幼馴染の曇り顔が見たいから、強靭な肉体を身につけて何食わぬ顔でヤンデレムーブを受け切っている
赤茄子橄
本文
「んっ..................。ふむ......これは......今回は一本取られてしまいましたね」
目を覚ますと見慣れた部屋に居た。
かといって自分の部屋ではない。
仰向けに寝転がった状態のまま、首をわずかに浮かせてあたりを見回して小さく呟いた。
白とピンクを基調とした清楚さに溢れる部屋。
クマのぬいぐるみやレースのカーテン。
可愛らしい花柄が縁にあしらわれた写真立てには、無表情な俺とその隣で1人の少女が微笑んでいる。
写っているのは高校の玄関前、
どれを見ても女の子らしいその部屋の中で、ダントツ違和感を放つのは俺とベッドを繋ぐ物々しい
ベッドの四隅の脚からそれぞれ1本ずつ伸びたソレは、俺の両手脚の短い筒状の拘束具、いわゆる手枷足枷へと繋がれているらしい。
手首と足首部分に意識を向けてみると、鉄か何かで作られているのであろうか、いかにも頑丈そうで猛獣でもそう
端的に言えば、どうやら俺は、この女の子女の子した部屋に監禁されてしまっているようだ。
その犯人は、推理したり予測したりするまでもなく明白で......。
「入るね〜」
ガチャリ。
「あ、なぁちゃん、起きたんだ!えへへ、おはよ♫」
俺にこんな仕打ちをするのは、間違いなく今この部屋に入ってきて恍惚とした表情で目覚めの挨拶をしてきたこの女性、
内側にシルバーが入った黒の髪。腰まであるゆるふわウェーブのかかったそれをなびかせて、大層機嫌良さそうな表情をしている。
「おはようございます、黎愛」
「うんうん、なぁちゃんは今日もしっかり挨拶できてエラいねぇ〜。よしよし」
なぁちゃん、なぁちゃん、と俺、
うん、気持ちいいし素敵だけど、俺が一番見たい黎愛の表情は、
「それはいいんですけど、ちょっと動けないので、コレ、外してもらえますか?」
とか尋ねてはみるものの、俺もそこまで馬鹿じゃないので要求が受け入れられると信じて尋ねているわけではない。
とりあえず様子見として、無難な一言目をチョイスしただけだ。
「んー、ごめんだけど、そのお願いはちょっと聞いてあげられないかなぁ〜」
案の定、渋い答えが返ってくる。
まぁここまでは予想通り。
「そうですか......。それで?これはどういうことです?」
「どういうことって?」
「いや、何で俺は黎愛の部屋で鎖に繋がれてるんですか、ってことです」
「あはっ、賢いなぁちゃんなら、そんなことわざわざ聞かなくてもわかってるでしょぉ〜?」
確かに、わざわざ聞く必要もない。
これくらいの行動は
だから、本当に聞きたいのはそこじゃない。
「はぁ......。俺に構ってほしくてこんなことをしたってのはわかってるんですけどね。俺が聞きたいのはそこじゃなくて......。どうやって俺を捕まえたのかってことです」
そう、これが本命の質問。
ここを確認しておかなければ、ここから逃げたとしても再び同じように捕まってしまうかもしれない。
幸い黎愛はチョロいから、ここまで俺を確保できたら油断して手の内をばらしてくれるだろう。
俺が投げかけた質問が嬉しかったのか、黎愛はさらに破顔して語りだす。
「よくぞ聞いてくれました!そうなんだよ〜苦労したんだよぉ〜?
