南国ロングウォーク

黒猫虎

短編



       1



    みーんみんみんみんみんみん


   みーんみんみんみんみんみん



 うるさいセミの鳴き声。

 カラッとした青空。


 夜は虫の鳴き声。

 花火の上がる音。


 夏っていいよね。



 やっ。今日も暑いね、すっかり夏だねー!


 ……えっ、今日こそ例の冒険話を聞かせてくれって?


 えっと、前にチラっと話した「人間の骨を見つけた話」のことかな。

 うんうん、あれはけっこうな大冒険だったなー。


 その話、聞きたい?

 うーん……。


 冷たいコーラおごってくれたら話してあげてもいいよ。

 なんか、のど渇いたし。



 あ、悪いね。


   ぷしゅっ


 うひーっ、しゅわしゅわ炭酸、うめーっ。



 それじゃあ、「人間の骨を見つけた小学生のあたし」の話を聞いてくれ。

 はじまり、はじまりー。



   ぱちぱちぱち。



 はい、拍手ありがと。

 これは、まだあたしが自分のことを「ぼく」と言っていた小学四年生の、夏のころの話。




       2



 あたし――――いや、気分をだして「ぼく」でいこう。


 ぼくの住んでいた町はオー県のジー市というところで、G市の真ん中には、こーんな風にド真ん中に大きな米軍基地があってね。

 だから、市の反対側に行くには、まっすぐ行けない。

 反対側に行くには、基地を回り込む様なルートをとらないといけないんだ。

 つまり、右回りでいくか左回りでいくかの2つの選択肢があるんだ。

 すこし面白い話だと思わないかい?


