第5射

 「うぃ~っす。って、何やってんの。ふたりで」


 き、来た・・・


 「ライ。聞いてくれ。なんだか鵜飼の様子が変なんだ」

 「ふぅ~ん。何、恋とか?」


 は・・・?


 なに言ってんだこのチャラい先輩は。


 思わずバッと後ろを振り返って、


 「違いますよ!!」

 「はっはっは。まぁまぁ、そんなむきになんなって」


 ライ先輩がお腹を抱えて笑っているみたいだった。ほんと、この人は・・・・!


 ちょっと腹が立ったので自分から詰め寄った。


 「あのですね、チャラいライ先輩に用があるんですよ!」

 「ん、オレに?」

 「先輩、」

 「うん」

 「今、彼女っているんですか?」

 「口説いてんの?」

 「はっ倒しますよ」

 「おーおーこわいこわい」


 ライ先輩はひらひらと僕から距離をとった。


 「それで、どうなんですか?」

 「・・・いねぇよ」


 さっきまでへらへらとしていた顔がすっと真顔になった。口調もいつになく真剣な感じだった。


 ちょっと意外だなと思った。悔しいけど顔はそこそこカッコいいから。


 「そう、ですか」

 「・・・けど、」

 「ん・・・・?」


 ライ先輩が僕の目をじーっと見つめてきた。まだ、何か・・・?


 「・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・」


 え、ちょっと待ってほんと何なのこの人。


 「お前ってほんと可愛いな」

 「は・・・・・?」

 「あー、さっさと始めようぜぇ~」

 「あ、待て!」


 逃げられた。男子の先輩たちが着替えに使ってる部屋に飛び込まれた。


 「なんだったんだろうな」


 青木先輩が近づいてきて言った。


 「さぁ・・・」


 ちょっと引っ掛かるが、とりあえず仕事は果たした。これでいい。


 いい・・・よな。


 何となく感じ取れるものはあったものの、正確には分からなかった。いちおう、これも含めて話すべきかな。


 「ま、いいか」

 「さて、始めようか。鵜飼、的をつけてきてくれ」

 「はい!」


 僕が弓道場から去った後、ある人のこんな声が微かに響いた。


 「気になってるやつは、いるんだよな~」


 ****


 翌日の昼放課。


 「で、どうだったの?」

 「いないって」


 また射田さんがやってきたので例の件について話した。


 「けど、なんかあるみたいだった。これは、僕の憶測なんだけど、ライ先輩、」

 「は?ライ先輩って?」


 しまった。いつも言ってるから。


 なにいってんだこいつという目で睨まれた。怖いよ・・・


 「矢吹先輩は、好きな人がいるんじゃないかな・・・」

 「・・・・・・・・」


 射田さんは、困惑しているような、喜んでいるような、複雑な表情を見せた。だがすぐに常のキッとした目つきに戻って、


 「は、あんたの推測でしょ」

 「だからそう言ったじゃん」

 「ま、私にもチャンスはあるかもしれない、ということか。ありがとう」

 「いや、待ってよ」


 そのまま去ろうとしたので引き止めた。まだ約束を果たしてもらっていない。


 「何よ?」

 「何よ、じゃないよ。約束、したよね?」

 「ちっ・・・・まぁ、いいわ」


 僕の方に振り返って、射田さんは言った。


 「知ってる?青威先輩、学校内ではクールでちょっと近寄りがたい人だと思われてるらしいわよ。実際、そんな感じの雰囲気出してるじゃない?話してみればすっごくいい人なのにね」

 「・・・・そう、なんだ・・・」


 僕は近寄りがたいなんて印象を受けなかったけどなぁ。でも、受け取り方は人それぞれだし、そういうものかも。


 「それからこれはおまけよ。青威先輩、小学校の頃にある人に出会ったことがきっかけで弓道始めたらしいわよ。それじゃ」


 、か。


 いい機会だ。少し昔に思いを馳せてみよう。目を閉じて、意識を過去に遡らせてみる。


 『ちあき・・・?じゃあ、ちーちゃん、って呼んでもいい!?』


 ふと、脳裏に浮かんだのはの太陽のような笑顔。


 顔、どんなんだったっけ・・・?ああ、やっぱり思い出せないなぁ。


 けど。


 目を開いて、窓の外に目を向けた。


 「あの笑顔、誰かに似てる気がするんだよなぁ」


 ****


 5月に入って、最初の土曜日。


 「うおっ、ここか」

 「だね」


 今日は市内の高校の弓道部が集まる大きな大会がある。当然、出るのは先輩たちだが僕たちも応援とか大会での作法を学ぶため、外部の弓道場を訪れていた。ここら辺はあんまり頻繁に来ないので、新鮮だった。