なぁちゃんってば、もう違法改造したスタンガンもキツめの睡眠薬も効かないし、金属バットで頭を殴っても気絶の1つもしてくれなくなっちゃったからね〜。
だから今回は、クマさん用の麻酔銃を撃たせてもらいました!いやぁ、命中して眠ってくれた時は嬉しかったなぁ〜」
えっへんと嬉しそうな表情で語る黎愛。
140cm台半ばの小さな身体に、それなりに実った膨らみが目立つ胸を反らせて自慢気にしている。
可愛い。超絶可愛い。天使。
でも、黎愛が最も魅力的に輝くのは、こういうときじゃないんだけどね。
黎愛はいわゆるヤンデレだ。割と重度の。
それは決して最近始まったことではない。
俺は今、大学1年。黎愛は同じ大学の2年。
2人とも留年や浪人は経験していない。
幼稚園で出会ってからずっと一緒にいる1歳差の幼馴染だ。
小学校低学年の頃から、黎愛は俺に見事なヤンデレムーブをかましてくるようになった。
きっかけはありきたりなもの。
俺が同級生に告白されたことを聞きつけた黎愛が、俺を独占したい気持ちを拗らせて、病んだ。それだけだと思う。
最初の頃は、メッセージアプリの
中学高校と上がるにつれて、クスリを使ってきたり、俺の周囲の人間を取り込んで俺を孤立させようと画策したりと、徐々にエスカレートしていった。
大学に入ってからはアルバイトを始めたり、お互い一人暮らしを始めたことで時間や場所、使えるお金の自由度が高まったこともあり、行動のバリエーションはさらに増えている。
とはいえ、俺自身もこの15年近く、何の対策もなくただされるがままに蹂躙されてきたわけではない。
自分の心と身体、それに頭も限界まで鍛え上げて、彼女の仕打ちに対抗してきた。
具体的には、例えば、薬を盛られても寝たり狂ったりしないよう、普段から自分で少しずつ薬を服用して耐性を身につけたり。
どこぞのゾルディック家よろしく、電撃耐性を身につけるために自分にスタンガンを当てる訓練をしてみたり。
内的、外的な攻撃への耐性を得るために、山の中で修験者が行う修行を取り入れたり、完全なものではないけど
黎愛に周囲の人間を操られて陥れられないように、しっかりとみんなとコミュニケーションをとって良好な関係を築き、ときには買収して黎愛側の情報を流してもらうよう内通者を準備したり。
部屋に仕掛けられた監視カメラや盗聴器の類は毎日しっかりと取り除いたり。
そんな涙ぐましい努力はある程度の成果をもたらしてくれていて、黎愛がご飯に忍ばせてくる睡眠薬や、俺を気絶させて寝込みを襲うために準備してくるスタンガンや金属バットの攻撃も、難なく
おかげでこの約15年間、こうして拘束されることはほとんどなかった。
強いて悩ましいことといえば、ここまで修行しても、いくらかの煩悩は一向になくなる気配がないことくらいだけど、別に困ることではないので問題ではない。
さて、そんな俺だけど、どうやらさすがに猛獣用の麻酔銃には、眠らされざるを得なかったらしい。
なるほどこれはしてやられた。
麻酔に対する耐性が足りなかったようだ。
よもやよもや。
これは今後、要訓練だな。
「なるほど、強力な麻酔を使われてしまったわけですか。これは一本取られました」
「でっしょ〜!いやぁ、それでも1本じゃまだ立ち上がってきちゃったからびっくりしちゃったよぉ。2本目でようやく眠ってくれたから、こうしてうちに連れてきて拘束させてもらっちゃった。てへっ♫」
そこまでしていたのか......。
「うふふ、やっとなぁちゃんを捕まえた......。これでとうとう黎愛がなぁちゃんの童貞を食べられるのね......」
黎愛はそう言い終わるやいなや、ゴクリと喉を鳴らして恍惚とした表情を浮かべる。
「もう一生逃さないんだから。なぁちゃんはこれから死ぬまでこのお部屋で、黎愛といちゃいちゃして過ごすんだよ?嬉しい?嬉しいよね?キャハッ♫」
大体状況は把握できた。
昔訓練して身につけたコールドリーディング技術、いや相手がよく知っている黎愛なので、ここで使うのはホットリーディング技術なんだけど、それで黎愛が嘘をついていないことは看破できている。
これくらいの情報が聞ければ十分だ。
調子に乗ってる黎愛も可愛さ100点満点だけど、俺が見たいのは120点の黎愛。
そろそろこちらに主導権を譲っていただくとしよう。
バギンッ!
