番外編・ファン視点2 梨絵の誕生日、その後-2



 この前のライブは、どこか二人のコンビネーションがギクシャクしていた。


 演奏は問題なかった。でも、それだけ。素人の俺にも分かる。いつもの勢いが全然無かった。


 物販ブースでもめずしく二人が別々にいた。というか、梨絵ちゃんはずっと撤収作業をしていた。いつもはやらない椅子やテーブルの原状復帰を手伝っていた。

 そもそもそれはハコのスタッフの仕事だ。出演者がやることじゃない。


 何となく余所余所しく、少し心配になる程だった。


 でも。


 あれからひと月後、二人の仲睦まじい写メが、彩ちゃんのSNSに投稿された。

 それは、梨絵ちゃんのバースデーの画だった。


(良かった!二人とも、仲は壊れてなかったんだ!)


 飲んでいるのだろうか、少し顔を赤くし満面の笑みの彩ちゃん。

 お酒が飲めないため、ジンジャーエールのビンで掲げる梨絵ちゃん。

 二人とも満面の笑顔だ。

 

 俺はホッとし、コメントを書き込んだ。


「梨絵ちゃん、お誕生日おめでとう!前のライブは少し心配だったけど、杞憂でしたね!楽しんでるみたいで何より!」


 返信も何も期待していなかった。


 ところが意外なことに、二人から返信が来た。

 それも、他のファンは「〇〇さんへ。お祝いありがとう!」と入れていただけなのに、俺にはこんな風にだ。


「ありがとうユウさん!今日は飲むよ!梨絵は飲めないから、私が二人分いただきだよ!ユウさん止めるなよ?(笑)」

「ユウさん。心からありがとう!さすが、良く見てるね。もう大丈夫。次は最高のパフォーマンス見せるから、待っててくださいね!てか彩がね、既にワイン2本空けてんだよ?ユウさん彩を止めてください(笑)」



 そうは言っても止められないけど、この返信だけで充分だ!なんか、いつもの物販ブースとはキャラ逆転してるけど…。これが本当の素なのか、それともお酒の力なのか。


 でもま、どっちでもいいや。

 いつもの物販の時の調子でコメントくれたんだ。それだけで充分だ。なによりも、最強の二人が戻ってきた!それが嬉しくてしかたない。




****************



「おー!ユウさんお久しぶり、いっつもありがとう!」



 今日は彩ちゃんの主催ライブだった。実質的なところは、梨絵ちゃんのために彩ちゃんが主催したライブと言っていいだろう。

 主催ライブなので三人はトリ。出演が終わるとずぐ物販だ。


 ブースに行くと、俺が挨拶する前に梨絵ちゃんから声をかけてくれた。


 俺は投稿を見て今日のために用意した、とっておきの誕生日プレゼントを、おずおずと差し出した。

 彩ちゃんの大好きな、スイスのチョコレートブランド、リンクのチョコアソートだ。


「…これ、誕生日プレゼントです。もしよければ、旦那さんと召し上がってください」


 梨絵ちゃんは目をまん丸くして、でもすぐ顔をクシャクシャにしてプレゼントを受け取り、僕の手を握った。

 え、マジか。ドキドキするじゃないか!



「…ありがとう!すごい、これ好きってことは一度投稿しただけだよね確か?覚えててくれたんだ」

「はい。前見かけたの覚えてたんで…」

「そっかぁ。彩が言ってたとおりだね、こういう時ってファンそれぞれの人となり、目に見える形で分かるんだねぇ。ゆうさんとても気を使ってくれてるのは分かってたけどさ。あーもう!終演後じゃなくて前だったら、一曲、ユうさんのために弾いたのに!」


