完全犯罪
葵卯一
第1話 完全犯罪の罰。
[完全犯罪]
これは本当は書くべき物では無いのだろう、勿論誰かに読ませる物でも無い。
ただ私の良心の呵責として死ぬ前に、老いて呆けてしまう前に残して置きたかったのだ。
だからつまらないと思ったらその場でページを閉じて欲しい、不快に感じたなら先に謝罪しておきたい。
私の人生は本当につまらない人生だった、学歴も無く仕事も・・・そんな事が言いたい訳で無い。つまらないならそれも私の人生だ、だからそれはもういい。
コレを読む読者に聞きたい、あなたは人を殺したいと思った事は無いか。
快楽のためでも無く金銭の為でもない、ただ自分が生きる為には殺すしか、排除する方法が無い場合、何とかして誰にもばれずに人を殺す事が出来たなら、そう思った事はないだろうか。
私には有る、いや、有ったと言うべきだろう。
この文章を書く事・経緯にいたったのも、私の両親がようやく他界したからだ。
ようやく誰かに知って欲しい、ただそれだけで私は書いている。
私には兄がいた、それも20年も前の事だ。
その時の家は父はすでに居らず、母と私を兄が古い借家で暮らしていた。
私は、まあ先に書いた通り学も無く、今は契約社員という一年更新の仕事にようやく5年の席を置き、仕事を覚えて毎日働く日々だ。
母もまた、学の無い人間でこちらも苦労して私達を育ててくれていた。
そして最後に兄がいた、私が幼いころに事故に遭い、脳と身体の半分を麻痺させた男だ。兄は毎日TVを着けて大音量で聞かされるそれを嬉しそうに笑い、そして身体をゆする。つまりは不自由な人間だった。
知っているか、不自由な人間を持つ家、家族の事を。
全てが彼の為に回り、彼の興奮・行動・食事・奇声、その全てに目を向け、そして耳をかたむけて世話をする。それが私の置かれた家だった。
そんな家だから私は家に居り辛く、学生時代はアルバイトと外出、とにかく家から離れたかった。
だが世の中は例の氷河期・超氷河期とも言える就職難で、学校の成績も悪い男が着ける職など皆無に等しかった。
営業と営業、自分でもよく解らない物を電話を掛けてアポイントを取って売りに行く。そこで売れないと上司という男に怒鳴られ、給料泥棒・恥さらし・根性無しと皆の前で叱責され頭を下げる、そんな日々だった。
それが2年、良く続いたと自分では思う。周りが辞めていく中、月にいくつかの契約を[この時は衛星放送の契約だったか]取る、そんな状況が続いていた。
世の中はどんどんネット社会に入りスマホと言う物が普及し始める頃だ、そんな契約をする人間は減って行く一方だ。
次ぎに会社から言われたのは浄水器の販売、数十万もする外国製[どこの国かは書かないでおくが]の大きいやつだ。
多分だれでも知っている事だろうが、そういう商材を扱う営業職は基本[困った時は自腹営業]つまり自分の給料で買う事が[推奨]される。
推奨とは言うが、簡単にいうと強い圧力を掛けられるのだ、『自分で買ってもいないのに、商品の良さをお客さまに説明できるのか!』とつめられる。
そんな高い物をいくつも買うほどの給料は無い、今までも歩合でギリギリわずかな貯金が出来るか出来ないかという物だった、だから辞めた。
趣味も無い、休みも無い、金も無い。この時の私に有ったのは、どれだけ眠る時間がとれるか、寝て起きてPCを開けネットを見るそんな日々の繰り返しだった。
実家暮らしで金らしい物は貯めていた、だが辞めて残ったのは数十万の貯金だけ。 欲張って株などに手を出したせいで400は有った金も今は記憶にしかない状態だった。
働くしかない、このままでは兄と同じになってしまう、そんな時に母が倒れた。
ただの風邪だった、癌や不治の病なんてドラマも無く、何のことも無いただの風邪。
だがこの家ではただの風邪でも大変な事になる、私は無職のままで数日兄の世話をして母の看病をする事になった。
洗濯・掃除・料理、そのくらいならいい加減出来る歳だ。だが不自由な人間の世話となれば話は違う。
大音量で頭が痛くなる、訳の解らない事で興奮して暴れる兄を、殴りたくなるのを我慢して押さえ付けるのだ。
飯をこぼしヨダレを拭き、トイレに行かせ、脱がし洗い着せ、そして喰せるのだ。
「何年もやっていたから」そういう母の顔は疲れ切っていた、だから季節の変わり目で仕事のない息子が増えて、気が滅入ったのだと解った。
2人分の大きい息子の飯を作る、それだけで心労が増したのだろう。
これを毎日繰り返して来たのだ、親子だから。
金の無い男は家にいる物だ、職安でまた営業職の募集を見て滅入り、そして就職情報紙に目を通し履歴書を書く、そんな事の繰り返しだ。外に世界に興味も無くなる。