「..................え?」
俺が腕にはめられていた鋼鉄製の拘束具を
バキンッ!ガジャンッ!ゴギンッ!
......ふぅ。これで全部の手かせ足かせを
全身にきちんと力も入るし、薬の影響も抜けていて、自由に動けそうだ。
「待って待って待って待って!いくらなぁちゃんでもそれはさすがにおかしいよ!その枷、ゾウさんが全力で踏みつけても傷1つ付かない特注品なんだよ!?」
そうだったのか、道理で少し強度があると思ったんだ。
「まぁ、そういうこともありますよ」
愕然とする黎愛に、俺は優しくにっこり微笑んで返す。
「それじゃあ、俺は帰りますね〜」
黎愛の用件は済んだらしいので、ここいらでおいとまするとしよう。
そう考えて言葉をかけて、ベッドから起き上がって歩き出すと、なぜか黎愛の動揺がさらに広がったように見える。
「ちょっ!?なんで普通に歩けるの!?万が一逃げられそうになっても歩けないようにって、足の爪も全部剥がしておいたのに!?」
そう言われて足元を見てみると、裸足の俺の足の先には、本来あるはずの10個の爪が全てなくなっており、血の跡が赤黒く固まっている。
あぁ、そういうこと。
道理で足元が若干かゆいような気がするわけです。
「大丈夫、これくらいどうということはないですよ。移動するくらい支障はありません」
爪が剥がれるなんて、山で修行してた頃は当たり前にあったし、別に今更痛みとかそういうのは気にならない。
脚の爪がないと若干バランスが取りにくいが、まぁそれくらい。
ふふふ、ここまでいろいろやってくれたということは、それが全部意味なかった、無駄だったとわかったら、黎愛はどんな顔を見せてくれるんでしょう。
俺はわくわくする心を抑えて、極力なんでもないことのように穏やかな声を意識して語りかける。
「いい加減、俺にこういうの無駄だって諦めたほうが良いですよ。黎愛には微塵の勝ち目もないんですから、ね?大人しく諦めましょうよ」
俺のその一言が悔しいのだろう。
黎愛はその小さな身体をプルプルと小刻みに震わせ、頬を膨らませて、目にはうっすらと涙をたたえている。
ゾクゾクゾクゾクッ。
あぁ......あぁ!
この顔、この表情!
俺が見たいのは、この
やばい、この表情を見ただけでイッてしまいそうになるっ!
完璧だと思っていた自分のプランを根こそぎ覆されたときに見せる黎愛のこの表情!
たまらなく可愛い!まじで食ってしまいたいくらい可愛い!何だこの天使は!
あ〜、今すぐベッドに押し倒してぶち込みたい......。
でも我慢だ。それをヤッてしまうと、黎愛のこの表情が見れなくなってしまう。
せめてもう数年楽しんでからにしたい。
これからも楽しみ続けるために、いろんな修行を欠かさず続けていこう。
あぁ、次はどんな方法で俺を独占しようとして返り討ちにさせてくれるんだろう......。
やばい、楽しみすぎて夜しか寝られなさそうだ。
サイコパスじゃないかって?えぇ、そうですけど?何か問題でも?
世間一般で見れば、黎愛の行動だって普通の人間なら命は無いか、発狂しててもおかしくないと思いません?
そんな限界ヤンデレの彼女とサイコな俺。お似合いでは?