 なんだか気恥ずかしい。喜んでくれるのは嬉しいけれど、そこまで喜んでくれとは思ってなかった。

 梨絵ちゃんはこういう時、とても「普通の子」の顔になる。彩ちゃんとは全く対照的。親しみやすいとも言える。そんなところも好感度が高い理由の一つだ。


「お、梨絵ちゃんプレゼントもらった?もうファン掴んでんだ。やるね!」

「そうなんだよ涼華! 梨絵凄いんだよ。もう既に3割くらいは梨絵ファンだから」

「え、マジで?あたし留守してる間にとられた!?」

「ちがうちがう。みんな二人もちゃんと推してるから大丈夫だって。てか、二人がいなけりゃ私のギターなんて、川原の石ころくらいなもんだから」

「「それは過小評価しすぎ!」」


 俺のプレゼントを軸に、三人が笑い合っている。


 今日初めて同じステージに立った、梨絵ちゃんと涼華さん。

 そしてその土台に乗ってどんどん飛躍していく、彩さん。


 そんな三人が目の前で無邪気に戯れている。尊い。尊すぎる。眩しい…。


「みんな仲いいんですね、彩さんはともかく、梨絵さんと涼華さんがこんな仲良くしてるって、なんか、良かった」


 そう伝えると、待ってましたとばかりに彩ちゃんが身を乗り出す。


「そうなんだよ!涼華と梨絵、実は面識はあったんだよね?」

「え、そうなんですか!?」


 俺は素で驚いた。

 特に梨絵ちゃんは、あまり表立って演奏しているイメージが無かった。単に、俺が行く場にいなかっただけなのかもしれないが。


「そうなんだよ。梨絵と私、何年か前に同じ野外フェス出てたんだよ。お互い違うバンドだけどね」

「うん。挨拶はしてたよね。覚えてるよ。すっごい滑らかなコンビネーションで、パーカスなのにメロディ奏でてるみたいだったから、印象深かったもん」

「私もさ、梨絵の演奏がさ、柔らかいのに広がりがあって、不思議な子だなって思ってた。演奏終わってすぐPA手伝い行ったり、挨拶もドライでテキパキしてて、どこか職人的だなってのも印象にあって」



 凄い人たちも、同じような感性の人たちは、どこかで繋がっている。昔そんな話を聞いたことがあった。

 実際に、音楽ファンになってから色々知ると、同じような趣向の人は、同じフェスに出ているパターンは多い。例え共演や対バンは無くても、一人を軸に繋がっている、というパターンは更に多い。ここでも、そんなことがあったんだ。



「彩のサポート編成が変わる直前から先々週まで、あたしフランス行ってたでしょ?彩にギターの子のこと聞いて、あー、あの子か、納得、安心して任せられる!ってなったんだよ」

「その時だっけ? どうせなら帰国後、予定空いたら三人でって、私の希望を彩を通じて伝えてもらったんだよ。涼華さん、快く受けてくれて」


 梨絵ちゃんは本当にうれしそうに言った。

 そうか。つまり、この編成はもう既に、何か月も前から決まってたんだ。

 彩ちゃんが涼華さんを切るとは思ってなかったけど、少し心配だった。でも、はじめからこうなることが決まってたんだ。


「三人でまたやりたいねぇ。すんごい気持ちよかった。彩をやっと生かせた! と思ったよ」


 涼華さんの意見に、二人は頷いている。ファンのみんなも、同意の声を上げている。

 本当に、正式に三人で組んでしまえばいいのに!そうすれば、三人揃ってメジャーだって夢じゃない。


 もちろん彩さんは、お箏で最年少日本一記録ホルダー、既にメジャーと言えばメジャーな芸術家。

 梨絵ちゃんは、あまり表には出ないけど、施設での独奏演奏やサポートギタリストとして、舞台の大小、ギャラの額にも拘らず様々な場で活動している職人。

 涼華さんは『メロディを奏で情景を描くパーカッショニスト』と呼ばれ、海外ミュージシャンにも呼ばれる達人。


 既に活躍中の三人だから、そこまでメジャーレーベルには拘っていないと思う。大手メディアと言ったら、彩ちゃんなんか大みそかのあの最大の歌番組にも、演歌歌手のサポートで演奏しているし。


 でもさ。


 推しが一つのユニットになって、そんな風に多くの人から認知されていく。それは、推し活の醍醐味じゃないか。


 三人が、テレビで演奏している。画面越しに、俺はそんな三人を見守る。


 そんな未来を妄想しながら、俺は三人がワキャワキャする様子を眺めていた。





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天才箏(こと)弾きはなぜ弾かずに歌うのか 伊吹梓 @amenotoriitouge

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