第32話
ヘイズ先生は呑気に肉を食べている私たちに顔を引き攣らせた。
「何をしているんだお前達は……」
お疲れ感マックスなヘイズ先生に、魔物との戦闘でハイになってしまっているこちらは気にせず好きなように食べて笑っていた。それこそもう学問科も戦闘科も関係なくどの肉が美味い、こっちもいけると、肉の品評会みたいになっている。虫タイプの魔物も実はエビみたいで美味しかったりするのだ。嫌がっていたメルシーさんでさえ口にしたらその美味しさに抗えなかったのは見ていて楽しかった。
「何をしているのだ! 早く魔物を焼却処分しなければアンデット化するだろうが!」
大きな声で咎めてきたのは見知らぬ先生で、服装の特徴的にはこちらも龍族だろうかと後ろの方で鍋をかき混ぜつつ思う。
「アンデッド化は無い」
「そんな事……!」
反論したのがウィルフリートさんだったからか途中で言葉が途切れていたが、あり得ないとその顔にしっかり書いてあった。ヘイズ先生より若い先生で、オレンジ色の髪はなんだか見覚えがあるような気がしないでもない。
身を竦ませていた学問科のみんなはほっとしたような顔でウィルフリートさんを見ているが、戦闘科の方は全く気にせず肉をつつき続けている。神経図太いのは間違いなく戦闘科だな。
「誰が浄化をした?」
周りの魔物を確認していたヘイズ先生が間に入ったが、ウィルフリートさんは今はそれより状況の確認が先じゃ無いのかといきりたっている若い先生とヘイズ先生をバリケードの外へと連れて行った。
「変な事にならなきゃいいけど……」
「メルシーさん?」
各種肉盛りを持ってきていたメルシーさんがこぼした言葉に聞き返すと、こっちの事も知らなさそうねと腕を引かれて他の人と離れたところへと連れていかれた。
「貴女、魔物を浄化していたでしょ」
「供養の事ですか?」
あまりに大量の魔物を討伐した場合、
死骸が多すぎて燃やすにしろ埋めるにしろしんどいだろうからとやったんだけどな……
「不味かったでしょうか? 村ではそうするように教わっていたんですけど」
「どんな村よ。普通浄化は国を巡回しているカピバラ族にお願いしてやってもらわないと出来ないのよ? あの一族って家族仲がいいから出先に居つく事が無くて、招くしかないから計画した討伐ならともかく、こんな突発的な氾濫の場合は燃やして魔素がたまらないようにするしか方法は無いの。結構な労力なのよそれが。ここだと森まで燃やしたら大変だし」
ここまで言えば常識外れの事をしたのがわかるかしら? と、おでこを指で弾かれて、ほえーと変な声を出してしまった。
「私、カピバラ族の村で育ったんです。そこで供養の方法とかいろいろ教えてもらって。というか、女の子なら嗜みよと言われて覚えさせられたというか」
「どれだけ難易度の高い嗜みよ。聞いた事無いわそんな嗜み」
「まぁそこはジョークだと思いますけどね? おじいちゃん達も供養出来ますから」
「ジョーク……カピバラ族の神聖なイメージが崩れるわ……だいたい教えてもらったからと言って出来るものじゃないと思うんだけど」
「あ、はい。教えてもらったのは私だけです。フェリクも居ましたけど、たぶん出来ないだろうって言われてて」
「まぁ……あなた鳥族だものね、びっくり箱みたいな種族だからあり得るのかもしれないわ」
よくわからないものをまとめて鳥族の枠にぶっこまれた気がするのは気のせいか。だいたいそれだとフェリクだって出来ると思うのだが。
「それよりさっきのルーデラは第二クラスの担任よ。龍族が一番偉いと勘違いしてる嫌な奴だから気をつけなさい。ウィルフリート様が居るから下手な事にはならないと思うけど、目立たず大人しくしていた方がいいわ」
最後に「あいつ、キッカディアの兄なのよ」と嫌そうに囁かれた。
なるほど。
