最終話 王子様も人間です
「何やってんだ」
頭上から、尖った声が降ってきた。
この声は……と思う間もなく、ついでに声の主も二階の窓から飛び降りてきた。
スタンと華麗に着地を決めて、私をかばうように前に立つスラリとした長身は、和也君本人だった。マジか。
「わ……私たちは、王子のこと……」
「面白いか?」
突然の王子様登場にシーンとその場が静まり返っていたけど、やっとのようにゴニョゴニョ言いかけた数名を、和也君は低い声で黙らせる。
凍りそうな冷たい声だった。
「たかが、同じ学校に在学したってだけで、見ず知らずのおまえらにふざけた綽名をつけられて、俺は迷惑してる。なのにそれが、そんなに面白いか?」
うん、そうだろうね。
王子様呼びは嫌だと、笑顔を消して断っていた。
誰も、まともに受け取ってくれなかったけど。
「無関係な俺に、おまえらの傲慢な我儘を押し付けて、気に入らなければわめき散らす……俺の毎日をメチャクチャにしてブチ壊すのが、そんなに面白いか?」
本気で怒っている和也君に、王子様ファンクラブのお嬢さんたちは真っ青になっていた。
身近なアイドル気分でキャッキャうふふしてるだけだったから、和也君が一人の人間だってことを忘れていたのかもしれない。
「ハッキリ言っておく。三葉にくだらない真似をするなら、次は許さない。今から覚悟しとくんだな」
「まぁ、今回も無傷とはいかんよ? 斎藤は許しても、俺はヤだから。次があるといーな」
ぽへ~とした声で物騒なセリフも降ってきて、振り仰ぐと部長がスマホで動画をとりながらピースをしていた。ニヤニヤとえげつない笑顔だ。
この場所はなんと、部室の真下だったらしい。ドラマかよ。
動画を校長に見せてくるわ~とヘラヘラ笑って顔を引っ込めたので、王子様ファンクラブの面々は悲鳴を上げてバラバラに走り出した。
まるで、沈みだした泥船から逃げ出すネズミさんの群れだ。
散り散りになって消えた集団に、私はほっと息を吐いた。
「ごめんね、怖い思いをさせて」
「和也君のせいじゃないでしょ?」
うん、となんだか泣きそうな顔で、和也君は笑った。
なんとなく慰めたくなって、思い切り背伸びをしてヨシヨシと、その頭をなでてあげる。
たったそれだけのことで、フニャフニャっと甘えるように和也君は、私の肩にコツンとおでこを当てた。
「三葉ちゃんだけなんだ。ふざけた綽名を無視して、俺のこと、最初から名前で呼んでくれたの」
そっか、と私はうなずいた。
それっぽっちのことが嬉しいなんて、本当に大変な人生だ。
「私にとって和也君は、ずっと斎藤和也だよ」
うん、と小さくうなずいて、和也君は顔をあげた。
ぱぁっと光を放つような、明るい笑顔だった。
「三葉ちゃん、好きだよ」
唐突だな、おい。と心の中で突っ込みつつ、部活に行くよって流しておいた。
我ながらひどい。
「いつか、好きって言ってくれる?」
「学校じゃ、言わない」
「じゃぁ、今度の休みに出かけようか」
「夏休みがいいと思うよ? 交際は計画的に」
良いね、と和也君は笑った。
でしょ? と私も笑ってしまった。
本格的なお付き合いって、まったくもって予想もできないけれど。
今はこの距離感が心地よかったりする。
うん、今はまだ。ね?
終わり
王子様と私 真朱マロ @masyu-maro
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