番外編・ファン視点1 梨絵の誕生日、その後-1

※ 第五話と六話で名だけ出ました、彩ファンの「ユウさん」視点ストーリーです。

※ 時間軸は、本編のあとのお話です。彩のバースデーライブ、そして梨絵のバースデーの後のお話です。

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 神ステージ。


 そうとしか言い表せないステージだった。


 あのニヶ月ちょっと前の、彩ちゃんのバースデーライブ。あれが、最高のステージだったと信じていた。


 次のライブは、何故かパワーもなく、アイコンタクトも微妙な雰囲気だった。彩ちゃん`sバースデーライブでエネルギーを放出しすぎたのか?ただそれだけなら良いんだけれど…。


(渾身のライブの直後、気の抜けたライブをして突然活動停止の報のパターン、よくあるんだよな…)


 少し、嫌な予感が脳裏をよぎる。そんなバンドやユニットは、今まで沢山見てきた。だから、結構心配になったんだ。


 けれど。

 今日の、梨絵ちゃんバースデー後のライブ。久しぶりに復帰した、パーカスの涼華りょうかさんも加わりパワーアップしたパフォーマンス。

 一曲目でそんな心配は杞憂だったと思い知らされた。


 特に、二ヶ月前に発表された新曲の再演。今回はもう神演奏だ。息を飲むなんてレベルじゃない。魂抜かれた。三人の演奏後は、客席の誰もが圧倒されていた。


 前は間奏は殆ど彩ちゃんのソロだったけど、今回は三人とも見せ場を作っていた。


 何というかその…こんな場所で聴けるレベルじゃない!

 特に、涼華ちゃんのソロから梨絵ちゃんとのセッション、そのまま梨絵ちゃんソロへ。そこに、今度は次第に彩ちゃんが融合し、三人が一体化していく…。


 すべてアイコンタクトのあと、カホンの連打やツリーチャイムの幕引き・幕開けで合図が出され、完璧に展開される。


 これ、本当に即興なのか!?もう、言葉がなかった。

 曲が終わると、客席は静まり返っている。みな口をあんぐり開けて、放心している。

 数秒の静寂。

 徐に沸き上がりる歓声。

 次第にまとまり、「梨絵コール」の大合唱。


 そこに徐に、前回とは逆で彩ちゃんがハピバをお箏で弾き歌う。涼華さんも、ティンシャやツリーチャイムを使い、キラキラした効果音で演奏を彩る。


 彩ちゃんバースデーライブの時は、打ち合わせ済みだった跡が見えた。

 今回は…どう見ても自然発生だ。

 前みたいに、他バンドの出演者や箱のマスターの合図も無いのに完璧な流れで展開される。ステージと客席が完全に一体だ。


 痺れた。夢を見ているようだった。


 彩ちゃんバースデーライブを、軽く越えるシーン…これは、伝説のワンシーンだ!

 彩ちゃんのこれまで全てのライブの中でも、最高のパフォーマンスだし、最高の流れだ。その上、客席を飲み込んだ。


(この場の支配力、もうメジャー級じゃないか…どこまで行くんだ、このこの人たちは!)


 そう思いながら、ステージで手を繋ぎ、深々礼をする三人に、俺は震える声で声援を送った。




********************




 五ヶ月半前、彩ちゃんのサポートギターが代わった。

 と言うよりも、編成自体が変わった。


 これまでは、バックにエレキギターとベース、パーカッションという編成だった。それが、五ヶ月半前のステージから、曲によってアコースティックとクラシックを持ち替えはするものの、ギター一人になったんだ。


 確かに今までのメンバーは、どこかチグハグな印象はあった。彩ちゃんの歌の見せ場で、何故か被せるような演奏が目立ったのだ。パーカスの涼華さんが、唯一鐘の鳴りものを複数駆使して、バック演奏の違和感を修正していたくらいだ。


 その日は、ベースとエレキの二人はもちろん、唯一息が合っていたパーカスの涼華さんもいなかった。

 涼華さんは、海外のミュージシャンの誘いで、数ヶ月の演奏ツアーに参加するためヨーロッパに行っていたのだ。

 そんな、今までのメンバーが誰一人いないステージ。


 代わりに女の子が一人、エレアコを抱えて佇んでいた。


 彩ちゃんより少し小柄で、ショートカットのスッとしたヘアスタイル。意志的な切れ長の瞳の彩ちゃんとは対照的な、仔犬のように愛嬌のある目元。そんな愛嬌を隠すように、女性ミュージシャンにはめずらしく、ステージでもメガネをかけていた。シャープで目元がキリッと見える、細身のタイプだ。

 足元にはエフェクターボード。後ろには持ち替え用のピックアップ内蔵のクラシックギター、エレガットがある。


 ステージ上は、ただそれだけだった。


(こんな華奢な女の子一人で、彩ちゃんの多彩で凄い圧の歌声を支えられるのか?)


 ステージが照明で照らされ、演奏が始まるまでの僅かな時間。俺の脳裏をふっとそんな不安が過った。


 しかし。


 完璧だった。いや、衝撃だった。

 演奏が始まった途端、全ての不安が吹っ飛んだ。

 完全に、彩ちゃんの歌と一体化している!しかも…


(この子、ルーパー使いか!複数ループしかも拍ずらしてるし、その上アコギソロはディストーションまでかけてる!)


