02-2:蒸気都市ギレット
「真面目だなぁ」
優の話を聞いた結城は感想を口にする。
初日は軽く話を聞いて回り、早い時間に戻っていた結城は夕方まで昼寝をして過ごしていた。優が戻ってきた時には外は霞がかり、ぼんやりと光る街灯だけが霞んだ世界を照らしている。
「そちらはどうでしたか?」
「何か今日行った方と反対の方にバイクの整備屋があったみたいでさ。この街で長時間、外は辛いから明日にしようと思って今日はすぐ戻ってきたんだ」
「そうなんですね。では明日に期待しましょう」
「そうするよ。君も無茶しないでね」
「えぇ、気をつけます。視界が悪い日は昼間でも出るらしいのでお気を付けて」
「……早く用事を済ませて次に行きたいなぁ」
そうですねと答えて優は風呂へと向かい、一人になった結城は抗うことなく眠りについた。
「おー、兄さんかい。若いなぁ」
結城の持ってきたエレメンタル・バイクを見て若い技師が奥へと行くと貫禄のある壮年の男性が現れた。
「話は聞いてるよ」
「話?」
「あぁ、兄さん本格的に整備したいんだって? 昨日兄さんが出向いた整備仲間から話を聞いてたんだ」
「そうでしたか。話が早くて助かります。セージバルの整備屋の人に寄ったほうがいいと言われまして」
「あぁ、あそこのか。まだやってたんだな。どれ、見せてみな」
結城は押していたバイクのスタンドを立てて一歩下がる。それに合わせて貫禄のある男性がスムーズにカバーを外して中を検めた。
「あっちでは何頼んだんだ?」
「燃料の補給と整備です。貰い物ですが一度も整備をしていなかったので」
「よく今まで乗れたな。貰ったのはいつだ?」
「大体2年ほど前ですね」
「まじか」
中をざっくりと見た後、排気口付近を見て声を上げた。
「俺が作った奴じゃねぇか」
「え?」
「俺は元々このバイクの技師だったんだよ。この製造番号は俺が最後に作った奴だよ。誰が作ったのかと思ったら流石俺だな」
途端上機嫌になった男は鼻歌交じりで積み木を崩していくように部品を解体し始め、またたく間にバイクを解体していく。
「あの、ちょっと……」
「うわ、まじかよ。何でまだこれ使ってんだよ」
「何かまずいことでも……?」
覗き込むと動力炉と駆動系をつなぐ部品を男は指差した。
「この部品なんだけどよ、もう十年前から違法なんだわ」
「違法?」
「おう。これも当時は最先端技術を謳って大々的に宣伝して、以降の後継機でも使ってく予定だったんだわ。でもよぅ、あん時は長期的な試験なんか最長で一年程度しか見てなくてよ。平均して2年間毎日乗ると途端に耐久性が落ちる不備が見つかったんだわ。しばらくは経年劣化ってことで無償で交換してたんだけどよ、幾ら何でも不備の報告が多すぎて調べてみたらエレメンタル・ギアのエネルギーを通す経路の塗装が軒並み剥がれてたんだわ。この辺は後々調べてわかったんだけど塗装と経路の材料の組み合わせが悪くてよ。エネルギーの伝導率は塗装で高めてたんだけど、その時に発生する熱量で微量ではあるが塗料の性質が変化してな。その変化した性質が経路で使ってた素材を溶かすもんでよ。今はその素材と塗料を併用するのは禁止にされてんだわ」
「それって、もしかして僕が罪に問われます?」
「あー、まぁでも知らなかったんだろ? それなら気づいた俺の責任だ。これは無償で交換してやるよ」
「それは有難いんですけど、確か独自技術ばっかりで互換性がないって……」
「おぉ、よく知ってんな。自分達の独自技術でブランド化する予定だったのよ。でも今話した理由で検証が甘いって詰められたんだわ。何だかんだで後継機も出なくて、これが最初で最後のnシリーズよ」
男は笑いながらバイクを解体していく。その視線はただただ目の前のバイク、自身が作り上げたバイクにだけ注がれ手は止まることが無い。思い入れがあることは楽しそうな口調と数十年前の機構を容易く解体していくことから理解することが出来た。出来たが……。
