第35話「対話と対立」

「いいかげんにしろおおお!」


 頭の中に直接響く音の暴力にしびれを切らし、ベルは叫ぶ。

 火竜の咆哮にも似た笑い声がぴたりと止まり、膝をついたままのベルと、地面に倒れた仲間たちはほっと胸をなでおろした。

 つかの間、火竜の巣にふつふつと煮えたぎる溶岩の音だけが静かに続いた。

 何事かを考える風に頭をもたげた火竜は、次の瞬間、周囲の魔法元素マナを使役し、身にまとう。

 赤い炎の輝きだった火竜の体は真っ白な魔力の光を放ち、凝縮すると人の形となった。


「どうだ、これでいいか?」


 ベルとさして変わらぬ身長だった。

 燃えるような赤い髪と、頭上にそそり立つ角に、火竜の名残りがある。

 古風にまとめられた髪を背中に垂らし、神話に出てきそうな仕立てのいい長衣ローブに身を包んだ少年が、のどのあたりを触りながら、ベルたちに尋ねた。


「どうだ? 何か答えろ。人間の声帯を使うのは人のこよみで八百年ぶりなんだ。ちゃんと聞き取れているか?」


「……あ、あぁすまない。ちゃんと聞き取れている」


 立ち上がったベルが代表して答える。

 おしりの塵を払って立ち上がったヒルデガルドと、鎧の人物を助け起こしたサシャが、恐る恐るうなずいた。


「それで? お前らはどんな理由をもって、崇高なるわれの散歩を邪魔したんだ?」


「それは――」


「――よく考えろよ、定命じょうみょうの者。理由いかんによっては、その命を散らすことになる。心して答えろ」


 火竜の黄金色の瞳孔は狭まり、ベルを見据える。

 少年の姿をもってしてもなお、この存在は永遠とも言える命を持つ暴虐の王、火竜リントヴルムなのだと思い知らされた。

 今は放たれていないはずの熱の幻影に、カラカラになった喉がゴクリと鳴る。

 それでもベルは雄々しく胸を張り、自信をもって答えた。


「人が」


 ちらりと視線を鎧の人物へ向け、自らの矜持を確認する。

 あの日、世界最強の冒険者からもらった言葉が鮮明によみがえり、ベルは少しだけ笑った。


「人が……殺されかけていた。冒険者はすべての人類の盾であり、剣でもある。だからオレたちは来た」


「……それだけか?」


「あぁ、それが命をかけるに値する、オレたちのだ」


「もう一度聞く。たったそれだけの理由で、その矮小わいしょうな体をわれ――暴虐の王、火竜リントヴルムの前に投げ出したっていうのか?」


「バカバカしいと笑ってもらって構わない。だけどそこを曲げてしまえば、オレたちは冒険者ではいられない」


 彼らは未だ冒険者という身分にはない学生である。

 第一層レベルにすぎないベルだったが、その言葉には冒険者としての覚悟が、あふれ出さんばかりにみなぎっていた。


「ほかの者に言い分はあるか?」


「余は特にない。下々しもじもの者が困っておるなら、貴族は助けねばならぬ。当然のこと、そういうものじゃ」


「ほ、ぼくは……そ、そんなに高潔な志はも、もってないけど。し、親友が死地に赴くなら、きょ、協力は惜しまない……です」


 三者三様の理由を聞き、火竜は面白そうに笑顔を浮かべている。

 しばしの間を置き、火竜はその黄金の瞳を鐘の人物へ向けた。


盗人ぬすっと。お前にも申し開きの機会をやろう。われは寛大だからな」


 ベルたちの視線も、鎧の人物に集まった。

 今まで黙って立っていた鎧の人物は驚いた様子だったが、覚悟を決め、兜を脱ぐ。

 おぼれた人間が水面に顔を出した時のように「ぶはぁっ」と息を継ぎ、兜を抱えた。

 あふれ出す小麦色の髪。

 汗にまみれた顔。

 意外にもその顔は、未だあどけなさを残す少女の顔だった。


「盗人っとは人聞きが悪いね。あたしは人間の作った坑道に、ヒヒイロカネを掘りに来ただけよ!」


「ここはわれの散歩道。人間ごときが足を踏み入れていいわけがないだろう」


「それ誰が決めたわけ? たった五年前までここは人間の坑道だったじゃない」


われが決めた」


「あんたがどんだけ強くて偉いか知んないけどさぁ! 気まぐれで人のテリトリーを侵さないてくれる?! あんたの気まぐれで、今までとれだけの家族が職を失って離散したかわかってる?!」


「弱いものは強いものに屈する。自然の摂理だろう」


「はぁ?! あんたケダモノ?! 理性とか協調性とか持ち合わせてないわけ?!」


 思いもよらない言い合いに、ベルたちは顔を見合わせる。

 火竜のブレスにも耐える高品質なアーティファクトを持つ少女と、暴虐の王と恐れられる伝説の火竜。

 その間に、ベルは仕方なく割って入った。

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最強の傭兵部隊で育った少年は、冒険者学園を平凡な成績で卒業したい 寝る犬 @neru-inu

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