(数十万も面接用のスーツを買い、靴を揃えてしまえば目減りする。それがいつまで続くのかも解らないから僅かな貯金も崩せない、だから家にいる)
だが結局の所、営業職のような切り捨て要員ならまだしも、他の業種となれば資格や学歴・経験が問われる。
身体と心をボロボロにしながらの営業職に資格を勉強するヒマなど有りはしない、今でいえば完全なブラック企業と言うやつなのだが、それを罰っする法律など当時は無かったと思う。(私がバカだから、知らなかっただけかも知れないが)
ともかく私は常にイライラしながら家にいる事になった、そう兄のつけるテレビの大音量でうるさい家にだ。
家にいることが長くなれば、それだけ家の中の事が解って来る。
働く事も運動する事も無い兄は不定期に目覚め、TVを付けボリュームを上げる。そして疲れ切った母が起きて面倒を見る。
私もその事を知ってはいた、が・仕事があるという事を言訳に見ないふりをしていたのだ。
昼間来るヘルパーは年嵩の女で、私を見る目はバカにしたような目で私を苛立たせた。あのヘルパーは私の家のこんな姿を見て笑っているのだ。
貧しく汚く哀れな家族を見下し、自分が中流階級である事を確認して安心を得ている、そう思った。
屈辱だった、なぜ自分がこんな侮辱を受けなければいけないのか。真面目に働き、会社の為に下らない物を売りつけ、時には客に追い払われ・上司に怒鳴られながらも働いて来た。
その結果が年増ババアの嘲笑、許せなかった。
その全ての原因が兄にあるとは思わない、だが貧しさの原因の一つは間違い無く兄だ。私と母が疲れ切っているのも、それも知らずに奇声を上げての奇行や、家を揺らすような地団駄、指を噛みヨダレを床に飛び散らせる男。
そして何より両親は私の事など相手にせず、兄ばかりの世話をしてきた。その母が倒れてしまえば、私はやつ面倒を見なくてはならなくなる。
(なぜだ、なぜ私はコイツの世話をしなくてはならないんだ)
『自分1人が生きて行くのが精一杯のオレが、なぜ?』
そう思うと私の頭の中は黒い感情が支配を始めた。『殺さなくてはならない』
ただし、私が兄を殺し、そして捕まる事は出来ない。家族・・・私を育ててくれた母に迷惑が掛かってしまう。
60近い母が住む場所を失う事など有ってはならない、たった一人になった貧しい高齢者に貸す部屋は無いだろう。それも人殺しの親に貸す部屋などに。
ならばどうするか、事故・病気・行方不明・それらはまず使えない、兄は家から出る事を特に嫌がるからだ、そして母もヘルパーもその事を良く知っている。
[毒]はどうだろう?・・駄目だ、不審死は解剖される。少なくともネットで買った事が解れば即逮捕されるだろう。
(・・・どうしようも無い、鈍器も包丁も家で使えば殺人だと直ぐにバレてしまう)
一度殺す事を考えだせば他の事には頭が回らない、やつが音を立てる度に殺意だけが込み上げる、大音量のTVから聞こえる笑い声で頭が沸騰しそうになる。
その場で殺しそうになる。
だから頭を冷やす為に外に出た、やつを殺す方法を落ち着いて考える為に。
そしてようやく絞り出したのは事故死・転落を装った殺人、やつを何とか連れだして車に乗せ、ドライブと称して山に向かう。
後は誰も見て居ない場所でヤツを下ろし、突き落とす、
『兄が急に暴れて車外に飛び出して勝手に落ちた』そう言って終えば証拠は何も無い。
兄の奇行は近所の人間も知る所だ。
職が見付からない弟が、気晴らしに兄を誘ってドライブする。どこにおかしな所があるだろうか。
次ぎに場所だ、ネットで調べると履歴が残る。だから古本の地図を買って調べる事にした。
古地図といっても平成の物、3年前の物だ。山奥の道路にそう変化がある筈が無い。
そして私には運転免許がある、営業の仕事で毎日使うような腕だ。峠を攻めるような腕は無いが、1日町を走って事故を起こさない程度には運転できるだろう。
(検問を受けたとしても兄弟だ、殺人が終わるまでは怪しまれる事は無いだろう)
後は・・・母だな、きっとまた倒れてしまうだろう。。。
それでもこの家から重荷が一つ減るのだから、きっと今よりマシな日常が送れるようになる。
・・・・・・・
場所探しから計画、行動を始めて数週間。後はレンタカーに兄をどう乗せるか、それだけが問題だった。
スタンガン・酒・ロープで縛り上げる・睡眠導入薬・色々考えたが、どれも証拠が残る。転落死した兄の身体から、それらの後が出てしまえば全てがお終いになってしまう。
だが結局そんな心配はいらなかったのである。
私は母が仕事に出た後、大音量でTVを付ける兄を置いてレンタカーを取りに行き、そして兄を無理矢理乗せ、そして車内のTVの音量を上げたのである。