「わり、ぜんぶバラしちまった」
いたずらをしたあとに見せるような悪びれもしない笑顔を前に、結城は怒る気すら起きなかった。
「まぁ、組んでくださいね」
「いや、でもよぅ。ここまで持ったってことは元々の持ち主たちも大して乗ってなかったって事だぜ? それに元の部品も古いし、兄さんが2年乗った分の劣化もある。整備はしてもここらが寿命だぞ?」
「……貰い物なので」
「そぉかぁ。わかった、俺がこいつを完璧にしてやるよ。だから数日時間をくれ」
「僕は門外漢だから任せますが大丈夫ですか?」
「安心しろって、俺はプロだぜ?」
男は豪快に笑うと結城の肩を叩く。どこか胡散臭さを感じてしまうが手際の良さを目の当たりにした結城はため息交じりに任せることにした。
「はぁ、わかりました。お願いしますね」
「おうよ、任せな。そうだな、2日後にでも様子を見に来てくれ」
押し出されるように背中を押され結城は外に放り出された。男は人の良さそうな笑みで結城を追い出し、手を振っている。それを見て肩を落として歩き始めた結城を他所に、男は堪えられない感情を口元に浮かべていた。作業場に戻った男は近くにいた作業員を呼びつける。
「テツ、材料を集めてこい。ここなら全部揃うはずだ」
「整備するのに必要な物は揃ってるはずですが?」
「あん? 何勘違いしてるんだよ。俺は完璧にしてやるとは言ったが整備するなんて言ってねぇ」
「うわぁ……」
「それに元より寿命だ。もう接続部の塗装が駄目だ。違法になったから流通もしてないし、規格が合わん。そうなると他の部品も変える必要がある」
「そんなこと言って本当は実験台が欲しいくせに」
「うっせぇんだよ。さっさと行って来い。俺は使えるもんと使えないもんを選別すんのに忙しいんだよ。材料は──」
「──へいへい、わかりました。いってきやーす」
作業を止めたテツは明らかに身体に悪そうな街の中を慣れた足で歩いて行った。
「南雲支部長。巡回に行ってきますね」
「ありがとうございます。無茶は──」
「あー、私も!! 私も行ってみたいです!!」
「こら、春ちゃん。夏目さんに迷惑をかけないの」
「案内が必要だもんねー。ねぇ、夏目さん」
「ええっと、確かに地理には疎いですが……」
「ほらぁ、私達の為に手伝ってくれてるんだから、私達も手伝わないと駄目だよねぇ?」
「それはそうだけど……」
「春、巡回は男だけでやるって決めただろ?」
「夏目さんがいるから問題ないもんねー。さ、いこー?」
パタパタと逃げるように優の腕を掴んだ春は、そのまま引きずるように外へと向かっていく。南雲両名を振り返るが困り顔で頭を下げられてしまい、優は二人で巡回する事を余儀なくされた。
それを欠片も気に留めない小河原春は陽気に道案内をかって出る。
「さぁ、どこに行きますか?」
「えぇ? 案内じゃないんですか?」
「どこか行きたい場所はありません?」
「ええっと、では……。その何かが出た場所はわかりますか?」
「もちろんです。近寄らない様に言われてるので覚えてますよ。こっちです!!」
パタパタと歩き出す彼女について優も歩き始めた。今日は昨日よりも視界が悪い気がする。変なものが出ない事を願いながら、彼女を見失わないように足を早めた。
「小河原さん、もう少しゆっくりでお願いします」
「あ、すみません。副支部長にも良く言われるんですけど、つい」
「一人で行かれては何かあった時に私が間に合わないかもしれません。近くに居てください」
「あ、はい……」
足音が止まり、徐々に彼女の姿が明確になる。俯いた彼女は小さくすみませんと頭を下げた。
「謝る必要はありません。貴女のお陰で助かっていますから。ただ、怪我をされては支部長達に顔を見せられません。ですので、近くで案内してください。私は同行している方と道中は観光がてらにと話していますので、私に街を案内する様にゆっくりでお願いします」