黎愛は俺だけのものです。こんな黎愛の表情を見て良いのは俺だけ。
この立場だけは、誰にも渡さない。
「それじゃあ、黎愛。また明日大学で会いましょう」
別れの挨拶を告げて、黎愛の部屋をあとにしようと、黎愛に背を向けて再び歩き出す。
タッタッタッ。
ガキンッ!
「むぅ〜!包丁も折れちゃった〜!もぉ、なぁちゃんのバカ!いい加減、黎愛の処女奪ってよ!黎愛に独占されてよぉー!」
どうやら背後から包丁で俺を刺そうとしたらしいけど、鍛え抜かれた俺の肉体はそこらの包丁程度で害されることはない。
逆に向こうが音をあげて折れてしまったらしい。
音から察するに、黎愛は力が抜けてペタンとその場に腰を下ろして涙ながらに叫んでいるらしい。
最高に可愛い。俺を萌えころす気ですか。
俺は最後まで黎愛の涙声に興奮して満足しつつ、背を向けたまま左手を挙げてひらひらとバイバイの合図を送って、何事もなかったかのようにそのままその場を去った。
*****
ふぅ......。
今日も
今回の監禁も、どうせ薙のことだから何かしらの方法であの場はくぐり抜けるだろうとは思ってた。
でもまさか、猛獣用の麻酔銃を使ってもあれだけ速く目を覚まして動き出せたり、あの枷を素手で壊されるとは思ってなかったけど。
今度はもっと頑丈な檻とか作ってみようかなぁ〜。
どれどれ......うん、
そこに映っているのは薙のお部屋。
入り口を中心に部屋全体が見えるようになっている。
ちょうど今帰ってきて部屋に入ったところみたい。
あっ、ベッドの上でパンツをおろして......自慰を始めちゃった。「黎愛、黎愛ぁ」って私の名前を呼びながら気持ちよさそうにしてる。
私のこと、大好きなんだねぇ。
うんうん、男の子だぁ。
あ、もう限界なのかな?
ふふふ、私の部屋にいるときから、あそこは苦しそうだったもんね♫
あ〜、ビクビクしてる〜!可愛いー!
この、薙が外じゃ絶対に見せない油断しきった様子。
やっぱり
普段は全然顔色変わらない無表情なくせに、頭の中は私のことでいっぱいだなんてさ、ふふっ、えっちなんだから♫
薙ってば、私が仕掛けた盗聴器とカメラ、敢えてわかりやすいところに仕掛けたやつを全部取り除いたからって満足しちゃって〜。
私のことポンコツだって思ってるんだろうなぁ〜。
いっつも薙を取り逃がしたり、してやられて泣いたりするのも、絶対本気だと思ってるよね。ぷーくすくすっ!
ぜぇ〜んぶ、演技なのにさ!
本気だったら薙が耐えられないレベルのことをするだけでいいのに、わざわざ薙がぎりぎり耐えられるかどうかっていうレベルに
だってそうしたら、薙は「次は耐えられるようにしよう」って、
薙の身体も時間も思考も、全部私だけに注がれていればいいの。
なのに薙ったら、全然気づかずに、10年以上も私にマウントを取れてるって思い込んでて、可愛すぎるよぉ。
でも私のことを彼女にしないことと、私の身体を好きにしないことはいただけないよ。
そろそろ、いい加減理性のタガを外してほしいんだけどなぁ。
ピコンッ。
......ん?
これは......
なになに......はぁ?
ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな。
こいつ、なに私の薙をキャバクラなんかに誘ってんだ。
私の薙が、私以外の女がいるところにいくわけないだろちょっと考えたらわかるだろ。
はぁ。薙、早くメッセージを返して。「行くわけ無いだろ」って。
........................!?
どっ、どういうこと!?え、これ薙が送ったの!?「いいよ」って!?
ま、まさか......。これまでも、私が薙の周囲の人間関係を操作しないように友達とコミュニケーションを大事にしてたけど......。
その延長で女の子のお店にまで行くつもりなの......?
