森の中、盗賊が出た
俺は徒歩での旅を続けている。今は森の中だ、人の目がないのでのびのびと歩く。もう魔王を倒すのにいろいろな人に急かされるような生活はやめるんだ、風景を楽しむことも木々のざわめきを楽しむことだってできる。俺の邪魔をする人はいないのだ。
「さて、昼飯にするかな」
なんとなく独りごちて収納魔法で小鍋とそれをかける台を取り出す。台に魔法で水を作り出して入れる。ここまで来るまでに収穫した山菜やキノコ、電撃魔法で気絶させて捕獲した魚をまとめて放り込む。
「~ん~幸せ」
食べ物を食べることに余裕を感じられるのは生活のレベルが上がったと言える。戦っていたときは生水をすすり、火の通っていない肉や魚にかじりついていた。火が通っただけでもとんでもない進化だ。
炎魔法を使って具と水の入った鍋を下から温める。気をつけないと鍋の底を焼き切ってしまう。やり過ぎないように加減するなど全力勝負が全てだったころより贅沢な話だ。
ふつふつ……
鍋の中身が沸いてきた。料理をするのも久しぶりだ。魔王討伐後は勇者と王様が言い、使用人を付けてくれた。それは悪いことではないが、たまには自分でやりたい。健康に良くない食事をしたいときも健康に配慮されていた。人は健康に悪いものが食べたいときもある。
鍋に多めの塩と、酒を入れて、スパイスを数種類入れてから蓋をする。
それから少ししてグツグツと鍋が音を立て、食材に火が通った。
「美味しい食事ができた!」
俺は自画自賛をしながらこの日の夕食を食べる。そう、ここまでは問題ないのだが……
「……」
「……」
「……」
大声では喋っていないのだが視線と何かを話している様子は感知できる。動物のものではないだろう、おそらく人間か
森の中で観察されながら食事をするのは落ち着かない。
「おーい! 食べたいなら一緒に食べようぜ!」
俺は人の気配の方に向けて声をかける。誰かは知らないが食事を共にするのは嫌いというわけではない、今までは旅仲間と一緒に食べていた食事が不味く感じていただけだ。普通の人たちは同僚と気持ちよく食事ができたのだろうか? 俺は仕事関係の人と食事をしたら不味く感じると思うタイプだ。しがらみのなくなった時点で必死に戦う仲間や、持ち上げてくる貴族と一緒に食事をするのは好きではなかった。
「おうおう! 美味しそうな食事じゃねえか? 大層金も持ってるんだろうなあ?」
何やら刃物やムチ、魔導杖を持った三人が木の陰から出てきてそう言った。確かに金はあるのだが、それが今何の関係があるのだろう?
「ああ、金ならあるがそれがどうかしたか?」
リーダー格の角刈りの男が刃物を俺に向けて何か言っている。
「お前、俺たちが怖くないのかよ? 俺たちが盗賊だと知らなかったって面をしやがって!」
「ん? ああ、盗賊なのか? まあ職業なんて人それぞれだからな。お前らが何をして生活しているかに興味は無いな」
「アニキ! コイツおかしいですぜ? 治安維持のためのおとりかも知れませんぜ?」
「そんなことないだろ、身なりはちゃんとしているし、貴族のお遊びじゃねえのか?」
三人で話し合いをしているのだが、俺としては興味が無かった。
「食べないのか? 自分で言うのもなんだが美味いぞ?」
「え……ああ、食べようかな」
「リーダー!?」
「アニキ!?」
「いや、だってなあ……絶対に何かあるだろ……こんな無防備に森に入って俺たちをみても動じないんだぜ? どう考えても裏があるはず」
「食べるんだな?」
俺は収納魔法で三つの皿とスプーンをとりだしてそいつらに投げて渡した。
「よし、じゃあ皆で食べよう」
三人ともこんなところに人がいるとは思っていなかったのか、奇妙な目を俺に向けてくる。
「アンタ、収納魔法が使えるのか?」
「ああ、その事か……見てみろ、鍋の下の火も俺の魔法だ」
「そ、そうか……実は高名な魔道士だったりするのか?」
俺はその質問に困ってしまった。正直に勇者だとは言えないが、普通の人が森の中で魔法を使って調理している。冷静に考えると異様なことなのかも知れない。
「ただの旅人だ」
「そ、そうか……アチッ」
男が指をスープにツッコミやけどしたようなので治癒魔法をかけておく。三人とも俺への視線がおかしい。
「……アニキ……これはヤバいやつですね……」
「だな……」
「……今魔法を使ったのも力を見せるためじゃないか?」
三人がコソコソ話しつつ俺は自分の食事をとっていた。
「あの……俺たちが怖くないんですか? これでも何人も殺してきた盗賊……」
「ああ、くだらないな。数人でガタガタ言うなよ、俺は魔族を数えるのを諦めるほど殺してるぞ」
数人程度で大げさに言いすぎだろう。魔王に寝返った人間の処断も俺はやらされた。好きな仕事ではないが必要なことだった。
「ひぃっ……」
「ヒエッ……」
「助けて……」
なかなか食事の進まない盗賊たちを放置して自分が満足いくまで食べきった。盗賊がいて良かった、一人では食べきれない量だったかも知れない。
綺麗になった鍋を水魔法で洗い流して収納魔法でしまっておく。
「お前ら……食べろよ? 残ってるぞ」
「え……はい! 食べます! お前らも食べろ!」
「食べますよ!」
「食べなきゃ……」
三人とも緊張していたのか俺がリラックスを促すとようやく食べ始めた。全員が食べ終わってから食器をまとめて魔法で洗い流し収納魔法でしまった。
「あの……俺たちはどうなるんでしょう?」
「何のことだ? 俺はお前らを突き出すつもりは無いし、好きにすればいい。そもそも殺す気が無いようなやつをいちいち殺していたらキリが無いぞ」
「殺す気がない?」
「ああ、魔獣の方がよっぽど殺気を放ってるぞ、動物に負ける程度の殺気でいちいち緊張なんかしないよ」
俺は食事道具を片付け旅の続きを始めることにした。盗賊たちは『真人間に戻りたい』とささやいていたが、これからどうするかは連中の決めることだ。
別に山賊をやっているのに捕まったり処刑されたりを覚悟していないわけがないだろう。だからそこから先は自分で決めることだ。
そして一歩踏み出してから振り返って聞いてみた。
「美味かったろ?」
「「「はい!」」」
三人の元気の良い返事が返ってきて、俺はちゃんと美味しいものだって作れることを確かめておいた。旅先で料理人をやるのも悪くないなと考えてみたのだった。
魔王討伐後の勇者旅行記 スカイレイク @Clarkdale
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