魔王軍残党に会う

 いっちょ上がりっと……


 俺は襲いかかってきた狼の魔物の頭部を思い切り殴って吹き飛ばした。あまり綺麗とは言えない飛沫が散って、やや大型の獣は息絶えた。


「まだこんなのがいたのか……王様も魔王軍の末端を駆除してくれればいいのにな」


 いつだってこういう汚れ仕事は俺に回ってくる。それ自体は構わないのだが、まだ生き残りがいるならちゃんと教えて欲しかった。俺だってやるべき事があるなら逃げ出したりしなかったのに……


 そんなことを気にしてもしょうがないか……魔物って美味しくないんだよな……普通の狼だったら食べられるんだが……


「ポチ! ぽーちー! どこに行ったのー?」


 森の中に少女の声が響いて、そう叫んでいた本人が姿を現した。


「え……? ポチ……なの……」


 見たところ黒髪のショートヘアで、フリルのついた服を着ている。しかし問題はそんなところではない。少女の頭に小さく二本生えている角、それがこの子が魔族であることを示していた。


「あ……あなた……なんで……」


 あー……ポチってこれのことか……飼い主がいたなら拘束するくらいですませておくべきだったな。


 俺は目の前の肉塊を眺めながら、どう言い訳をしたものかと考える。少女はポチと呼ばれた魔物の死骸にしがみつきながら嗚咽の声を上げている。


 その少女がどうやっても助けられない状態になった魔物から離れて俺の方を睨む。


「許さない……絶対に許さない……」


 俺の方へ殺気が流れてくる。しかし俺はその殺気にどこか以前感じたものであるかのような違和感を覚えた。


 少女が俺に殴りかかってくる。それをかわしながら記憶の糸をたどっていく。魔王との戦い、そこから幹部を倒し、地方幹部を倒し……俺の記憶力を精一杯たどったところで目の前の少女の記憶がようやく見つかった。


「あー……ティアか?」


 少女、いや、ティアは顔色を変えて俺をじっと見つめる。その後地面にへたり込んでしまった。


「ああ、私は死ぬんですね……魔王様、逃げ出してごめんなさい、でも勇者に殺されるのはあんまりです!」


「あの……?」


「私はコレから肉体を分割されて研究素材として売られるか、奴隷にされて一生こき使われるんですね……あんまりですよ……」


 俺は魔王軍の末にいた上級兵だったティアに弁解をする。


「とりあえず俺はもう勇者はやめたから襲ってこないかぎり殺したりはしないぞ? お前ももう魔王は滅んだんだから自由に生きたらどうだ」


 ティアの記憶が残っていたのは俺が戦った相手を全て覚えているからだ。記憶力がこんなところで役に立つとは思わなかった。


「だって……ロードでしょう? あの魔族絶対殺すマンのロードですよ? 私は殺されるに決まってるじゃないですか!」


 どうやら俺の噂は魔王軍の中でも褒められたものではなかったらしい。もちろん敵対していたので褒められるはずもないのだが、やはり戦争が終わってからもこうして怖がられると少し悲しい。


「大丈夫だ、俺はそのポチが飛びかかってきたから倒しただけで、王様の命令も出てない。頼まれもしないのに好き好んで誰かを殺すようなやつじゃない」


「え……私のことを見逃すような言い方ですね……ロードと言えば立った一人で魔王軍大隊を全滅させたって話ですよ? そんなの絶対殺されるじゃないですか!」


 どうやら俺の噂は魔王軍の上から下まですっかり出回っている様子だ。人間より倒した相手の魔族の方が俺をよく知っているなんて皮肉な話じゃないか。


「俺は勇者ロードじゃないよ、ただの旅人のロードだ。だから魔族を狩って回るほど血に飢えちゃいないな」


 ティアはそれから深呼吸を数回してなんとか落ち着いてくれた。


「でも、なんで勇者が旅人なんてやってるんですか?」


「いろいろとうんざりしてな……」


 そう、いろいろだ。深く詮索しないで欲しい。


「そうですか……じゃあ私はひっそりと生きててもいいんですか?」


「ああ、ただ魔物に人を襲わせるのはやめて欲しいがな」


 俺に襲いかかってきたのはいただけない。魔族だからと殺されるようなことは無いが、魔族ではないから殺していいという理由も無い。


「ポチは……強い獣を襲うようにしつけたの。人間程度では敵と判断しないはずだった……」


「俺が強すぎたって事か……」


 普通の人間より強いのでコイツが俺を人間だと認識できなかったわけか、少し悲しい話だ。


「ティア、お前はこれから人間を襲うつもりはあるのか?」


 ティアはゆっくりと首を振った。


「いいえ、魔族は魔王様がいなくなって弱くなるばかりよ。人間を相手にできるような猛者はほとんどいないわ」


 どうやら魔族だからと俺に敵対するだけというわけではないらしい。だったら俺のすることは決まっている。


「ティア、お前は森の中で旅人に出会った、誰かは知らないし話もしなかった、いいか?」


 俺は噛んで含めるようにフワッとした物語を捏造する。


 ティアは少し考えてから頷いた。


「私が会ったのはただの旅人ね……名前はなくていいの?」


「会話をしていない相手の名前を知るはずがないだろう?」


 コクリと頷いて俺たちの話に決着は付いた。俺はさっさとこの魔族から逃げたい。こんなやつと関わると小さな事からドンドンと話が大きくなってしまう。始めに小さい話で止めて、その時点で潰しておくのが重要だ。


「じゃあな」


「ええ、さようなら」


 そして俺は森を進んでいった。この先に何があるのだろう? なんにせよ旅人でいられるというのは悪いことではない。木漏れ日の中、俺は歩を進めていった。

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