クラス全員からいじめを受けている僕は絶対に呪われる駅の連絡通路に凸して実況ムービー撮ってきます。

黒猫虎

短編


       1



 僕は毎日死にたいと思っている。

 理由は簡単、いじめられているからだ。


 昨日も今日も明日もあさってもいじめられているからだ。



 もう学校になんか行きたくない。

 でも行かないといけない。

 行かないともっとヒドいことになるかもしれない。



 奴らは、家族にだって手を出しかねない。

 妹や母さんがヒドい事になるくらいだったら、誰だって自分が死にたい目に合う方を選ぶだろう。




 神よ。

 なぜ、あのような悪魔の様な奴らが、この世に存在を許されているのか。



 まあ、この世には神などいないという事の証左しょうさだろう。





       2



 僕は今日もトボトボと通学の為に駅に向かう。

 僕の中学は家から自転車で通える距離にあるのだが、電車で行くことにしている。


 なぜなら、自転車はすぐ無くなってしまうからだ。

 すぐ盗難にってしまう。



 家から近い白井峰しらいみね駅から、2駅離れた黒田岩くろたいわ駅で降りる。

 僕の通っている中学校は黒田岩くろたいわ中学校という。




 そして、我が『地獄の2年3組』に到着。


 出来るだけ目立たない様にそろりそろりと入り、音を立てない様に着席する。



 しかし、それは無駄な抵抗でしかなかった。



「おい、練炭れんたん。チャージ係」

「こっちもだ、練炭れんたん。チャージ係」

練炭れんたんく~ん。チャージ係」


 ちなみに、『練炭れんたん』というのは、僕の本名の『漣汰れんた』をモジられたあだ名だ。

 いじめを行う人間はてして、人の嫌がるあだ名を付ける能力スキルが高い。



 そして、彼らの言うセリフは何を意味しているのか。



 なんの事は無い。

 実は電子マネーをカツアゲされているのだ。


 だれだよ、電子マネーを人にプレゼント出来るようにした大人は。





 僕は自分の小遣いをはるかにオーバーした、ひと月に5万円を超える金額を奴らに取られている。

 それだけでは無い。

 僕は奴らに借金が100万円以上ある事になっている。

 電子マネーは利子として取られている事になっていて、元金がんきんは減っていないのだそう。



 奴らが僕から吸い上げた電子マネーはすぐに課金ゲームに消えていく。


 だれだよ、子どもに課金ゲームを許可した大人は。




 そして、奴らのいじめはお金だけにとどまらない。



「おい、練炭れんたん。ズボン脱げ。今日の練炭れんたん成長日記をつけるぞ」

「脱~げ、脱~げ、脱~げ」

「ほら女子、見に来いよ」



 僕の人間としての尊厳そんげんは、もう何も残っていない。



「お、毛はまだ薄いな」

「本数も昨日と変わらないですね」

「ちっせーな」

「いや、オメーより大きいだろ」

「なんだと!?」



 男子は全員が僕を見て笑い、女子は知らぬ振りをする。




 僕は人間じゃない……。





       3



練炭れんたん。今日の帰り、『連絡れんらく』からな」


 いじめの主犯格である中山なかやまがそう、僕に告げた。


 中山は体が大きく性格も狂暴なのだが、先生たち大人の前では振る舞いを変えられるズルがしこさがあり、大人たちからの信頼は厚いようだ。

 こいつに2年生の初日に目をつけられてから、僕の人生は終わったと言える。



 その中山が発したセリフの中のある言葉丶丶丶丶に、僕は衝撃を受けた。




      『連絡れんらく




 それは、黒田岩駅にある、地下を結ぶ2本の連絡通路の内の1本の事だ。




「……分かった」




 黒田岩駅には上り線と下り線を地下の2本の連絡通路で行き来できるのだが、その内1本が訳あり丶丶丶封鎖ふうさされている。


 この瞬間、僕はその封鎖された方の丶丶丶丶丶丶丶連絡通路丶丶丶丶を通って帰る事が決まったのだった。





「あ~あ、練炭れんたんくんとお話しするのもこれが最後か。よかった、清々せいせいするわ~」

「でもチャージ係がいなくなるのか、それは残念だな」

「別にチャージ係なんていらないって。そもそも俺ら良いトコの子じゃん。練炭れんたんと違って」

「それな!」「ほんそれ!」





 その連絡通路は地元の人間の間では超有名で、絶対に通ってはいけないと言われている。


 なぜなら『その連絡通路を通ったら死ぬ丶丶』からだ。







       4



 理由は、何かの呪い、とうわさされている。



 これはとにかく僕の町では有名な話で、両親からも、そして学校からも僕ら子供たちは注意するように言われている。



 この連絡通路、実は封鎖されているのだが、厳重げんじゅうな封鎖とはなっておらず、ただロープが張られているだけなので、ロープをまたいだりくぐり抜けたりすれば、通路の中に入れてしまう。