それはダメ。
薙、それは超えちゃいけないところ超えちゃってるわ。
*****
「......ん?ここは......、どこだ?」
見覚えのない場所で目を覚ます。
薄暗い部屋の中を見廻すと、打ちっぱなしコンクリートで囲まれた殺風景な部屋。
壁の部分には1箇所だけ、鋼鉄のような光沢を放つドアと思しき取っ手のついた四角い部分が見える。
そして案の定、俺の身体はベッドに拘束されている。
俺の身体は、ゴムのような素材でできているベルトが何重にも巻かれて、ベッドに縛り付けられている。
周囲には物々しい拷問器具がいくつも並べられていて、普段の監禁よりも少しレベルが高いようにも感じる。
ただまぁ、これ自体は特筆するほど驚くようなことでもない。
また眠らされてしまったのは不覚だけど、ゆうていつものこと。
まずは状況を確認するために、憶えている最後の記憶の再生を試みる。
確か......、黎愛の部屋から帰ってきて、昂ぶる気持ちを落ち着かせるためにやることやったあと......なんだったかな......。
あ、そうだ。大学の友だちから
なんか突然、「キャバクラ行かねぇか」とかいうお誘いだった。
なんでも、大学生のうちに一度は行ってみたいということらしく、気軽に誘えそうなのが俺だけだったから誘ったということなんだとか。
続く文面も、お願いの必死さが伝わってくるものだった。
まぁそれもこれも、俺がしっかりと周りの人たちとコミュニケーションをとれていて、信頼を勝ち得ている証拠だと思えば、悪い気がするはずもない。
キャバクラなる場所にさしたる興味もないけど、この友達との親交をさらに深める意味でも、社会勉強の意味でも、行ってみるのもありかもしれない。
確かそんなことを考えて、気楽に「いいよ」って返事を返したんだよな。
それから..................それから?
あれ?それからどうしたんだ?
これが最後の記憶?
くそっ、そのタイミングで何か仕掛けられたのか。
犯人はやっぱり言うまでもなく、黎愛だろう。
だけど、タイミングがあまりにも、あんまりじゃないか?
俺がキャバクラに行くことをOKしたタイミングで眠らされた?
まさかとは思うけど、俺の
いや、そんなはずない、前に携帯端末を調べたとき、黎愛に入れられていたであろうスパイウェアはすべて取り除いたはず......。
だとすると、単にタイミングが良かっただけ?
キィィィィ、バタン。
金属製のドアが開かれて、入室してきた黎愛が視界に入る。
その表情は心做しかいつもよりも暗く見える。
普段なら、俺を拘束でもしようものなら恍惚としたニヤケ顔を晒してくれるのに、今日は完全な無表情に陰が落ちているように映る。
カツン、カツン、カツン、カツン。
コンクリートの床をゆっくりと歩く黎愛の足音が部屋中に反響して、コダマのようになって鼓膜を揺らす。
そうして俺が寝かされているベッドの前まできて、動きを止め、無表情のまま俺を見下ろすように立ち尽くす黎愛。
そのあまりにもいつもと違う様子に、ほんの少し背中に冷たい汗を感じつつ、何も言いださない黎愛に俺から仕掛けてみる。
「れ、黎愛?これはどういうこと、ですか?」
俺にしては珍しく、動揺して噛んでしまった。
だけどそんな俺の滑稽な姿にも眉1つ動かさず、無言を貫く黎愛。
いつもなら、絶対に俺を小馬鹿にしたように、「あはは、噛んでる〜。可愛い〜!」とか煽ってきて、俺に反撃されるところまでがワンセットなはずなのに......。
これはいよいよもって異常事態だ。
黎愛には未だ動きはない。
ならとりあえず、身動きが取れるようにこのベルトを引きちぎって脱出の準備だけしておこう。
............壊せない........................?