ひょっとするとフェリクはあの先生と接触していたのかもしれない。隅の方で休んでいるフェリクだが、あの先生を見るなり顔を顰めてイラついた様子を隠そうともしていないのだ。
メルシーさんに礼を言って鍋を火から降ろして近くにいたチェルさんに任せ、フェリクのところへと移動してその横に腰を下ろす。
戻ってきてからずっと難しい顔をして、渡した食べ物にも手をつけていない。未だ器を持ったまま、時間を考えればその中身は完全に冷えてしまっているだろう。
「ルーデラ先生に何か言われてた?」
「別に」
手に持ったままの器を取って言えば、視線も合わせず即答された。別にという事は言われてたんだな。
私には何も接触が無かったから知らなかったが、キッカディアさん以外にも働きかけてくる相手が居たのか。
気づかなくてごめんよという気持ちで肩を叩くと、フェリクは短く息を吐いてこちらに身体を傾けるとそのまま倒れ込んできて人の膝の上に頭を乗せた。
ちょっと驚いて固まっていると「寝る」と、それだけ言って目を閉じ猫のように身体を丸めてしまった。冗談の気配はなく、その様子から体力的に限界に近いのだと気付いた。
びっくりしたが、それで休めるのなら別にいいかと思う。
目を閉じた横顔は相変わらず綺麗で、さらさらの髪が頬に掛かっているのを手櫛で避ければ、はしっと手を掴まれた。
「ごめん、邪魔そうだったから」
謝ったが返答はなく、掴まれた手を抱き込むように胸元に引っ張られ、そのまま動かなくなった。
……いや、もうしないから離してくれてもいいんだけど。
そう思うものの、寝息が聞こえるので起こすのもなぁとそのままに。
まぁ休めるならなんでもいいか。
暫くしてヘイズ先生にルーデラ先生、それからウィルフリートさんが戻ってくると真っ直ぐにこちらへと来た。気配を感じ取ったのかフェリクは私が声を掛ける前に目を開けて身体を起こしてしまった。
そうして寝起きの目のフェリクの前にヘイズ先生がしゃがみ込んだ。
「お前、仕組まれたと言ったそうだな?」
「………それが?」
「どういう意味か説明しろ」
ヘイズ先生の後ろでルーデラ先生がイライラした様子で爪を噛んでフェリクを睨んでいる。目が合うと何故かさっと逸らされた。
「匂いがした。魔獣を狂わせる狂騒薬の匂いが点々と山脈奥から続いていた」
「狂騒薬だと?」
「あり得ない! こんな森の中であの匂いを嗅ぎ取ったというのか?!」
「ルーデラ黙ってろ!」
ヘイズ先生の滅多にない恫喝に、後ろのルーデラ先生がぐっと息を詰まらせた。
「その話が本当なら大事になる。匂いがした場所を教えろ」
「………面倒な」
目頭を押さえて膝に手を置き立ち上がろうとするフェリクを見て、私は腕を掴んで無理矢理引き戻す。目を細めて瞬きしているフェリクは目眩がしている時の癖だ。たぶん普通に動くのもつらいのだと思う。
「すみません先生、フェリクはグラシャラボラスとやり合うためにほとんど力を使い切っています。せめてもう少し休ませてもらえませんか」
「その間に匂いは消えて手掛かりは失われる。故意ならば回収する輩が出るとも限らん。そうなれば虚偽の証言をしたと言われかねないのはそちらになるぞ」
予想しなかった鋭い言葉の切り返しに、は? と言葉が空振りして口から息が漏れた。
なんだ。その言い分。え。本当に、なんだ?
想定外の反応に驚くというか、理不尽な物言いに戸惑った。
私達って一応、学生だよな?
それがなんだってそんな犯罪者を見る様な目で見られなければならないんだ?
……いや。まぁ。早くしないと匂いが薄れると言うのはわかるのだが。
それにしたってその脅すような物言いはなんなのだ。学生の身で、本当なら守られるべき立場でここまでの頑張りを見せた者に対する態度がそれ?
なんなんだ。なんなんだ? ここは学園とは名ばかりの別物のなにかか? 軍事施設なのか? 私の認識がおかしいのか? これが獣人の普通なのか?
