第4射

 「せ、先輩にも・・・・・って、いるんですか?」

 「・・・・・・・」


 僕の問いかけに、先輩の表情が固まった。少しばかり目を見開いており、驚いたような表情だった。


 や、やっぱり僕、いけないこと訊いちゃったかな?


 どくん、どくん、と心臓の鼓動が聞こえる。


 沈黙が続いたが、しばらくすると、フフッと表情を緩ませて先輩は言った。


 「・・・いないよ、


 、か。


 笑顔は笑顔なのだけれど、先輩の表情にはどこか哀しさが滲んでいる気がした。


 「あ、もちろん美里やライ、それに君たちに見せる私の笑顔が心からのものではないわけじゃないぞ?」

 「分かってます」

 「ならよし!」


 先輩は腕を組ながら大きく首を縦に振った。首、痛くないですか・・・?


 「話は変わるんだが、」

 「は、はい」


 先輩の声音が変わった気がしたので、少しだけ身構えた。


 「君はよく・・・『可愛い』って、言われたりしないか・・・?」

 「え・・・・・?」

 「実はな、私もよく、『可愛いというよりカッコいいが似合う』と言われるんだ。間違いなく性別は女なのだけれどな」

 「先輩・・・・・」


 どういう反応をすればいいのか、よく分からなかった。


 「中学のとき・・・好きな人がいたんだ」

 「え、あ、はい・・・・・」


 唐突だな、と思った。けど、今ここで語る意味があるのだろう。


 「でも、その人は私のことなど男友達感覚でしか見ていなかった。正直、傷ついたよ。こんな、『男っぽい女』には誰かの彼氏になる資格などないんだって」


 驚いた。本当に。実は、僕にも似たような経験があるからだ。 


 「先輩・・・・・」

 「けど、今は大丈夫だ。幸いにも私の周りの人間は心優しいやつばかりだからな。美里には本当に感謝してる」


 言い終えて、ニカッと少年のようなまぶしい笑顔を見せた。


 先輩のこの笑顔、とても素敵だな、と心の底から思った。


 「それでな、昔私が好きだった人からも『青威はカッコいいな』と言われていたのだが、実はその言葉に内心ダメージを受けていたんだ」

 「はい」

 「私には何となく分かったぞ。鵜飼、『可愛い』とか『女の子っぽい』って言われるのが嫌なのだろう?」


 隠す必要なんてどこにもなかったので、素直に答えた。


 「あはは。まったくその通りです」

 「ま、安心してくれ。私がいる限り君のことを女みたいだなんて言わせはしない」

 「・・・先輩には、言ってもいいですか?」

 「ん?」

 「・・・カッコいい、って」


 突然、何も言わずに先輩が肩を組んできた。え、いや、近い・・・・


 「当たり前だ」

 「先輩、カッコいいです」

 「おう、もっと言ってくれてもいいんだぞ?」

 「調子に乗らないでください」


 僕の言葉を聞いて先輩がしゅん、とうなだれた。あ、ちょっと可愛いかも・・・


 「わ、私はな。こう思ってるんだ。『カッコいい女だって素敵じゃないか』って」

 「やっぱり、先輩は強いなぁ」

 「弓道は精神も鍛えられるからな。まぁ、最後に私が言いたいことはひとつだ」


 先輩は僕の右肩に回していた腕を離して一歩前に出た。そして振り返らず、背中越しでこう言った。


 「『可愛い男』だって存在していいんだぞ」


 一瞬、時間が停止したかのような錯覚に陥った。


 今までに、優助からも似たようなことは言われたけどいまいち心に響いてこなかった。


 けれど。


 似たような境遇の先輩から発せられた言葉は、不思議とすっ、と全身に染み渡ってきた。


 青木先輩はあんなにも堂々としている。自分の見た目を微塵も恥じてなどいない。


 だから僕も、堂々とするべきなんだ。


 軽く胸の辺りを触れてみると、じんわりと熱を帯びている気がした。


 「先輩」


 小さく息を吸って、


 「ありがとうございました!」


 頭を下げてお礼をすると、先輩は顔だけちら、とこちらに向けた。口許には穏やかな笑みがたたえられていた。


 「私にこんなにも長話をさせたのは、美里、ライ、的馬の3人以来だ」

 「え・・・・・?」


 最後に小さめの声で言ってから、先輩は射場に入って弓を引き始めたのだった。


 な、なんだったんだろう。最後のは。


 ****


 「・・・っと!・・・ちょっと!」


 ・・・ん?


