そして、わたしは静さんの母上、大奥さまの住所を聞き出し、訪ねて行った。大奥さまは、偶然、御在宅だった。わたしは丁寧に部屋に上がり、ご高齢になった大奥さまのもとへと歩き出した。部屋の中を通され、大奥さまの部屋へ行った。大奥さまも、美しい風貌を残された気品ただよう方だった。しかし、もう髪はすべて白髪だ。

「何の御用でしょう」

 大奥さまがいった。

「わたしは探偵です」

「あら、探偵さんが何の用ですか」

 大奥さんは落ち着いて答えた。

「実は、先日のお嬢さまの旦那さまの不審死と、三十年前の不審死について質問があってやってきました。今日、わたしはさまざまな人について、この二人の自殺を、そう見せかけて殺した殺人犯だといってまわってきました。ですが、誰一人、証拠はありません。ただし、大奥さまの場合は別です。証拠があるんです」

 大奥さまは凍りついた顔をしていた。

「証拠とは、何の証拠ですか?」

 大奥さまは丁寧にたずねられた。わたしも丁寧に答える。

「大奥さまとKが、男女の関係にあったという証拠です」

 大奥さまは笑いだした。

「あら、何をいっているの」

 だが、わたしは強気だ。

「ここにあるのは、大奥さまがKらしき人物に宛てて書いた恋文です。つまり、こういうことだ。三十年前、あなたとKは男女の関係にあった。だが、それは世間に知られてはまずい禁断の恋だ。だから、あなたはお嬢さんと先生とくっつけ、Kを自殺に見せかけて殺す必要があった。そして、Kを殺したあなたは、そのことをお嬢さまと先生に隠した」

「何をいってるのか、わかりませんわ」

「三十年たった。大奥さまのKの殺人は時効だ。だが、知られてはさすがに世間体が悪い。だが、運悪く、先生が、三十年前の真相に気づいてしまった。そこで、邪魔になった先生をあなたは殺した。そして、手紙にある通り、あなたは明治天皇を殺し、とって返して、乃木大将を殺した。そして、自殺に見せかけるために、書生さんに向かってあのバカみたいに長い手紙をあなたは書き始めたというわけです」

 大奥さまは軽く笑って答えた。

「あなたの推理には一つだけおかしな点があるんじゃないかしら。それは、どうすれば、わたしが明治天皇を殺せるのかということです」

「ぐぬぬ」

 探偵であるわたしは、うめいた。


 大奥さまはいった。

「実は、推理は半分当たっております」

 わたしはびっくりした。

「本当ですか」

 実は、大奥さまの恋文以外は、全部、口からの出まかせだったのだが。

「わたしの出した恋文の相手は、Kではございません。書生さんの告白録『こころ』に出てくる冒頭で書生さんを海水浴場へ誘った書生さんの友人です。書生さんの友人は、実は五十歳を超える高齢だったのです」

「はあ」

 わたしは、間抜けなため息をもらした。

「Kと先生を殺したのは、冒頭の海水浴場へ呼び出した友人です。あの男があのバカみたいに長い手紙を書いたのです」

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こころ殺人事件 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876

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