呆然と口が開いたまま、ふつふつと湧き上がる感情が全身の血管を巡って体温を上昇させる。普段感じたことのない塊が喉の奥までせりあがり、ぱきりと頭の裏で何かヒビが入るような音がした。
「ニーナ」
ぐっと横から腰を抱かれて頭を胸に押し付けられた。
「俺は大丈夫だ。怒るな」
柔軟剤のような優しい香りと宥める落ち着いた声に、沸騰していた頭が急速に冷えた。同時に勝手に怒っていた沸点の低い己を自覚して恥ずかしくなった。しんどいのも怒りを覚えるのもフェリクだろう。なのに私が冷静さを欠いてどうする。
「ごめん、落ち着いた」
胸を叩くとフェリクは頭は離してくれたが、腰に回った腕はそのままだ。大丈夫だフェリク。さすがに先生に殴りかかったりはしない。基本的に私は対話型の人間だから。それにちゃんと落ち着いているから。父のように手を放したら殴りかかるとかしないから。
「ディアルディさん、私の地図はありますか?」
「あるぞ。ちょっと待て」
ヘイズ先生はこちらを探るように見ていたが、とりあえず私のやる事を止める気はないらしい。
成り行きを見ていたディアルディさんが持ってきてくれた地図を広げ、フェリクに見せる。
「匂いのした場所、この地図の範囲にある?」
じっと見つめれば、渋々と指が動き地図の上をなぞった。
「………ここからこのルートで山脈に続いていた」
「了解。ヘイズ先生、私が案内します」
「ニーナ、俺が」
「人前で寝てしまうぐらい疲れてるんでしょ。眩暈もあるよね? 限界だよそれは。いいからもう休んで」
単純な力の勝負だと私の方が強い。疲弊しているフェリクと私で比べればどうなるかはフェリクだってわかるだろう。諦め悪く睨んでくるが曲げる気は無い。
「お前が案内するとして、匂いがわかるのか?」
横からヘイズ先生に痛いところを突かれた。大抵の薬草ならばおばあちゃんたちに教わったから知っているが、そのきょうそうやくについては聞いた事がない。
「フェリク、匂いに特徴はある?」
「…………ジルバ草に近いが」
「はっ、素人にあの匂いがわかるわけがない」
鼻で笑うルーデラ(敬称なんていらないだろう。さっきからこいつは何なんだ)を無視して、ジルバ草を記憶から引っ張り出す。紫蘇とパセリを混ぜたような匂いがする植物だ。嗅覚を最大限強化すれば似た匂いぐらいはわかるだろう。頭痛案件待ったなしの作業になるが、背に腹は代えられない。
「あ、あの! 匂いなら、僕わかり……ま、す」
勢いよく声を上げ、ヘイズ先生の視線に尻すぼみになったのはシュプリさんだった。
「えと、父の仕事の関係で、見分けが付くようにと匂いを覚えさせられた事があって、だからわかり、ます。あの、僕ら鼻はいいので」
「俺もわかるぞ」
シュプリさんに被せる形で声を上げたのはノブセンタクさん。
「数年前に親父が摘発の指揮を取ってたからな。いろいろあって俺も匂いは知ってるんだわ」
「なら決まりだ。ノブセンタクとシュプリはニーナについていけ。それからセアノス、ノエル、お前らも念のためついていけ」
ディアルディさんが纏めるようにそう言うと、ノブセンタクさんとシュプリさんがこちらに来てくれた。セアノスさんもノエル様も、一瞬訝しむ顔はしたがすぐにそれは消えてこちらにきた。
「一時休戦な」
「一時休戦だ」
私に向けて手のひらを見せるセアノスさんとノエル様に、フェリクは眉間の皺を一層深くして目を伏せると「気を付けろ」と言って離してくれた。
すぐさま二人に引っ張り起こされ、ヘイズ先生に向き直る。
「……手掛かりが見つからなければわかっているな」
どこの悪役のセリフだ。この人本当に教育者か?
後ろのルーデラは落ち着きのない様子で視線を山脈の方に向けているし。こっちはもうほっといていいだろう。
「メルシーさん、フェリクをお願いします」
「わかってるわ。動くようなら眠らせるから」
任せてと頷くメルシーさんに頭を下げて、シュプリさんを抱える。「え!?」と驚くシュプリさんだが、これから飛ばしていく予定なのでまずついてこれない。脇に抱えるよりは振動を抑えるつもりだが、上下運動に関しては減らしようがないところがある。
「ヒナちゃん、俺が運ぶよ」
「駄目です。セアノスさんだとシュプリさんがストレスで潰れかねません」
「なら私が運ぼう。そなたも疲れている筈だ」
手を出してきたのはウィルフリートさんで、一瞬迷う。シュプリさんにどうします? と視線を向けると、迷ったように視線を彷徨わせるので私なら体力は十分あると重ねて言えば、私の方にお願いしますと言ってきた。ウィルフリートさんは断られると思ってなかったのか軽く目を見張っていたが、手を降ろして咳ばらいをすると急ごうと促した。
私は頷き、メンバーを見てたぶん大丈夫だろうと思う。
私はどうやらかなり獣人の中でも身体強化が優れている部類に入るらしい。なので本気で走れば普通の獣人はついてこれない可能性がある。でもこのメンバーであれば大丈夫だろう。全員戦闘科で第一クラスと教師だ。
身体に力を巡らし慣れた感覚でカチリと固める。
「行きます」
最後の希望は魂の伴侶 うまうま @uma23
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