第3話

 ヒヨコは青年の手から飛び降りて、少年の肩に止まり、すりっとほほに体をすり寄せる。


「ありがとね」


 もふっとした感触かんしょくほほに伝わると、すぐにヒヨコは肩から飛び立ち、青年の肩へ止まる。


「君に出会った時から、ぼくはこちら側なんだ」


「ひよこさん! やだよ! 一緒にいてよ!」


 ぽろぽろと泣きながら、手を伸ばしてヒヨコをにぎろうとする少年。青年の体を登ろうとして足をかけたところで、肩を押さえられ止められる。


「やだよー! やだよおおお! 一緒って、友達だって言ったじゃないかぁぁぁ! うぇぇぇん」


 勘尺玉かんしゃくだまがはじけたように泣き叫ぶ少年に、ヒヨコは困った様に青年を見ると、青年は首を傾げた。

 ヒヨコは「うーん」とうなりながら少年を見下ろして、ピンと閃く。


「じゃぁさ! こうしよう! ぼく一緒いっしょにいたいなら、ぼくを食べて!」


「え!?」


 おどろいて泣くのをやめる少年。

 

「食べる? どうやって食べるの? 焼くの?」


「煮ても焼いても、今なら生も美味しいよ」


「生……?」

 

 ヒヨコを丸かじりするシーンが浮かんで、少年が引きつった。おどろきすぎて涙が引っ込む。


「生は……」


「なんでもいいよ。きみの一部になるなら、きっと悪くない」


 ひよこは丸い目を細くして、最後さいごに「ぴよ」といた。

 そのままスッと、姿が消える。


「ひよこさん! …………どこいったの?」


 少年は青年の周りをぐるぐる歩いて、足元あしみちを見たりかたを見たり、青年の手を取ったりそで羽織はおりをめくってヒヨコを探すが、どこにもいない。


「おにいさん、ひよこさんどこへ行ったの?」


 探してもいないので少年は青年にいかけた。

 すると、青年は一本指いっぽんゆびを少年のひたいに当てた。


「まぎれし者。道に戻るがいい」


 きょとんとして、またたき一回。

 見慣れた路地裏ろじうらに戻ってきた。


「え? あれ……?」


 路地ろじを抜けて目指していた大通りに出ている。夕飯の買い物に、学校の帰宅きたくにと、戻っていく人々の姿が目に入る。

 まるできつねにつままれたような気分だったが、すぐに我に返った。


「ひ、ひよこさん!? それにおにいさんは!?」


 少年は辺りを見回して探すが、着物姿きものすがたの人間は誰もいない。途方とほうにくれて立ち尽くたちつくしていたが、家に帰ることを思い出し、とぼとぼと知っている道を歩く。

 





 自宅の玄関げんかんについてチャイムを押すと、中から40代の女性が顔をのぞかせる。不安そうにしていたが、少年を見るとホッとして笑顔えがおになった。


「お帰り。お使いありがとう」

 

「うん、ただいまお母さん!」


 母親ははおやは子供の目と鼻先はなさきが赤いのに気づき、あらあら、と言いながら頭をなでる。


「もしかしてちょっと泣いちゃった? 分からなかったことあった?」


「ううん。泣いてないよ!」


 少年はいきおいよく首を左右に振って、エコバックを母親ははおやへさし出す。


たまご、買ってきたよーー!」

 

「ほんとだすごい! どれどれ?」


 エコバックの中身を確認かくにんした母親ははおやは「あ」と声に出す。少年は不思議ふしぎそうに「どうしたの?」と聞くと、母親ははおやは少し苦笑にがわらいをした。


たまごが一個、れちゃってるわ」

 

「えーー!? 見せてーー!?」


 少年は母親ははおやからエコバックを受け取って中身を見ると、有精卵ゆうせいらんと書かれたたまごパックの端っこ。たまごが一つ割れている。


「ほんとだ……」


 しょんぼりした少年に、母親ははおやはフォローを入れた。


たまごは割れやすいから仕方しかたないわよ。どこかでぶつけたんでしょう」

 

「そんなぁ……」

 

「ほら。して。そのたまごはすぐ料理りょうりしないとダメになっちゃうからね」

 

「はぁい」


 少年はエコバックを返し、母親ははおやとともに玄関げんかんからリビングへ移動いどうした。テーブルの上にエコバックを置き、母親ははおやたまごパックを取り出すと、商品名しょうひんめいを見て「あら?」と声を出す。


「これ有精卵ゆうせいらんね。スーパーでも取り扱いはじめたのねー」

 

「ゆうせいらんって?」


 テレビのスイッチを入れた少年がすぐに聞き返す。


「このたまごを温めたら、ひよこになるのよ」

 

「ひよこ……」


 少年はハッとした。


「ひよこさん! これ、ヒヨコさんだったんだ!」


「うん。ひよこさんになるね」


 母親ははおやはにっこり笑う。


「おかあさん! ぼく、このたまごすぐに食べたい! たまご焼き作って!」


 すぐに割れたたまごを指し示しながら、母親ははおやこしの服を引っぱる。

 

「お腹がすいたの? いいわよ。ちょっと待っててね」


 母親ははおやたまごパックを片手に台所へ消えた。少年はテーブル席について、ジュージューと焼ける音を聞きながら静かに待つ。


「出来たわよ」


 たまご焼きを乗せた皿が少年の目の前に置かれた。コトンとジュースの入ったコップと箸も置かれる。


 少年はていねいに手を合わせた。


「ヒヨコさん。頂きます」


 少年はたまご焼きを頬張る。

 あまい味でおいしかった。

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裏路地の道 森羅秋 @akitokei

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