 ぼくは、この自分が住んでいる市を、こども心に「ドーナツみたいだな」と思っていた。



 あれは、ぼくが小学校四年生の夏休みにある登校日の日のことだったと思う。

 ぼくは当時一番の友達の「たっちょん君」と学校帰りに、ちょっとした冒険をする約束をしていたのさ。





       3



 たっちょん君とぼくは、同じ地区に住む近所の幼なじみだった。

 ぼくたちの住んでいる地区は、ぼくたちが通っている小学校から、一番離れたところにあってね。

 学校帰りはほとんどまっすぐ家に帰ることはなかった。

 毎日寄り道ばっかりしていたよ。


 そして、ぼくたち二人は親友と呼べるほど仲良くって、お互いを「せら」「たっちょん君」と呼び合う関係だった。

 ちなみに、たっちょん君は男の子だけど、その頃はぼくも男の子みたいな感じだった。



 それで、この日のたっちょん君との冒険っていうのが、「幽霊坂」と呼ばれている、ちょっと怖い坂の冒険だった。

 この場所は、ぼくの地元ではけっこう有名な霊所でね……。


「この坂道付近は有名な霊能者たちの家が集まっている」

「坂道に近づいたら呪われる」

「頭が痛くなる」

「死ぬ」


 そんな噂で超有名な坂で、ぼくたちの小学校では、誰ひとり近づかないような坂道だったんだ。



 だけど、一人だけ、その坂道付近に住んでいる同級生を見つけてね。

 話を聞いてみたら、その子「平気」っていうし、幽霊坂も案内してくれるっていうからさ。

 じゃーってんで、案内をその子にたのんで、おともに一番仲のいいたっちょん君を誘ったワケ。



 それでやってきました幽霊坂。

 実際に目の前にして、ぼくとたっちょん君は、かなり腰が引けてしまった。


「ふんいきヤバいね」

「うん。なんか、頭がいたくなってきた気がする」

「まだ一歩も登ってないんだけど……」

「どうする? 呪われて死んじゃうかも知れないよ……」



 でもね。

 ぼくたちの腰は確かに引けてはいたんだけど、やっぱりどうして、同時に無謀な小学生でもあったんだ。



「……たっちょん君、行くよ」


 案内役の子もやってきたところで、ぼくたちはとうとう幽霊坂を登り始めた。

 案内役の子によると、このあたりに霊能者が多く住んでいるという噂は本当だったみたい。


 そしてぼくたちは、とうとう幽霊坂の最終地点にたどり着いた。



 いつの間にか、頭痛は治まっていた。

 目の前には米軍基地のフェンスがそびえ立っていて。

 フェンスの向こうは米軍基地があった。



 ――この市の中心には、どこに行っても分かりやすい「行き止まり」があるんだ。



 幽霊坂のはしっこまで来てみれば、結局、ただの行き止まりだった。

 フェンスの両脇には南国特有のジャングルになっている、面白くもないただの森が広がっていた。



「じゃあ、かえろうか」


 そうたっちょん君にいって帰りかけたその時。

 フェンスに向かって右側に小道があるのをぼくは発見した。


 その小道のことは、案内の子に聞いても「知らない」っていうんだ。

 もう話の結末はわかっていると思うけど、ぼくたち三人は、その小道に入ることにしたのさ。





       4



 ぼくたち三人は、フェンスにそって続いている小道を進んでいった。

 その小道はまったく舗装されていない、獣道のような道だった。


 するとある地点で、右に曲がったかと思うと、急に道が広くなった。

 三人で並べるくらいの感じだ。


 それで右の方――つまり「森の中の方」に道は続いている。

 ぼくたちはもちろんその先にも進んでいく……。



 更に右に曲がると、そこはなんだか広場みたいな感じで、いきどまりになっていた。

 そして、いちばん奥に塚みたいなものを発見する。



「なんだろここ?」



 慎重に塚の中をのぞいていくと、何やら貝がらみたいなのがたくさん落ちている。


(もしかして、社会の授業でならった貝塚ってやつかな)


 そんなことをぼくは考えていた。

 そして「――あれ?」何か光る物があるのを発見する。


 それは百円玉だった。

 他にもお金がたくさん落ちている。

 お札のお金も見えた。


「すごい、お金だ」


 興奮しつつも、そのお金と混じって、やけに白い石が落ちているのを発見する。


「何だろう、コレ……?」


 と拾い上げてみると、何かの骨みたいだ……。




「何の骨かな?」

「え、それってもしかして、人間の骨だったりして」

「うわっ、やっべーじゃん」

「バカ、人間の骨なんか落ちてないでしょ。動物の骨じゃない?」



 そんなことを言い合いながら、すっかり怖気ついたぼくたち三人は、すぐにその場所を後にした。

 だけどぼくは、その見つけた骨をしっかり半ズボンのポケットに隠して持ち帰ったのさ。





       5



「ほら、たっちょん君、見てよこれ」

「あっ、せら、それってさっきの」


 ぼくは、持ち出した例の骨をたっちょん君に自慢した。


「この骨、人間のだと思う? それとも動物の骨かな」

「分かんないけど、人間の骨ということにしておこうよ。だってロマンがあるじゃん」

「だよね。みんなに自慢しようぜ!」



 そして、ぼくたち二人は、あの塚にあったお金を拾わなかったことをさっそく後悔し始めていた。


「それにしても、さっきの場所のお金、ひろえばよかったなー」

「うん。もったいなかった」


 ――という感じでね。


 そんな二人が、思いついてしまったんだなぁ。

 小学生のこどもには無謀な冒険を。



「幽霊坂の逆から、あの塚を目指そう!」



 何度か説明したと思うけど、この市は「米軍基地を中心としたドーナツ型」なんだ。

 フェンスに沿っていけば、逆からでもあの塚にたどり着けるはず――。




 ここで、すこし話が横にそれるけど、ぼくとたっちょん君の住んでいた地区のことも説明しておくね。

 ぼくたち二人の地区は、幽霊坂のある場所から歩いて二、三十分くらいの場所にある、高台のような場所にあった

 この地区が本当に米軍基地とフェンス一枚で接しているような場所でね……。


 ぼくたちの地区には、当時出来たばっかりの公園があったんだけどね。

 その公園でぼくたちこどもが野球やフリスビーをすると、よくフェンスを越えてボールやフリスビーが入ってしまうことがあった。


 ぼくたちこどもの間で、こんな有名なうわさ話があった。



「基地に入ったのを監視のヘリや車に見つかったら機関銃で撃たれる」ってね。


 だから、フェンスを乗り越えるときは命がけだった。



 えっ、フェンス越えたんかい――だって?