 ギター1本、エレアコやエレガット1本とは言っても。

 梨絵ちゃんは、直前に弾いたフレーズを繰り返し再生する機材「ルーパーエフェクター」を駆使し、幾重ものサウンドを生み出す。

 さらに。ギターのポディの、色んな場所をパーカッションのように叩き、ドラムのようなリズムを作る。鐘物の音は、ハーモニクスのループで再現している。そしてそのリズムを、またルーパーで流す。


 ギター一本でリズム隊の出来上がりだ。


 アコギなのに、エフェクターを使い、エレキのような歪みでソロを入れたり合いの手を再現する。


「クラシックのナイロン弦は、1本だけでも非常に倍音が多いんですね。歪みかけるとほぼ100%ハウります。スチール弦のアコギは、トーン落としてミュートしっかりすれば、意外に歪ませられて、エレキみたいに使えるですよ」


 曲間のMCで丁寧に説明していた。まるで機材の授業のように。


 最早、梨絵ちゃんそのものが「バンド」だ。

 ギターを弾く両手だけじゃない。エフェクターのペダルを押す足にも、常に意識が集中している。操作が混んでいる時なんて、まるでダンスだ。

 演奏や操作が激しくなると、頭のてっぺんの髪の毛が、まるでアホ毛のように逆立つ。これはこれで、どこか愛嬌がある。あるけど、それだけじゃない。


 時に激しく、時に滑らか。時に彩ちゃんを包むような演奏も見せる。

 梨絵ちゃんのギターに依って、彩ちゃんの歌は更に輝きを増したんだ。


(これは…、このギターの子は、すごいっ!)


これだけできれば、もっと前に出たくなるんじゃ…。


 終焉後、二人がいる物販ブースに駆け寄った。

 何故か存在を消すかのようにひっそり佇む梨絵ちゃんに、そんな素直な感想を伝えた。すると、梨絵ちゃんは静かに、柔らかいトーンで答えてくれた。


「ありがとう!うれしいですよ、心から!でもステージは彩あってこその私ですよ。彩は結構要求レベルが高くて、『梨絵ならできるよー』とかシレッと言うし、アレンジの打ち合わせは結構無茶振りされるから、いっつも大変だけど。足技も鍛えられてね」


「でも、言った以上に出来てるじゃん。しょっちゅう私のイメージ超えてくるじゃん?」


 他のファンと話していた綾ちゃんが、話を中断して割り込む。聞いてたのか。あなたは聖徳太子か。

 梨絵ちゃんが苦笑いし、少し背の高い綾ちゃんが、優しく梨絵ちゃんの頭を撫でる。


 本当に仲が良さそうだ。この二人。


 梨絵ちゃんは、あくまで彼女は彩ちゃんの引き立て役に徹していて。そんな梨絵ちゃんに、彩ちゃんは高度な要求はするけど、安心してバックを任せていて。なにより、信頼していて。


 そう。つまり綾ちゃんは


 (最高のパートナーと出会えたんだ)


 パーカスの涼華さんも息がぴったり合っていたけど、梨絵ちゃんはそれに輪をかけてぴったりだ。

 いまの綾ちゃんは、梨絵ちゃんの演奏で、最高に輝いている。


 サポートギタリスト、梨絵ちゃん。

 俺は今日、初めて知ったその存在を、脳の「絶対忘れないぞメモリー」に刻み込んだ。




********************




 初回は物販ブースでもフレンドリーなだけだった。

 二回目のライブから、ブースでの梨絵ちゃんの様子が変わった。

 それからは、物販ブースではいつも、そんな空気を醸し出している。


 そう、それは「警戒中。話しかけるな」オーラだ。


 不機嫌な訳じゃない。俺が話し掛ければ、元気に丁寧に受け答えしてくれる。最近はハコで顔を合わすと、梨絵ちゃんから挨拶してくれる。

 でも常に、どこか落ち着かなそうに、視線をうごかしている。

 その視線の先をよくよく観察してみると…。


 常に彩ちゃんを追っている。

 物販では、彩ちゃんから殆んど離れない。


 (そうか、なるほど…)


 それで、俺は気づいたんだ。

 この子は、単に彩ちゃんのサポート演奏だけしている訳じゃないんだと。


 梨絵ちゃんは、自分でも公表しているとおり、結婚している。旦那さんも、荷物運びでよく手伝いに来ている。

 既婚者には、例え女子で、いくら可愛らしくてガードが緩そうでも、極端にフレンドリーでも、張り付くようなしつこいファンはつきにくい。

 そう。「既婚」は身を守るガードにもなるのだ。


 けれど、彩ちゃんは違う。

 彼氏の有無は言わないけれど(あれだけ美人であの人柄ならいてもおかしくないけれど)、独身と言っている。そして、物販では物腰柔らかで、おしとやかな対応をしてくれる。

 そんな女性ミュージシャンには、面倒なファンが付きやすい。


(そんなファンからガードしてるんだ、梨絵ちゃんは)


 本人はストレートには言わないけれど、そんな役割も自任していることは遠目にも分かった。


 実際、面倒なファンはいる。何人か、本当に「ファンのマナー」を無視した行動をとる輩が、残念ながらいるんだ。


 何も買いもしないのに、ずっと物販ブースに貼り付き、彩ちゃんに話しかけてたり。

 ライブ後に打ち上げの店を探って、偶然を装い同じ店に行ってみたり。

 帰り道を待ち伏せして、これまた偶然を装って後をつけようとしてみたり。


 でもそんな輩を、梨絵ちゃんは上手く捌いている。帰り道の危険だって、梨絵ちゃんや梨絵ちゃんの旦那さんがそこにいれば、危険は少ないだろう。帰る家を、屈強な体躯の旦那さんがいる梨絵ちゃんの家に変えることもできるだろう。

 もちろん前のメンバーも、彩ちゃんをガードしていた。でも、同性でしかも変なファンが付きにくい人と一緒なのは、彩ちゃんも気持ちが楽なんじゃないか、と思う。


(この子は頼りになる)


そう思って、安心したものだ。




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