な、なんだこれ!?抜け出せない!?今までこんなことなかったのに!?
俺の力で抜け出せないベルトってなに!?
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
これはまじでやばい。
焦りが思考を覆い隠して混乱していると、ようやく黎愛が口を開く。
「なぁちゃん?............いや、
......薙?
黎愛の俺の呼び方がいつもと違う......?
「う、動けませんね。あ、あはは、これはまた一本取られちゃいましたかね。......それで、どういうことです?」
できる限り平静を装おうと努めるも、あまりに久々の展開に、体がうまく順応できないでいるらしい。
ここにきて、普段のヤンデレムーブからの脱出があまりにあっさりいきすぎていたがために、実はこういうイレギュラーなシチュエーションに対する耐性が弱まっていたことに気づく。
「......どういうことか聞きたいのは
私......。黎愛自身の一人称も、普段なら「黎愛」と名前で呼ぶのに、今は違う......。
この様子......。かつてないほどにブチギレている......のか......?
「えっと、黎愛?何をそんなに怒って......「黎愛さま」......いるので......え?」
「黎愛さまと呼びなさい」
俺の言葉にかぶせるように、威圧的に語りかけてくる黎愛。
なんでそんな呼ばせ方をさせようとするのか、よくわからない。
だけどここで素直に従ってしまうのは悪手。相手に主導権を握らせるのと同じだ。
ここは多少危険でも強気に出るのが吉。
「あ、あは?黎愛、ちょっと調子に乗りすぎですよ?」
そのセリフに、黎愛は口元と肩をピクッと小さく跳ねさせる。
それからブルブルと小刻みに全身を震わせる。
驚いた、とか、怯えているという様子ではない。
明らかに、怒っている。
その様子に怯んでしまった俺に、黎愛が語りだす。
「調子に乗りすぎたのは、薙の方だよ」
低く冷たい、抑揚のない声で続ける。
「わかってるよね、自分がどれほど罪深い過ちを犯したのか。自分の口で説明してご覧なさい?そしたらちょっとは手加減してあげるかもよ」
手加減。
今まで黎愛が手加減なんてしたことがあっただろうか。
全力で俺に仕掛けてきて、返り討ちにあう。
それがいつものお約束。
どうせ今回も、俺に傷をつけたりすることはできないだろう。
そんなふうに油断してしまっていた。
だから次に口を出た言葉は、自分の罪を数えるようなものではなく。
「な、何を言ってるのかわかりませんね。俺は何も......「はい、アウト」......してな......い」
食い気味に俺の話に割り込んで、アウトの一言をかける黎愛。
「今、私、言ったよね。自分の口で説明してって。はぁ......薙はおバカで可愛いけど、今はおバカなこと言わないでほしかったわ」
声のトーンがまた一弾下がり、背後から放たれるオーラが目に見えんばかりに広がって、俺に恐怖心を抱かせる。
修行の中で命を落としそうになったことは数知れないけど、ここまでの恐怖を感じたことはかつてない。
黎愛の圧力に屈してしまい、次の言葉を紡げない。
「薙が言わないから私がわざわざ言ってあげる。薙、あなた、お友達に誘われてキャバクラ行こうとしたでしょ」
なるほど、やっぱり何かしらの方法で盗み見られていたようだ。
......どうやって?
「どうして知ってるんだって顔してるね。そんなの簡単だよ。薙の携帯端末にはたくさんスパイウェアを仕込んでおいて、わかりやすくて見つけやすいのをダミーとして薙に潰させるように仕向けた。
あとは見つからないよう偽装をたくさん施した本命のスパイウェアが薙のすべてを教えてくれたわ」
「なっ!?」
黎愛にそこまでソフトウェアに関する素養があったなんて知らなかった。
俺が見つけられる範囲を超えて盗聴されていた。
ただ、本当に驚いたのは盗聴されていたこと自体よりも、黎愛のスキルセットに対するこれまでの俺の認識が誤っていた、ということ。
これまでの自分の感覚が否定され、これから適切な推測ができない可能性が高いということに、目の前が暗くなるような錯覚を覚える。
「私が泣いたりするのを楽しみにして、意地悪するのは全然いいの。むしろ私のことだけ考えていろいろと頑張ってる薙を見るの、私大好きだから」
!?!?!?!?