 ツッコミありがとう。


 そりゃモチロンだよ。

 この地区のこども達にとって、ボールやフリスビーは貴重品だったんだ。

 君みたいな裕福な家のこどもとは違うんだよ……。



 そんな恐ろしい噂のある米軍基地のフェンスだけど、中に入りさえしなければいい。

 ぼくとたっちょん君の計画は、大胆に作られていった。

 家にもどってお昼ご飯を食べ終わったら、お昼後の一時に再出発する約束をした。



 この時のぼくらは、この計画を死ぬほど後悔することになるとは、つゆほども思わなかったのさ。





       6



 幽霊坂から戻ってきたぼくは、かなりいそいでお昼ご飯をかきこみ、たっちょん君の家へと向かった。


「たっちょん君、あーそびーましょー」


 大きな声で呼びかけて、たっちょん君を待っていると、なぜか一学年下の妹のユーリちゃんを連れている。


「ごめん、せら。ついていきたいってしょうがないんだ。いっしょでいいかな?」

「ユーリもいきたい! ねえ、いいでしょ?」


 なんということだ。


「ユーリちゃん。この冒険は女の子のユーリちゃんにはキビシイと思うんだ」

「なによ、せらちゃんだって女の子じゃない」


 ぐうの音も出ない。

 見事に論破された、いや自爆してしまった。

 ぼくも一応女子だったのを忘れていたんだ……。



 仕方なくユーリちゃんを連れていくことにしたぼくたちは、こっち側の入口がある公園の高台に向かう。

 そして公園の高台についたときには、なぜか近所の子があと一人仲間として増えていた――。


 新しい仲間はユーリちゃんのさらに一つ下のケータ。


 ぼくとたっちょん君が小学四年生。

 ユーリちゃんが三年生。

 ケータが二年生。

 この四人が今回の探検隊のメンバーというワケだ。


 公園の高台とフェンスの間の細道に立って、これからの冒険についてまだ何も知らないユーリちゃんとケータに説明する。



 目的地は幽霊坂近くの貝塚のような塚であること。


 その目的地には骨やお金があるかもしれないこと。


「そして、これが、その骨です!」

「うわー、すごい!」

「もしかして、人間の骨?」

「そうだよ、人間の骨だ」

「「すげー!」」


 常識的に考えれば人間の骨なワケはないんだけど、年少組が盛り上がっているのでそういうことにしておいた。


「人間の骨だけでなく、お金もたくさん落ちていた」

「「すごい!」」


 この冒険が終わったとき、もしかしたら大金持ちになっているかもしれない。

 ぼくたちは期待に胸を高鳴らせて、米軍基地のフェンス沿いに幽霊坂を目指して出発したのさ。





       7



    みーんみんみんみんみんみん


   みーんみんみんみんみんみん


    みんみんみんみんみんみんみーん


     み

      み

       み

         み

            ……みっ



 意気揚々と出発したぼくたち四人は窮地に陥っていた。


 真夏のセミの大合唱を聞きながら、途方に暮れていた。



 目の前には、もう、片足分の足場も無い。

 フェンスに取り付いて渡るしかない崖が口を開けて待ち構えている。


 崖の長さは二十メートルはあるように思えた。

 もしフェンスから落ちれば、崖の下はジャングルだ。

 高さもかなりあり、落ちればただでは済まないだろう。

 足をつけずにフェンスをつたって渡るなんて、ぼくたちこどもには不可能と思われた。



 フェンスを越えて米軍基地側に入ることも考えたが、機関銃の恐怖もあってこの案は却下になった。

 基地の中には歩きやすそうな舗装された道が走っていたが、余計に目の毒だった……。


 頭の上には、カンカンと照り付ける太陽。

 足元には時おりネズミやヘビ用のワナが仕掛けられていて、そのワナに気を付けて歩くだけでぼくたちの体力はどんどん失われていった。



 来た道を戻るという選択肢も脳裏をよぎった。

 でも、それはムリな話だった。


 なぜなら、かなりの悪路を一時間以上もかけてきていたぼくたちには、引き返す体力は残っていなかった。

 特に、ぼくとたっちょん君の後をついてきてしまった、年少組の二人のユーリちゃんとケータは、見るからに限界が近づいていたんだ……。



「おかしいな。一時間以上は歩いたと思うのに、ゴールが見えてこないなんて」

「かなりゆっくりでしか歩けてないからね……」


 ぼくとたっちょん君が相談をしていると、年少組が限界を訴えはじめる。


「ノドかわいた」

「お水のみたい」

「おれものみたい!」

「もうおうちかえりたい!」


 年少組の二人は、もう涙声だ。

 それを聞いていたぼくも泣きたい気分でいっぱい。

 きっとたっちょん君も同じ気持ちだったと思う。



「どうする?」


 たっちょん君がぼくの判断を仰ぐ。


「このフェンスを登ろう」

「えっ、どういうこと?」



 ぼくはこの状況を解決する打開策を土壇場で思いついた。

 フェンスを登りきれば、途中で体力が切れても、上で休めばいい。


 ただし、フェンスの上にはトゲトゲの有刺鉄線が張られている。


「でも、ガケにおちるより、ずっといいと思うんだ」

「そうだね。よし、それでいこう」





       8



 フェンスの上に登ったぼくたちは、ときどき刺してくる有刺鉄線に悲鳴を上げながら、先頭からぼく、ケータ、ユーリちゃん、たっちょん君の順でフェンスにまたがって、ゆっくり渡り始めた。


 もし、軍に見つかったら機関銃で撃たれてしまうかもしれない。

 いや、基地の中にはまだ入っていない(?)から大丈夫かもしれない。


 そんなこども特有の謎理論を考えながら、前に前にと進んでいく。




 しばらく無言で進んでいくと、とうとうガケの終わりが見えてきたと思ったとき――。


「あ、あの家とか木を見てみろよ!」


 と、たっちょん君が叫び声を上げた。



 向こうの方を見ると、見覚えのある家と木が……あれは幽霊坂だ!