 「ちょっと!」

 「ひっ・・・!」


 翌日の昼放課。気づいたら、席に座ってる僕の前に射田さんがいた。


 「何ぼーっとしてんの?」

 「い、射田さん。いや、別に・・・」


 昨日の先輩の言葉がずっと気になっているなんて口が避けても言えなかった。


 「まぁ、いいわ。あんたに頼みたいことがあるの」

 「ぼ、僕に・・・?」


 一体、何を。


 と一瞬思ったが、昨日の光景が脳裏に浮かんだ。


 「当たり前でしょ」

 「まぁ・・・・」

 「そ、その・・・・」


 なんか、顔赤い気がしますよ射田さん。


 ごそごそとしていて落ち着きがない様子を見せていた。


 「矢吹先輩に・・・・彼女、はいるのか、訊いてくれない・・・?」

 「・・・・・・・・・」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。もちろん、言葉の意味は分かっている。分かっているのだけれども。


 「ちょ、ちょっと!何か言いなさいよ」

 

 バン、と机を叩いてきた。やめてよ、びっくりするから・・・


 「何で、僕に・・・・・?」

 「何で?」

 「うん」

 「うーん・・・あんたが一番身近だから、かしら。あんたとは同じクラスだし」

 「そんな理由で・・・?」

 「どんな大層な理由を求めてたのよ?」


 まぁ、そうなんだけどね?

 

 「的馬先輩にでも、いいんじゃないかな。ほ、ほら、同学年だし、男だし、何か知ってるかもしれないよ」

 「・・・なんか、訊きづらいのよね。分かってるわよ。人を見た目で判断するなって言うのは」

 「ああ・・・・・」


 確かに、ちょっと近づきがたいっていうかそういうイメージはあるかも。


 それにしても、人を見た目で判断するな、か。


 「射田さんは、僕のこと、どう捉えてる?見た目とか・・・」

 「・・・何よ、いきなり」

 「いいから、答えてよ」


 訝しげな表情を見せたが、何だかんだ答えてくれた。


 「あんまり、知らないけど。見た目とか性格に女子っぽいところはある。けれど、やっぱり男、ってところかしら」

 「どうして、そう思ったの?」

 「あんた、確かに見た目はすっごく女子っぽいし、なんていうか雰囲気が柔らかいのよね。実際、あんたと話したいって子はいっぱいいたみたいだし」

 「う、うん・・・」

 「けど、あんた、見た目は弱々しいのにすごく根性はあるじゃない。ランニングはいっつも最下位でヘロヘロになってゴールしてるみたいだけど、走ってるときの顔、あれは間違いなく男のそれよ。それに、昨日なんかもトレーニングで体力ないくせに居残って先輩たちの練習観察してたじゃない」

 「・・・・・よく、見てるね」

 「人間観察が趣味なだけよ」


 そう言った彼女の視線は窓の外に向かっていた。


 ほんと、弓道部にはいい人しかいないなぁ。


 「で?」

 「で?」

 「とぼけないで」

 「ごめんなさい」


 確かにやり過ごそうとか考えてました。


 「気が進まないなぁ・・・・」

 「・・・・・・・」


 急に無言になった。何か考え事をしているらしい。


 「ど、どうしたの?」

 「・・・そうね。青威先輩についてのちょっとした話、聞かせてあげてもいいわよ?」

 「へ・・・・・?」

 

 口の端に薄い笑みを浮かべながら僕の目をじっと見ていた。


 咄嗟に顔を背けた。


 「・・・分かった」

 「ごめんなさい。やりすぎたわ。ありがとう。お願い」


 真剣な口調で謝罪と感謝の言葉を述べた後、すたすたと去っていった。


 はぁ。めんどくさいこと引き受けちゃったな。昔からこういうことばかり。


 でも、きっとこれが僕のいいとろ、なんだろうなぁ。


 暖かな春の風が窓から入ってきて僕の髪を揺らした。


 4月も下旬に差し掛かろうとしていた。


 ****


 優助に相談しようかとも思ったが、他ならぬ僕自身が頼まれたことなので、僕一人で訊いてみることにした。緊張するけど。


 放課後、気持ち早めに弓道場に向かった。着替えを済ませて、道場内に入ってみると、


 「ん、鵜飼。早いな」

 「せ、先輩・・・・」

 

 すでに青木先輩がいた。道着に着替え、弓を持っていた。


 「練習熱心なのは結構だ」

 「・・・・・・」

 「その顔だと、何か別の用事があるみたいだな」

 「あー・・・・・」


 思いっきり見透かされてしまった。僕って顔に出やすいんだろうか。


 適当に濁そうと口を開こうとした瞬間だった。


 「うぃ~っす。って、何やってんの。ふたりで」


 そう、ライ先輩が入り口から制服姿で現れたのだった。


 

 

 

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