聖女

 この世界の聖女がどんな役目なのかレズモンドに聞くと、彼は「百聞は一見に如かず」と言って、郊外の森にある神殿に連れて行ってくれた。

「ここは?」

「ここは僕が一番気に入っている聖女様の神殿です」

「聖女ってそんな何人もいるわけ?」

「当代の聖女様はリナ様お1人です。この方は500年前この世界をお救いになった聖女様です」

誇らしげに言う割には森の中には誰もおらず、神殿には雑草が生え、蜘蛛の巣が張っていた。

「500年前にもいたのね。じゃあ莉奈は500年目にして現れた聖女っていう訳ね」

「いいえ、まさか。今から100年前にもいらっしゃいました。でも僕はそのお方が好きになれませんでした。だって中途半端だったから平和な期間もとても短かったんです。それに比べこの方は違います。何とお1人だけで300年もこの世界に平和をもたらしました。もう伝説と言っても過言ではありません」

彼曰く、聖女の力の大きさによってそれは変わるのだと言っていた。より強い聖なる力と、この国を思う力があれば長い間聖女の恩恵にあやかれるのだと。

「じゃあ100年前の聖女は力が弱かったのね?」

「そうですね……力自体はあったと聞いています。だからきっとこの世界に馴染めなかったのでしょう。今回は前回のことがあるので、聖女様の我が儘にも多少なりともお付き合いするように神官様や陛下に言われております。だからナナオ様に自由が許されているのです。聖女様がナナオ様は傍にいなければだめだとおっしゃったので」

 この話にはどこか違和感が残った。『聖女』が現れること即ちこの世界の平和に繋がる。そこは分かる。だが、彼らは自分たちが生きる世界を自分たちでは守ろうとしない、「守れない」と頑なだ。そして、『聖女』が生きている内は手厚くしても、死んでしまえば忘れられてしまう。いや、資料としては残っているようだが、この神殿のように廃れてしまうのが常なら、莉奈もいつか人々に忘れられてしまうのか。

「確かに、ここはこんなにも廃れてしまいましたが、その頃の者はもう誰も生きていません。その頃に生きていたものがいた時はきっとここも華やかだったにちがいありません。それに、僕のような物好きは他にもいるのですよ。だから完全に忘れ去られたわけではありません」

「逆に、100年前の聖女の神殿もあるのよね?」

「はい、もちろんです。行きますか?」

「ええそうね」

「構いませんが、神殿と呼べるほどではありません。何と言うべきか……」

500年前の聖女の神殿とは真逆だということで、1日休んで次の日に向かうと、確かにレズモンドの言う通りそこは神殿というより、祠のような場所だった。

「これは……凄い違いね。何というか、嫌がらせ?」

「言っておきますが、これは私たちがどうにか出来ることではありません。聖女様の命が尽きるとき、ご自身の社が建つのです。もし嫌がらせだと言うなら、それは僕らへの当てつけです」

「死ぬと建つの?勝手に?すごい……漫画かアニメの世界ね」

「それが何だか分かりませんが、聖女様の神殿の規模、その力の強さこそがその後の僕らの世界の救いになるか否かが分かれるのです。広大で、豪華絢爛で、光に満ち溢れていればいるほどその力は後世まで残り、僕らは魔族との闘いに明け暮れることなく生きられるのです。この祠は先代聖女様の気持ちのあらわれ以外になにものでもありません」

聖女は死んでもなおこの世界を守ることを義務づけられ、それが思ったより弱ければこうやって後世の者たちになじられる。そう考えると、『なんだこの世界も同じだ』と思ってしまった。結局どこの世界に行ったって、自分で見聞きした訳でもないのにそれが真実のように語られる。

「その人も私たちと同じように召喚されたのよね?」

「はい。聖女様は外の世界からしか召喚されませんから」

彼らは『聖女』であることは誇りだと言う。だけど、なった本人はどうだったのだろう。

急に連れてこられた者のすべてが元の世界では生き辛かったのか。

もし、もし幸せの絶頂にいたとしたら?突然知らない世界に連れてこられ、嫌がっても帰る術を見つけられず、聖女の務めを果たさざる得ない状態だったとしたら?

味方のいない世界で、如何に恐ろしかっただろうか。

 「ねえ、莉奈に会う話はその後どうなってる?」

「そうですね。思ったよりナナオ様が弓の名手だったので、恐らくもうすぐお会いになれるかと。聖女様もナナオ様は異世界で名のある弓使いだったとおっしゃっていたので、聖女様付きも夢ではありません!」

きっと彼からすれば、『貧乏くじの筈が棚からぼた餅』気分だろう。彼が私付きであるのは変わらないとしても、その私が莉奈付きになれば、聖女の傍にいることが許されるのだから。

「そう、じゃあ魔族とやらを数匹狩りに行きましょ。そうすればすぐに呼ばれるでしょ?」

「おお!なんと勇猛果敢!僕は後方支援しますね」

「馬鹿言わないで、囮になってもらうに決まってるでしょ」

「ヒィッ」

嫌がる彼を引きずって、魔族のいる森の中へと足を踏み入れた。すべては莉奈を守るために。




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