「やった、あと少しだよ!」


 ゴールが近いと知り、ぼくとたっちょん君の元気が復活する。


 年少組も息を吹き返した。




 とうとう崖を越えることができたので、ゆっくりとフェンスを降りる。



 まだ人が歩けるような道ではないが、地面に足が着いた。



 地面があることのありがたみをぼくたちは知った。



 そして、しばらく進んだところであの見覚えのある小道――広場につながっている小道を発見したんだ。







「やった、ついた!」

「とうとうやったな!?」



 久々のまともな道に、ぼくとたっちょん君は歓喜の声をあげる。

 年少組も、小道にやっと降り立つ。




「さあ、こっちだよ!」





 ぼくは自然と先頭に立って走り出していた。

 たっちょん君と年少組二人もぼくの後を追いかけてくる。





「ここだよ!」






 目の前には、あの塚が見えてきて……






「うぁっ!?」






 ソレを見たぼくは、思わず足を止めた。

 なんと、塚の中からたくさんの光る目がぼくたちを見ていたのさ。







       9



(こ、これってもしかして幽霊!?)


 全身に鳥肌と冷水をぶっかけられたような感覚が襲っていた。

 ぼくの後ろでは他の三人も息を止めて固まっている――――。












「うわーーーーーー!!!!」






 最初に逃げ始めたのはぼくだった。





 一旦逃げ始めると、必死に逃げた。





 そのぼくを追いかけるように、塚の中から数頭の野犬が飛び出してくる。







「野犬だ、にげろーーーーーー!!!!」








 チラっとだけ見えた野犬の姿はまるで、オオカミのように立派だった。








 ぼくたちは塚の逆方向に全速力で逃げた。









 もう、年少組を助けなきゃとか、そんなことを考える余裕はなかった。










 ひたすら逃げるだけで精一杯だったのさ――――。









       10



    はぁはぁはぁ。



  はぁはぁはぁ。



        はぁはぁはぁ。



     はぁはぁはぁ。





 気が付くとぼくたちは元いた場所、幽霊坂の上の方に出ていた。


 ぼくはようやく、年少組の二人を気にする余裕が出て、人数を数えるとちゃんと四人全員がそろっていた。



 しばらくは、恐怖と興奮に包まれていたぼくたち。


 でも、そのうち自然と大声で笑いあった。



「あっはっは」「あはは」

「あっはっは」「ふふふ」



 四人で無事を祝い合う。


「ここはどこだろう」

「あ、幽霊坂だね」

「え、ゆうれいざか!?」


 年少組の二人は、初めての幽霊坂だ。

 すこしはビビッているみたいだけど、すぐに落ち着いた。

 きっと、さっきの野犬の方が怖かったに違いない。

 ふふふ。





 ぼくたち四人の声を聞きつけて、幽霊坂の付近のこども達が集まってきた。


 その中には、さっきぼくとたっちょん君を案内した子もいたので、事の顛末を教えてあげると、とても驚いていたね。




 ぼくとたっちょん君はしばらくの間、あの塚の話で盛り上がった。



「幽霊坂って、あの場所に人が近づかないように霊能者がウワサを広めているのかな?」

「もしかしたらそうかも」


「あの骨ってなんだろう。動物の骨かな」

「もしかしたら、戦争でなくなった人たちの骨なのかもね」


「じゃあ、あのお金ってお賽銭みたいなものかな?」

「そんな気がする。あっていそう」



 というワケで、結局この夏の冒険では、お金はもちろん新しい骨も手に入らなかった。


 持っていた骨も、逃げるときに落としたのか、いつの間にか無くなっていた。




 最後に、もうひとつ。


 一番不思議なことがあって、あの野犬たち、まるでオオカミみたいに立派だったんだよね。


 もしかしたら、神様が姿を変えていたのかもしれない。


 野犬だったら、ぼくたちを逃がすワケないと思うしね。





 そんなこどもの頃の夏の冒険。





 ~おわり~





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南国ロングウォーク 黒猫虎 @kuronfkoha

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