(このうるさいのも今日で終わりだ)そう思うと口元が上がり笑ってしまった。
そして計画通り兄は、ガードレールの向こう側に行ってしまったのだ。
「なぜあんな兄を連れ出したんだ?」「殺すつもりだったんだろ?」
「解るぞ、重荷だったんだよな?」「過失致死、殺人じゃないんだ。正直に全部話してくれ」
警察に通報した私はそのまま参考人として連れて行かれ、尋問を受ける事になった。
だがそう何度も言われても『兄が勝手に降りて、落ちて行った』としか答えなかった。
そして私は次の日には解放されたのだ、私は知らなかったが車にはカメラが付けられ、そこに兄が自分からガードレールを跨ぎ、落ちた映像が残っていたからだ。
兄は笑っていた、昼の光りと周囲の森と坂に大声で笑いながら走り、こちらを向いて奇声を上げてそのまま落ちて行ったのである。
通夜は静かだった、憑きものが落ちたように脱力した母と涙を流すヘルパー、あとは数年に一度見るか見ないかの親戚が数人いたくらいだ。
「気を落とさないようにね」とか「大丈夫、天国でもきっと会えるから」とか「最後に兄弟で遊びに行けて喜んでいるから」とか的外れな事を言っていた。
棺の中の兄は綺麗に処理されて寝ているようだった、それを霊柩車に乗せて運び焼く、それだけの1日が終わると脱力した母は何も言わず骨壺に手を合わせ、笑い顔の遺影に何度も話しかけていた。
そう、事故死なんだ。ただそうなるように・そうなりやすい場所に私は運んだだけだ。
だがそれからずっと私の中に兄の顔が残っている、笑い顔もTVを消した時に怒った顔も、棺の中で眠って居る顔も全てが鮮明にいつまでも残っているんだ。
母は葬儀のあと1週間で体調を取り戻し、普通に働き始めた。そして私も兄を忘れるように深夜の清掃や大型冷蔵施設内でのピッキングで食いつなぎ、ようやく今の契約社員にもぐり込む事が出来き、貯金も出来るようになった。
静かになった家は普通の音量でTVが着けられ、母は朝ドラや隣国俳優のドラマを見てたまに兄の遺影を思い出すように眺めて手を合わせたりしていた。
そして母に迎えが来るころ、ボケ始めた母は私に言ったのである。
兄が不自由になった原因、幼いころ私と一緒に遊びに出かけ、私の代わりに車に跳ねられた事を。
「お前が小さくて・・まだよく解らない頃、父さんと母さんと兄ちゃんは一緒によく遊びに行ってたのよ。山とか森林公園とかにねぇ」
その時私は1歳か2歳、私はハイハイを憶えて動き回っていたらしい。
兄と父はボール遊びをしていて、母は疲れて寝ていたらしい
兄は道までハイハイしていた私を見つけて、止める為に走り。そして道路を僅かに外れた車に撥ねられた。
そのまま放っておけば私が轢かれていたと母言う、
「優しい子だったからね」
・・・そんなの知るかよ!なんだよ今更!オレが原因とか!
「オレが悪いってのかよ」母さん。
「ううん、アンタは悪く無いよ。アンタも優しい子だからね・・・」
その目はおれが兄を死に追いやった事を知っている目だった、少なくとも私にはそう見えた。
「ごめんね、アンタにも寂しい思いさせちゃって。
全部親の私達が悪いんだから・・・アンタを見て無かったアタシも、兄ちゃんを止められなかった父さんも、、、だからアンタはもう好きに生きていいんだ」
吐きそうだった、嗚咽と涙で息が出来なかった。
思わず『おれが兄貴を殺したんだ!』そう言いそうだった。
でも言わなかった、言えば母は間違いなく地獄に行く、そんな気がしたからだ。
「お兄ちゃんはアンタの事が大好きでね、アンタが生まれた時なんかアタシが寝てても良く見てくれていたんだよ。
可愛い可愛いってね、大きくなったら一緒に遊ぼうって言ってね」
それ以上は聞きたく無かった、オレは正しい事をしたんだ!
母さんの重荷を取って壊れた兄を家から取り除き、よく眠れる家・静かで落ち着いた家を・壊れた兄の将来を考え無くてもいい様にしたんだ!
それでもオレが悪いのか?全部オレが悪いって言うのか?
だれか教えて欲しい、オレが悪いなら断罪してくれ、正しい事をしたって言うなら誰かお前は間違っていないと言ってくれ。
母が旅立ち、一人になった。だからこの秘密を誰に知られても構わなくなった、だからここに書いてみる事にした。
私も母も口をつぐみ、母はもう証言することは無い。
そして私はもう捕まり有罪だろうと無罪だろうと、どうでも良くなってしまったのだ。
私はこの世で一人になってしまったから、私を責める人はもういない。
だから皆さんが判断してほしい、私の完全犯罪が本物だったか、私は無罪か有罪かを。
完全犯罪 葵卯一 @aoiuiti123
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