バレていた!?
黎愛の曇り顔を見るためにやってたことに、気づいていた!?
「普段澄ました顔してる薙が、私のためだけに陰で限界まで努力してるところとか、私の泣き顔見てるときに浮かべる幸せそうな表情とか、全部全部、大好きなの」
恐怖に体温が下がっていくのを感じ、顎が震えてガチガチと歯が音を鳴らす。
「でもね、今回のはダメ。女の子がいるお店に行くなんて、それは許せない。ねぇ薙?薙は今まで、それだけはしなかったじゃない。だから許してあげてたのに。この裏切りはひどすぎるわ」
「で、でも、ま、まだ行ってな......「うるさい」......はい......」
言い訳の猶予ももらえないらしい。
「行こうとしたって時点で、ありえないの。ましてやさっき、私に嘘をついて隠そうとした。それはね、薙。完全にアウト。いくらなんでも調子に乗りすぎ」
薄暗い部屋の中で、黎愛の光を灯さない昏い瞳が、その眼力をさらに増す。
だけど、俺も伊達にこれまでたくさん修行して、肉体だけじゃなく精神も鍛錬してきたわけじゃない。
これで完全に折れるほど、やわな鍛え方はしていない。
せめて強がりくらいはしておこう。
そうしたら、もしかしたら黎愛が俺にまだ何か手があるのかもしれないって勘ぐって、一歩引いてくれるかも知れないし。
「ご、ごめんなさい......。でも、だったら何?どうせ黎愛が俺にお仕置きとかしようとしても、いつもみたいに俺にやり返されて終わるだけじゃないんですか?」
「だといいね......。
でも、薙は気づいてなかったみたいだけれど、いつもあなたにしてたことは全部、あなたの能力で切り抜けられる範囲のものに
それを乗り越えられるように、薙が
ま、まさか......そんなはず......。
「だけどあなたは一線を超えてしまった。だから今度という今度は、本当にここから逃げられないようにしてあげるね」
「ど......どうやって............?」
正直聞くまでもない。
この部屋にある謎の拷問器具を使うってことだろう。
だけど、鋼鉄程度の拷問器具じゃあ、俺の身体は傷つけられない。
数年程度の監禁では、俺の心をくじくことはできない。
「ここの拷問器具はね?特注品なの。タングステンの合金でできてて、とってもかたぁい、丈夫な機械ばっかりなの。いつも薙に使ってあげてた
ヒエッ。
「まぁ、それですぐに薙の心が折れるとは思えないから、そっちはおクスリと快楽で堕とすことにするわ。いつも使ってるような生易しいおクスリじゃないからね?もしかしたら人格が壊れちゃうかもしれないけど、それは薙が悪いんだから、仕方ないよね?」
はっはっはっはっはっ。
呼吸が浅く早くなる。
恐怖による過呼吸に近い状態だろう。
「ご......ごめんなさい。お、俺......じゃなくて......ぼ、僕が全面的に悪かったです......。調子に乗ってすみませんでした......。これからは黎愛さまに忠誠を誓います。二度と、決して調子に乗らないので、どうか、今回だけは許してもらえませんか......」
「怯えちゃって、可愛いなぁ♫
でもだめ。嘘もついちゃったんだしね。その責任は取らないとダメだよ?
けど心配しなくて大丈夫。これからする
幼馴染の曇り顔が見たいから、強靭な肉体を身につけて何食わぬ顔でヤンデレムーブを受け切っている 赤茄子橄 @olivie_pomodoro
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