 結構、遠いもんなぁ。ちなみに近くにはライブとかが開かれてるホールもあります。都会といえば都会なので。


 「見ろよ千明。中東ちゅうとう大中東も来てるぜ」

 「うん。あっちは水陵すいりょうだ」


 中東大学付属中東高校。僕たちの住む地域にある私立の高校。僕のいた中学の人も何人か受験していたはず。

 それと、水陵高校は市内で有名なスポーツが強い高校。弓道もスポーツなので、結構強いところだと聞く。


 っていうか、会場開く前からこんなに来てるんだ。まぁ、僕たちも早く来てるんだけど。


 「こんなに弓持ってる人たちが集まってると、なんか変な感じだな」 

 「確かにね」


 あっちをみてもこっちをみても、袋に入れた弓を持っている人ばかり。ちなみに、弓を持っていくときは弦を一度はずしてから軽く弓に巻き付けてゴムでとめ、それから弓袋に入れるそうである。先輩たちが教えてくれた。

 それと矢は矢筒という入れ物に入れて持っていくという。弓道は一度に引くのは4本だが、予備を持っていくので6本。矢筒には肩にかけるためひもとマジックテープがついており、マジックテープは弓袋を取りつけるためである。そうすると、矢筒を肩にかけるだけで弓と矢の両方を持ち運びできる。


 けど、電車とかに乗るときは周りの人に当たらないように気を付けなければいけないようで、結構大変そうだった。あと、単純に目につく。「弓道か。カッケー」って言ってる人を見た。


 「お、今開いたらしいぜ」

 「行こう」


 弓道に情熱を込めた人達が競う戦いの場に足を踏み入れたのだった。


 ****


 キィィ、スパーン。


 静寂の中、弓の弦が弾ける音が響く。ちなみに弦音つるねというそうだ。弓道は基本静かな中で行うスポーツなので、応援は自分達の高校の生徒が放った矢が中ったときに「よし!!」と大声で叫ぶのみである。最初聞いたとき、結構びっくりした。


 待合室なんて大層なものはないらしく、荷物は会場内にあるちょっと広めの部屋に置いた。他の高校の生徒たちと共同である。


 今、僕たちは先輩たちの応援をしていた。観覧席は観客のためのもので、僕たちは矢取りをするために通る通路付近で射場の横から眺めていた。正直、ほとんど見えないので射場のどの位置にいるか、それと、的の位置を見て誰が放った矢かを判断するみたい。


  スパン。


 「「「よォし!!」」」


 隣の高校の生徒たちが叫んだ。そして拍手をした。4本中4本が中ることを皆中かいちゅうといい、皆中が出たら拍手をするのが慣例になっているらしい。


 すごいなぁ。僕なんか、1本中るかどうかだと思うのに。


 「的馬先輩、次中れば皆中だな」

 「うん」


 優助が小さな声で言ってきたので、僕も小さな声で返した。


 的馬先輩、あんまり居残りとかしてるのを見たことはないけと、すっごくよく中る人なんだよなぁ。まだ、射形しゃけいがきれいかどうかはよく分からないけれど。


 キィィ、と弓を引く音がして。


 ジャッ、という弦音が響いた。


 スパーン。


 「「「よォし!!」」」


 僕と周りにいた1年生、それから女子の先輩たちが一斉に叫び、拍手した。


 すごい。さすが部長だなぁ。


 ふと、青木先輩の方を見てみると穏やかに笑ってはいたものの、どこか元気がないように見えた。いつもの先輩は、結構活力に溢れた人なのに。彼女はじっと射場の方を見つめていた。


 先輩も、緊張とかするのかな。いや、当たり前か。人間だし。


 「青木先輩」


 近寄って、声をかけてみた。


 「・・・・・・・・」


 反応なし。反応、なし。


 仕方ないのでさらに近づいてから、もう一度名前を呼んでみた。


 「青木先輩」

 「わっ・・・あー、鵜飼か」

 「どうしたんですか。もしかして緊張とか?」

 「はは、誰に言っている。そんなもの、」

 「強がらなくていいですって。別に、緊張することが悪いことではないですし」

 「・・・・・そうだな。少し、緊張している。私は、先輩たちから信頼されているが、逆に言えば私が不甲斐なければそれでおしまいというわけだ。少々、プレッシャーは感じている。まだまだ私も鍛練が足りないようだな」


 そう言って先輩は苦笑した。


 少々、じゃないだろうなぁ。強がってるんだろう。けど、そういうところもカッコいい。


 「・・・先輩なら大丈夫ですよ。すっごく真剣に練習してましたし、誰よりも頑張ってましたから。きっと、大丈夫です」


 僕が励ますように笑顔で言うと、先輩は一瞬驚いたような顔をしてから、すぐにいつもの凛々しい顔に戻って「ありがとう。頑張ってくるよ」と言うのだった。


 昼過ぎから女子の試合が始まる。男子の試合が終わってからだ。


 応援してます。先輩。



 




 

 


 


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君のハートを射抜きたい 蒼井青葉 @aoikaze1210

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