第31話

 座っているディアルディさんが呆れた顔でこいこいと手招きしたのが見えて、何だろうと近づくと座れと地面を叩かれたので横に座る。と、フェリクも一緒に座ったので焚き火の近くに行くように追いやる。まだ濡れてるんだから温まった方がいい。


「お前、辺境でどんな魔物を相手にしていた?」

「え?」

「いいから言ってみろ」

「はぁ。えーと、眠り狼ヴァードスとか三つ目熊とか、宿木毒蜂ニルドレットとか斑毒蜘蛛マーダレッドとか? たまに翼蜥蜴ロードグラウスとか怒亀イグイットを見つけてやったこともありますけど、基本的に前者です」


 ディアルディさんの鼻に皺が寄った。


「どこが小物だ。全部中級から上級の魔物だろうが」

「……」


 ……。父達が小物小物と言うから、獣人にとっては小物だと思っていたのだが。

 もちろんヒト族の時にはそれら全てかなり脅威の高い魔物で、やり手の冒険者や騎士による討伐隊が組まれることがあったことは知っている。でも獣人って身体能力が高いからヒト族とは違うしなと思っていた。


 ディアルディさんは長くて深いため息を吐き出すと、情けないと言わんばかりの顔で項垂れた。


「薄々おかしいとは思っていたが、ここまで力量を見誤るとは……修行不足か」

「気づいた奴いないだろ。落ち込むなよ」


 慰めるように肩を叩くノブセンタクさんも、若干落ち込み気味?


「ウィルフリートは? お前もたぶんこいつの実力に気づいてなかったよな?」


 ノブセンタクさんがこちらに近づいていたウィルフリートさんに水を向けた。


「私は別に弱いとは思っていなかったが」

「でも止めてただろ」

「さすがに羽ある魔犬グラシャラボラスは無謀だと思っただけだ」


 学問科から手渡されたスープの器を持って座るウィルフリートさん。


「そうそう、そこだ。どうやって倒したんだ? あれって再生能力が高いわ魔法耐性が高いわで火力が相当ないとキツイ筈だろ?」


 ノブセンタクさんの質問にウィルフリートさんの視線がこちらへと流れてきた。


「攻撃はあちらの夜明鳥アウラが担っていた。どうやったのか知らないが傷口の再生を防いでいたな」

「そんな事出来るのか?」

「わからん。種長ならば魔法耐性を力でねじ伏せて一瞬で焼き尽くす事も可能だろうが……」

「サファリス様じゃ参考にならないだろ。

 嬢ちゃんはどうやってるのか知ってるのか?」


 こちらへと水を向けるノブセンタクさんに、うーんと首を傾げる。


「切ったところを力で塞いで邪魔をすると聞きましたけど、人それぞれのやり方があるみたいでよくはわからないです」

「人それぞれ?」

「私の父は確か……出てくるところを全部すり潰してるとかなんとか。フェリクの父親はなんだったかな……溢れてくるものを食い散らかしているとかなんとか……」


 私の言葉に、意味がわかるか?と視線をウィルフリートさんやディアルディさんに向けるノブセンタクさん。向けられた二人は無言で首を振っていた。


「まぁ細かいことはフェリクに聞いてください。私は壁役しかしていないので」

「壁役? 援護じゃないのか?」

「援護もしますけど、基本的には攻撃を引き受けるのが役割です」

「嬢ちゃんが?」

「はい」

「その細腕で?」

「私、身体強化だけはかなり頑張って鍛えたので、それだけならフェリクより強いんですよ」


 数少ない自慢なので、ここぞとばかりに胸を張ったら嘘だろ、みたいな顔をされた。


「見ていたから言うが、誇張ではないぞ。羽ある魔犬グラシャラボラスの咆哮を正面から受けて全く影響がないどころか、突っ切って後ろ蹴りを片腕でいなしていた。しかもただの蹴りであれを吹き飛ばす威力だ」


 補足するように援護してくれたウィルフリートさん。私だけだと証言としては弱いので有難いと目礼すると微妙そうな顔をされた。何故だ。


「すげぇ度胸だな……」

「馬鹿の所業だとは思うが怪我一つ無いとなると何も言えないか……」

「ディアルディさん、馬鹿の所業って酷くないですか?」

「馬鹿だろ。避けた方が消耗もしないし危険もない」

「避けたら注意が私の方に向かないじゃないですか。確実にフェリクの攻撃を通すためにやってるのでそこは正面から行かないと」


 え……。という顔をされた。


「これが男なら納得いくが、女でこれは……」

「だな。意外と嬢ちゃん好戦的なのか。そこは鳥族らしいっちゃらしいか」

「ええ?」


 獣人になって女だからと言われるとは思わなかった。まして好戦的なんて言われるとは思わなかった。出来ることを役割として果たしただけなのに、何故こんな反応をされるのか。


「勘違いするな。こいつは戦いは得意じゃない。戦う事自体苦手だ。ただ出来るから自分にやれる事をやっているだけだ。呆れるくらいのお人好しだからな」


 後ろから降ってきた声に振り仰げば、スープの器を二つ持ったフェリクがいた。

 ぐいっと片方のスープを押し付けられたので慌てて受け取ると、私を押しのけるように座るのでちょっと横にずれる。よく見ればズボンが乾いている。もしかすると誰かに乾かしてもらったのかもしれない。


「そもそも羽ある魔犬グラシャラボラス程度討伐出来ないのは弛んでるんじゃないのか?」


 いつもの眠そうな目はどこへやら。細めた目が鋭く、どう見てもガン飛ばしているヤンキーになっている。綺麗な顔立ちが残念な事に。いやまぁいつもの眠そうな顔も大概だけど、柄が悪くなるのは方向性が違うというか、勿体無い気持ちが。