「え、えっと……。美味しいお店とかも案内した方が……?」
おずおずと聞き返す彼女に笑顔で是非と応えた優は、街を出る前に結城と一軒くらい行くのも悪くないと思っていた。
部屋に戻り一日の報告を聞いた結城は、ジト目で優を見やった。
「──それで今日は女の子とデートして来たんだ」
「違います、案内です」
「1週間くらい居ようか?」
「変な気を回さないでくださいよ」
呆れた優に対して、結城は小さく笑う。
「はは、ごめんね。大丈夫だった?」
「ええ、何も出ませんでした。南雲支部長と話したのですが、私が巡回するのは夕方前の一回だけにするそうです」
「そっか、それ以外はどうするの?」
「せっかくですので他のお手伝いをしようと思っています」
「君は何処にいても変わらないんだね」
「天上教団の信徒ですので」
「狂信者の間違いじゃない?」
「……咲良さんは結構失礼ですよね」
「いやぁ、純粋な性格だから隠し事出来なくて」
「なんだかなぁ。そちらはどうでした?」
「一先ず、明後日に様子を見に行く約束だよ。いつ出るかはその後に決めるかな」
「時間があるのであればデートでもして来てはいかがですか?」
「おっと、君も人が悪いなぁ」
「実は美味しいお店を教えてもらいまして」
「いいね、発つ前に行こうか」
「ええ、是非」
ずっとセージバルから離れなかった優にとってはこういった細やかな会話や楽しみが心を躍らせるには十分な出来事であった。
2日後、外に出る為に開いたドアをそのまま閉めた。
「まじ……?」
それは来てからずっと視界が悪かった街を上回る視界の悪さ。視界以前に呼吸するのもためらわれる薄く色づいたガスの海。それを見た宿屋の店員は結城に声をかけた。
「お客さん、今日は出歩かない方が良いと思いますよ」
「ですねぇ、出歩きたくない感じです。良くなるんですか?」
「ここで一番大きい工場なんですが、数日に一回完全休業の日がありまして。連日の稼働で溜まった熱を外に逃がすのに使っていて、その日はこう言った日になるんですよ」
「これって出ても大丈夫なんですか?」
「いやぁ、大丈夫とは言えませんねぇ。この町の人間は基本的にこの日は外に出ませんし。どう考えても体には悪いですよねぇ」
「ですよねぇ、明らかにやばいですもん」
どうしたものかと考えていると、必要でしたらと店員が物々しい防護服を持ち出してきた。
「着ます?」
「……お願いします」
物々しい防護服を店員に手伝ってもらいながら装備した結城は、恐る恐る外へと出る。防護服のフィルム越しに見える世界は鉄錆色に濁っており、地面には舞い落ちた粉が薄く堆積し歩く度にザリザリとした音を立てた。20分程歩いて目的地に辿り着くもシャッターが降りている。これだけ粉塵がまっていると機械にも毒なのだろう。脇にある入り口に手をかけ、ノブを回すとすんなりと中に入ることが出来た。
「すいません」
中は視界が澄んでおり、結城は防護服の頭の部分を外した。
工場は何か作業をしているのか機械音や何かを打ち付けるような音、駆動音が響いている。少し奥へと進めば、何人かの作業員が仕事をしているのが見て取れた。
「あのー、すいませーん」
改めて声を掛けたことで気がついたのか、顔を上げた作業員が作業を止めて会釈した。
「なんすか?」
「ここにバイクの整備お願いしてて、今日様子を見に来るように言われたんですけど」
しばし考えた後に合点がいったのか、あぁと呟き大きな声を上げた。
「おっさん、バイクの客きたぞ!!」
まだ中では作業している人がおり、決して静かではない空間を裂く大声は程なくして自分のバイクを作った整備士をこの場へと呼び出していた。
「うるせぇぞ。天気の悪い日に済まなかったな。まだ終わっちゃいないが、こっちだ」
奥へと行く整備士の後を追い、中へと進む。奥まった部屋は狭く、そこかしこに様々な道具が散乱し尚狭くなっていた。その部屋の真ん中にある赤いバイクの周りだけは綺麗に片付いている。