 そして、この町の事を何も知らない余所者よそものや酔っぱらったサラリーマンが、年に何人か犠牲になっているともっぱらのうわさだ。



 どうして完全に入口をふさいでしまわないのか、というと、それをしようとした人間には、必ず不幸が起こるらしい。




『交通事故に遭った』


『工事現場で鉄骨が頭に落ちてきた』


『電車に飛び込み自殺をした』


『駅のトイレで首を吊っていた』



 …………。





       5



 ちなみに、同じクラスの連中は僕が死んでもいいし、死ななくてもいいと思っている。


 どういう事かというと、この封鎖されている方の通路を通れば、じゃない方を行くよりも、距離的に3倍近く短縮されるのだ。

 なので、奴らとしては、どちらに転んでもいいのだ。


 何より、僕をいじめる事が出来るので、楽しいのだ。

 最近は僕をいじめるやり方がワンパターン化してつまらないとか何とか言っていたので、そろそろだとは僕も思っていた……。


 とうとう来たか、という感じだ――。





 さて、僕は、問題の連絡通路の入口に立っていた。

 ロープが張られている。


 長年、電球も替えられていないはずなのに、通路は明るい。

 やはり、あくまでうわさなのだろうか。


 人が電球を替えないで、こんなに長年明るいはずはない。




 僕は、証拠として、スマホを録画モードにした。



 僕は、死んでもいい。



 今なら、家族にも迷惑は掛からないだろう。




 としの4つ離れた妹は可愛いので、幸せになって欲しい。



 こんないじめをされるような兄がいると周りに知れたら、きっと幸せになれない。







 もし、呪われて死んだら、奴らを呪い殺せたらいいなぁ――。







 張られているロープを右手で持ち上げ、くぐり抜ける。





 空気がひんやりとしている。









 タシーン




   タシーン




 タシーン




   タシーン







 僕の運動靴の足音が地下通路に響き渡る。



 今のところ、何も起こらない。




 背中に冷や汗が流れる。



 気持ち悪い。








 僕は死んでもいい。



 そう、覚悟をしている。




 でも、どんな恐ろしい目に遭って、僕は死ぬのだろうか。



 それを思うと、少し、……いや、だいぶ、怖いけど……。









 タシーン




   タシーン




 タシーン




   タシーン










 50メートルに満たない距離をとてつもなく長く感じ始めたその時、





 あるものに気付いて、





 ゾワッ





 と僕の両腕の毛が逆立った。










 僕の進む方向の右手に、通路の右側に、人が座っているのが見えてきたのだ。





 サラリーマン風のスーツ姿の男性だ。





 体育座りでうつむいていて、顔は見えない。





 今度は左側にOL風の女性が、





 体育座りでうつむいている。





 女性も顔は見えない。










 僕は――――気付かない振りで、






 通り過ぎる――――――。








 もう出口だ。








 あと10メートル








 トントン。

       後ろから肩を叩かれた。


「ねぇ」

       後ろから女の子の声が掛けられた。









「「「「「こっち向いてよ」」」」」










 僕は、その声に、









 振り返ると――――











 僕のすぐ背後に、











 顔を下に向けた女の子が立っていて、











 その女の子がゆっくりと顔を上げ、











 僕は、この世で一番恐ろしいモノを知って、絶命した――――。










 。












 。











 。











 。











 。











       6



 気が付くと、僕は自分の部屋で、ドアのノブにタオルを括り付けて、首を吊ろうとしているところだった。





 僕は、あの駅で、死んでいなかったのか。



 どうやって、自分の家に帰ってこれているのか。



 一体、どういう事なのか。






 ちなみに、僕は家では反抗期を演じている。


 基本的に、家にいる間は自室にこもっている。

 ご飯は夕食しか家では食べないし、夕食は部屋に運んでもらっている。



 こうでもしないと、家族の会話が苦痛なのだ。

 学校でどうした、何があった、という報告が苦痛で仕方が無いのだ。



 僕の様子がいつもと違っているということで、結構、妹が心配していた様子だったけど……。



 僕は、今日もそういう訳で、自分の部屋で一人でご飯を食べ、眠りについた。




 いつもなら、その日のいじめの出来事を考えない様に、心を冷たく無感覚になるようにしながら眠りにつくのだが、さすがにあんな事があった事もあり、今日はすんなりと寝付く事は出来なかった。