「無茶言うなよ羽ある魔犬グラシャラボラスなんて’アイギス’の精鋭が出ても苦戦する相手だろ」


 あ、そうなんだ。と獣人の一般常識?を頭に入れながらノブセンタクさんの後に続く形で私も口を挟む。


「私達だって近づけるようになったのは最近だけどね」

「………」


 後ろから撃ってくるなよという視線を貰った。ごめん。でもそう尖って欲しくなくてだな。

 あははと愛想笑いを浮かべると、気が抜けたような顔になって視線が外れた。わかってくれたか。


「はぁ……。言い方を変えよう。

 戦闘が苦手な女を前に出さなければならない自分については何も思わないのか」

「…………」

「…………」


 全然わかってなかった。

 ノブセンタクさんとディアルディさんの空気がピシリと固まった気がする。


「フェリク、その辺は適材適所っていうかさ」

「龍でさえこんな腑抜けだと魔族が来た時に滅びるぞ」


 しかも飛び火した。


「まぁまぁ、魔族ってもうほとんどいないわけだし」


 獣人国の北側にかつてこの世界を滅びの際に追いやったと言われる魔族の生き残りがいると言われているが、その姿を見たものはいない。建国の御伽噺に出てくるぐらい朧げな存在なのだ。


「あれが滅ぶ事はない。そのために奴と太陽は……いや、とにかく獣人の存在意義すら忘れるな」

「……存在意義?」

「……って何だ?」


 眉間に皺を寄せるディアルディさんと、疑問を浮かべるノブセンタクさん。

 何の話だと言いたそうだが、私も何の話だろうと首を傾げる。ルクスさんの勉強でもそんな話は出なかったと思うし、学園の授業でもそんな話は出なかった。

 ハテナマークが頭についている私たちにそれ以上話すのも面倒だと思ったのか、フェリクはスープを飲み干すと器をその場に置いて立ち上がった。


「始末してくる」

「え? あ、ちょ、強化に力割いてもうあんまり残ってないでしょ?」


 今にも飛ぼうとするフェリクの腕を掴めば、やんわりとその手を外された。


「小物だ。十分始末出来る」

「じゃあ私も行くよ」


 立ち上がろうとしたが肩を押さえられた。


「精神的に疲れてるだろ。いいから休んでろ。お前はちょっとこい」


 フェリクが指名したのは、ウィルフリートさんだった。ウィルフリートさんは険しい顔をしていたが何も言わず立ち上がると、そのまま二人で飛んでいってしまった。


「……なんかすみません」


 とりあえず謝るが、いや……と返され微妙な空気に。


「……なんだ、その……別に嬢ちゃんの事を悪く言ったつもりじゃなかったんだ。驚いたっていうか」


 ガシガシと頭を掻いたノブセンタクさんが気まずそうに、それでも悪かったなと言ってくれて私も首を横に振る。


「いえ、全然気にしてないので。大丈夫です」

「あいつが言ってた存在意義ってのは何の話だ?」

「私も何のことか……あんな事を言うのは初めて聞きましたから」


 そうなのかと、ノブセンタクさんは首を傾げ、私もよくわからないとスープを啜った。うまい。いい出汁だ。


「………出るか」


 それまで無言でいたディアルディさんが静かに器を置いて立ち上がった。


「そうだな。その方が早く終わるだろ」


 ノブセンタクさんも立ち上がるので、慌てて私も立ち上がろうとすると、今度は二人から肩を押さえられた。


「一番の大物を仕留めたんだ。ゆっくりしてろ」

「あれだけ言われたらこれ以上はな?」


 そう言われて一人残るはめになったのだが、ものすごく落ち着かない。

 フェリクの言う通り戦う事自体得意では無いが、だけど一人のんびりしているというのは性に合わない。

 貰ったスープに口をつけて手早く食べ終え、防壁の上に上がると戦況を監視しているメルシーさんがちらとこちらを見た。


「休んでなさいよ」

「みなさん出てしまったので一人で休んでいるというのも……」

「だから尚更休んでなさい。

 想定外の事が起きた時に余力がないと対処出来ないでしょ」


 ぐうの音も出ない正論に、渋々とそこに腰を下ろす。


「みなさん怪我とかされてないです?」

「多少はあるでしょうけど戦闘継続に支障ない程度よ。大怪我の前に無理矢理下がらせて一旦眠らせたりしてるから」


 栗鼠族のチェルさんが兎族程ではないが眠りや癒しの魔法が使えるらしく、彼女を使って体調を維持していたようだ。

 血が上って怪我に気づかない場合も休憩中のメンバーが無理矢理引きずって同様の処置をしたらしい。一時的に空いた穴はシュプリさんの樹木魔法とノエル様の魔法で補完しつつ体勢を立て直したと。

 話を聞くと、どうやらセアノスさんとノエル様だけは一切休憩を取らずにいるようだ。気になって大丈夫なのかと聞けば、ノエル様は片手間の仕事で休憩する方がどうかしていると軽く笑われ、セアノスさんの方は生き生きとした顔で飛行タイプが多い虫型の魔物を楽しそうに刻みまくっているのが見えて、鳥族ってタフだなぁと思った。


 その後二時間程戦闘は続き、途中私も前に出て戦いようやく魔物の群れは姿を消した。

 先生方がやってきたのはお疲れ様会と言う事で食べれる魔物の肉を選別して焼いて食べていた時だ。

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