「もうほとんど終わってるんだけどよ、まだ駆動系にかかる負荷やら動力の変換効率の調整が終わってねぇんだ。細かい調整だから明日には終わるよ」
「ありがとうございます。凄いですね、あれだけバラしたのに綺麗に組み上がってます」
「やってる内に思い出して、そっからはあっという間よ。完璧にしといたぜ」
自分のバイクをまじまじと見る。汚れや傷があった赤いボディはくすみ無く、控えめながら光沢を放つ高級感を感じる見た目となっていた。
「あぁ、そうだ。一回乗ってくれ、せっかくだから兄さんに合わせて細かい調整もするわ」
「はい? こうですか?」
促されるまま慣れた動作でバイクに跨るが、座面の感触に違和感を覚えた。
「何か座り心地が違いますね」
「かなり潰れてたからな、中身も変えておいたんだわ。三層式で座面は柔らかく、本体側は衝撃を受ける硬い素材。真ん中に受けた衝撃を緩衝する素材にしてんだわ。これが今の主流よ」
何度か腰を上げては降ろす事を繰り返し柔らかさを確かめていると整備士は楽しそうに笑う。
「いいですね」
「そうだろ? ちゃんと完璧にしたからな」
その含みのある笑みに若干の不安を抱くも見た目におかしい所はない。座り心地もハンドルのグリップも足元のペダルにも不快感を伴うような違和は感じられない。乗り心地を確かめる結城と並行して整備士は結城とバイクを見比べて腕を組み、唸り、そうだなぁと独り言をこぼしている。
「特に気になりませんし、調整しなくても良さそうですけど」
「車高を少し低くして、全長を長くしてる。ただ乗るだけでは気づかない調整が必要なんだよ。少し前に体倒してくれ」
グリップをしっかり握り体を前に倒す。肩から腕を通り体重がグリップへと流れていく。肘の位置が低いのか、結城は少しばかり肘に負担を感じていた。
「まぁ、そうなるわな。右のグリップ脇に赤いスイッチあんだろ、それを押してくれ」
見覚えのないスイッチを押してみると、ガコンと音を立てハンドルが一段下がった。
「おぉ?」
もう一度スイッチを押すと同じ音をたてて、ハンドルが一段上がる。
「兄さん、普段背もたれに寄りかかってハンドルに足乗せてたろ。背もたれを少し寝かせて寝やすいようにした。試してみな」
ハンドルを下げ、普段と同じ体勢を取る。体重を預けた背もたれは感触こそ硬いが僅かに沈み、ハンドルが下がったからか足が普段よりも楽な気がした。
「背もたれが少し柔らかいですね」
「あぁ、弾性のある木材を下地に使ったんだ。体重を預けたら少しへこむが押し返してくるだろ?」
「はい、いいですね」
「後はペダルの位置だな。もう一回足をおいてくれ」
置いた足とペダルを起点に脛、膝、太腿へと視線を上げていく。
「どうする、少し角度つけるか? 前傾になったら足首が少しきついかもしれないな。そうだな、ハンドルと連動して角度つけるか」
自己解決した言葉を確かめる為にハンドルを下げ、ペダルにしっかりと足をつける。確かにしっかり踏めば足首がきつい。だがそこまででもないと言おうとしたがやめた。足を見ていた彼が「やっぱきついな」と呟いたからであった。
「よしわかった」
立ち上がった彼ははっきりとした言葉を発すると、何でもないように結城を持ち上げバイクから降ろした。
「明日には出来るから後は都合いい日に取りにきな」
有無を言わせず先日と同じように結城を外へと押し出していく。そして何も言わずに笑顔を浮かべ、ガスの海へと放り出し工場のドアを閉めた。
「えぇ……?」
あまりに一方的な行動に思考が追いつかず声を漏らした際にガスを吸ってしまい咳き込んだ結城は、急いで防護服の頭の部分を被りとぼとぼと宿屋へと戻っていった。
天上教団のすすめ kazuki( ˘ω˘)幽霊部員 @kazuki7172
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