 ――今日あった事は何だったのだろうか。




 手元に残っていたスマホの動画も恐ろしくて、見返すことはまだ出来ていない。





 しかし、とても疲れていたのだろう。



 いつの間にか僕は眠ってしまっていた――――。





















 タシーン




   タシーン




 タシーン




   タシーン









 僕は、夢の中で、あの連絡通路をひとりで歩いていた。










 タシーン




   タシーン




 タシーン




   タシーン











 僕の足音が、連絡通路に響き渡る。




 夢の中でも、また、連絡通路は空気が冷たかった。















 タシーン

        コツーン



   タシーン

           コツーン



 タシーン

        コツーン



   タシーン

           コツーン















 ――ああ……。


 僕の足音のすぐそばで、別の誰かの足音が響いている。










 僕が意を決して、そちらを見ると――――。









 果たしてそこには、顔を下にうつむけているあの女の子がいた。









 夢の中であるにも関わらず、ゾワッと、僕の全身の肌があわった。









 僕は助かった訳ではなかったのか。









 その時、女の子が着ている服に見覚えがあることに気付いた。









 僕の通っている黒田岩中学校の女子生徒の制服だ。









 その女の子は、手に何かを持っている。









 それはふたつ折りにされた紙のようだった。









 彼女は、頭を下に垂れたまま、それ丶丶を僕に渡してくる。









 ――便箋びんせん








 開いてみると――――。








 そこには、恐ろしげな字で、こう書いてあった。














『お前 呪い


  あと三日

    身代わり 連れてこい』








 。











 。









 ――何か、変な夢を見てしまった。





 僕はどうやら、やはり、死ぬらしい。





 でも、身代わりを連れていけば――――?










       7



「なんだー、練炭れんたん、生きているじゃん」

「やっぱり、行かなかったのか。罰を与えないとな」

練炭れんたんく~ん、とりあえずチャージ係」

「情けネーナ、それでも男かよ。チ〇毛生えたか見せてみろ」




「ま、ま、ま、待って! 行ってきたんだ、ほら、証拠の動画を見てよ」





 僕は必死に、撮ってきた動画を見せて、無罪を主張した。





「なんとも無いんだよ、あの通路。きっとうわさはガセネタだったんだよ。少し道が古くなって危険とかそういう事だったんじゃないかな」


「僕は怖かったけど、皆との約束を果たしたんだ! 少しは認めてよ」


「もう一度、皆の前で、連絡通路を通って見せるから、今日の帰りみんなでいこうよ」


「記念に、今日は僕が、マグドおごるからさ!」





 動画の途中で、頻繁ひんぱんに砂嵐が発生し画面が乱れたが、「電波が悪くてさぁ」と何とか胡麻化ごまかした。


 僕は必死に、クラスメートを連絡通路に誘った。







 その日の放課後。





 普段、電車を使わない組もそろって、連絡通路の前に立っていた。


 切符きっぷ代は全員、もちろん、僕のおごりだ。




「さあ、見ててね!」






 僕は連絡通路をどんどん進んでいく。







 タシーン




   タシーン




 タシーン




   タシーン











 僕の進む方向の右手に、人が座っているのが見える。





 サラリーマン風のスーツ姿の男性だ。





 体育座りでうつむいていて、顔は見えない。





 今度は左側にOL風の女性が、





 体育座りでうつむいている。





 女性も顔は見えない。
















 今日は、何事も無く、連絡通路の向こう側に着いた。
















「ほらぁ、大丈夫でしょ? 皆も通ってみてよ!」






 入口に固まっているクラスメートを呼んでみる。







「ほらほらぁ、早く来て、マグド食べに行こうよ!」






 僕の必死の呼びかけで、ようやく、中山を始めとした、僕以外のクラスメート33名が連絡通路を進み始めた。







 僕の顔に黒い笑みが浮かんだ。







       8



 僕は相変わらず、電車通学をしている。





 タシーン




   タシーン




 タシーン




   タシーン





 あれから僕のクラスは僕ひとりだけになった事で、無くなってしまった。


 僕はとなりのクラスに編入され、友人も出来た。







 自転車はもう無くなったりしないはずだが、この連絡通路を通るのが楽しすぎるので、いまだに電車通学を続けている。









 今、通路の両脇には、俯いていて顔が見えない、33名の元クラスメートが体育座りをしている。



 この彼らの姿を見ると、本当に幸せな気持ちになるのだ。








 タシーン

        コツーン



   タシーン

           コツーン



 タシーン

        コツーン



   タシーン

           コツーン








 僕のすぐ側を歩く足音。



 あの子だ。






 本当はとても恐ろしい存在のはずで、今でも現役の怨霊の彼女。



 今でも、何も知らずに通路を通ろうとした人間を呪い殺しているそうだ。







 彼女とは、あれから夢で何回か手紙を通して会話もしている。



 彼女に『どうして、僕は最初に死ななかったのか』と質問をしてみた。





 すると『マイナス200度からマイナス300度に変わる様なモノ』と返事が来た。



 それから『身代り連れて来すぎ』とも。






 うーん、彼女が言っている事は難しくて、良く理解できないな……。



 でも最近、彼女の事を可愛いと思えてきている……。






 結構、美少女なんだよね、彼女……。






 ~fin~










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クラス全員からいじめを受けている僕は絶対に呪われる駅の連絡通路に凸して実況ムービー撮ってきます。 黒猫虎 @kuronfkoha

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