めないのよ。だって聖女がいなくなって困るのは彼らですもの」

そう言いつつも、彼女は鼻で笑った。

「後ろめたいのね。自分たちが生き残るために外の世界から召喚した聖女に死んでもらうことが」

「!」

ずっと感じてきた違和感。その正体を莉奈の口から聞かされた。

「聖女はね、この世界を守るためのいしずえになるの。死ぬときの聖なるパワーとやらで世界を守るために存在するらしいわ。私たち聖女は、死ぬために召喚されたってことね」

「そんな……」

もしそうと知っていれば彼女が『聖女』だなんて言わなかった。今からでも遅くない。王道通り、私が本当の聖女だったと言えばいい。

 「ねえ七緒。私ね、すごく素敵なことを思いついたのよ」

彼女はそう言っていつものようににっこりとほほ笑んだ。けれどそこには慈悲深さなどは感じられない。

「こんな世界、壊しちゃおう?」

「莉奈……」

「私たちが犠牲になっても、いつかまたこの世界には聖女が必要になるの。そうしてまた性懲りもなく召喚されるのよ。この世界で聖女が手厚く扱われるのは薄っぺらい罪悪感故よ。自分たちではどうにもできないって、どうやって決まったの?何百年、何千年と経って、もしかすると何か変わったかもってどうして誰も思わないの?他人の犠牲の上に胡坐をかいて、我が儘くらい許してあげるから、その時が来たら命を懸けろって言うの。そんなおかしい話ある?」

彼女は泣きそうな顔でそう言うと、下を向いてギュッと目を閉じた。

「莉奈……」

「私は死にたくない。絶対に嫌!何で私なの?!何で私に押し付けたのよ!」

そもそも、私に聖女の力とやらがなければ変わってあげることも出来ない。

でもこれが彼女の本音何だとすると、私が見てきた心優しき『莉奈』は……。

「ねえ、だから壊しちゃおうよ。こんな世界!壊れちゃえばいいのよ!」

 あの世界にいた時は泣き叫ぶ姿なんて今まで見たことがなかった。

家族に虐められて早退したとしても、学校で女子生徒たちに嫌がらせを受けたとしても、彼女は涙することがあっても声を上げて泣くようなことはなかった。

彼女は誰よりも強く、そして弱い。これが彼女なんだ。聖女なんかじゃない、彼女の本当の姿。これまで私が見てきた姿に真実なんてなかった。

「莉奈ごめんね。私が変わるんでどうにかなるならそうしよう」

「……何それ、馬鹿みたい。どうしてそうなるのよ」

「だって莉奈、私は」

彼女は私を押しのけると、睨みつけて「あんたなんて大嫌い」と言い捨てて部屋から出て行ってしまった。

 レズモンドを助け起こし、莉奈を追いかけた。憧れていた先輩の言う通り、莉奈は心の底では私を自分の引き立て役に使っていたのかもしれないし、聖女の使い道が分かったからこそ私に怒りを向けたのかもしれない。

馬鹿げてる。私だって聖女なんかじゃない。こんな世界どうでもいい。だけど莉奈のことは、莉奈だけは例えすべてが嘘だったとしても構わないと思うほどに大事だった。『寂しい』と泣いた独りぼっちの私を救ってくれた大事な人。

変われるなら変わっても構わない。壊したいなら壊したって構わない。それが莉奈の真実なら、受け入れられる。だから私には真実をぶちまけて欲しかった。どんな彼女だって私にはただ一人の親友であり、幼馴染なんだ。

 だけど私の想いとは裏腹に彼女は1人で『結末』を決めてしまった。勝手な印象を押し付けて彼女の真実に向き合わなかった私は、他の馬鹿な人間と同じ。後悔してもしきれない。だからこそ、今度は誰に止められても彼女を見つけ出さなくてはならない。


 後の世に、莉奈は『破滅の聖女』の名を轟かせた。

彼女はその身に宿る黒い光でこの世界を覆い消えてしまったかからだ。そして私は今も莉奈を追いかけている。今度こそ彼女に誓うため。彼女が決めた結末を幇助ほうじょできるのはこの私、『破滅の聖女』の騎士だけだと信じて。



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破滅の聖女 コモド モネ @bird0snow0

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