第2話

 少年は速足はやあしになって先へ進む。


 目指めざす家はいつの間にか木製もくせい平屋ひらやに変化している。路地ろじ隙間すきまだった小道こみち砂利じゃりが増え、歩くたびにすなむ音がしている。さらにコンクリートだったかべにレンガがじり始めた。


 景色けしき変化へんかしていくのを視界しやに入れているはずだが、早く帰りたい気持ちが強かった少年は、全く気にしなかった。


 力強く歩く少年のかたられているヒヨコは、落とされないように足のつめを服にしずみこませて、前方ぜんぽうながめる。


「はぁ。なんでまよい込んだんだろうねぇ」


「ひよこさん。どうしてしゃべれるの?」


「どうしてって……それは」

 

「そうだ! 友達になろうよ!」

 

唐突とうとつだなぁ。友達ねぇ。……弱肉強食じゃくにくきょうしょくではあり得ない発言にびっくりだ。ダメって言ってもムリそうだから……良いってことにしといてあげる」


「じゃぁ、ぼくたち友達?」


「友達」


「やったー!」


 少年は喜んで両手を上にあげたので、ヒヨコは落とされまいとつめを服にくいこませた。分厚ぶあつ生地きじだったので少年は気づかない。

 ヒヨコから怒られるまで、少年は万歳ばんざいをくり返した。


「はぁ、はぁ、振り落とされるかと思った」


 ヒヨコはかたつめをくいこませたまま、しゃがんで丸くなった。黄色い毛糸のような姿に少年は人差し指でそっとヒヨコの頭をなでる。

 なで終わると、気持ちよさそうに目を細めていたヒヨコがゆっくり目をあける。


「で? 君はどうやって帰るのさ、ここから」


「だからこの道を」


 路地ろじを出た。


 出たところで少年は歩みを止めて固まる。


「……え? どこ? ここ」


 出たのは大通りではなく、山の谷間たにま河原かわらだった。

 

 夕日が落ちて間がないのか、明るいがどこか暗い印象いんしょうである。

 近くで水の音が聞こえ、少年の背をおおいかくすほどの草があちこち生えている。


 路地ろじから道は続いているが、大人二人分の幅の獣道けものもちだ。道から少しわきに古びた木の電柱がぽつぽつと、道を印すように等間隔とうかんかくで立っていた。


「えー? なにここ……」


 困惑こんわくしながら少年は周囲をぐるりと見まわす。町の中から突然とつぜん見知みしらぬ場所に出たので、夢かと思ってほほをつねる。


「痛い! 夢じゃない?」


 ヒヨコがため息をついた。


「あーあ。結局けっきょく、こんな奥まで入っちゃった。もしかして僕のせいかな」


「あ! あそこに人がいる!」


 三メートルほど先にあるでんちゅう柱に寄りかかるように、十代後半の青年が立っていた。

 着物きもの羽織姿はおり、黒い狐面きつねめんをかぶり、黒いブーツをいて、腕を組んで誰かを待っているようにたたずんでいる。


「聞いてみよう!」

「え!? まって!?」


「あのーー! おにいさーーん!」


 ヒヨコの声を完全無視かんぜんむしして、少年は青年のそばへ向かう。声に気づき、青年はこちらを振り向いて姿勢を正した。


「まってーー! 止まってーー!」

「こんにちは! あの、ここはどこですか?」


 ヒヨコの制止せいしもむなしく、少年は青年の正面に立つと颯爽さっそうと話しかけた。

 青年は少し間を空ける。戸惑とまどっている空気を出すが、少年に通じていない。


「ここはどこですか? ぼく迷子になっちゃったんです」


 青年は怪訝けげんそうに、ジロジロ少年とひよこを観察して小さく首を傾げたが、重々おもおもしく口を開いた。


「逝けるモノが通るみち

 

「いけるもの?」

 

「不運な小僧。生きながら逝くみちを選ぶとは……」

 

「いきながらいく?」


 理解できない少年の腕を青年が掴もうとして、その前にヒヨコがぴょんと飛び跳ねて青年の手に止まった。


「違う違う! 逝くのはこの子じゃない、僕だ!」

 

「ひよこさん?」


 ずり落ちないようにつめをくいこませながら、青年のそでをおぼつかない足取りで上がっていく。青年は手のこうを上にあげ、自身の視線の高さにひよこの視線を合わせる。


「全くもう。面白くない冗談だよ。ほらほら、みたらすぐ解るでしょ? 僕を迎えにきたんでしょ! 生まれてきたけどもう死んでしまったから」


 ヒヨコの言葉にコクリと頷く青年は、少年に視線を動かすと物言いたそうにジッと見つめる。


「あーっと、この子は……」


 ヒヨコはチラッと少年を見下ろした。


えんがあって、僕を運んでいただけ」

 

「ひよこさん死んでるの!? そんなに元気なのに!?」


 少年はヒヨコを触ろうと、ぴょんぴょん飛び跳ねる。ぽこぽこ青年の腹に頭突きが当たるが、彼は気にしておらず、またそれによってよろけることもしなかった。

 

 ただ、ひよこだけが、振動しんどうで体が左右に揺れ、バランスを取るのに必死だ。


らさないでよ。うーん。うーん。もう戻れないし、遅くても早くてもすぐに死んじゃうんだから」

 

「そ、そんな」


 少年が泣きそうに顔をゆがめると、青年がすっとヒヨコを抱き寄せた。


「私が回収するのは一つだけ」


 ハッとして、少年は青年の腰の服を引っ張る。ぐいぐい引っ張られているが、青年は動かない。その代り、振動しんどうがひよこに伝わってバランスを必死で取っていた。


「ダメだよ。ひよこさんは僕と一緒にいるの! せっかく友達になったのに死んじゃったら駄目だよ! 病院に行こう! ええと、心臓マッサージとか、えーと、あとなんだっけ! 注射だ! 痛いけど注射すれば治るんだよ! 僕はがまんできるもん、ひよこさんもがまんしたら絶対良くなる!」


 希望に目を輝かせて見上げる少年に、ヒヨコと青年は「ふふ」と和やかに笑った。


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