第34話「暴虐の王」
カールと別れ、つるつると滑りやすい火竜の巣穴を、ベルたちは全速力で走った。
遠く、少し湾曲した道の先に明かりが
小さいと思われたその
すでに周囲には熱気が満ち、呼吸するだけでも肺が焼ける。
「大地の子らよ、深き
打撃以外への防御力を数段上げるサシャの
刹那、体感温度は通常に戻る。
同時にヒルデガルドの契約している風精霊の加護が辺りに満ち、ベルたちの呼吸も滑らかに通るようになった。
「ベ、ベル。ぼくのリュストゥングは三十分しか、も、持たないよ」
「問題ない。そもそも火竜リントヴルムと、そんなに長時間戦闘を続けられるとも思わないしな」
「そうじゃな。理想は一撃離脱といったところじゃろ」
うなずき合い、熱源へ向かって真っすぐに走る。
そのころには、地面を轟かせるような火竜の唸り声と、「うわあああああ」という情けない悲鳴がよく聞こえるようになっていた。
ゆるやかな曲線を描く竜の巣の先に、 目指す暴虐の王の姿が見える。
うろこの一つ一つがルビーのごとくつややかに輝き、ベルたち三人を並べたほどの大きさの牙が並ぶ頭部がその先に乗っていた。
ゆっくりと口が開き、漆黒の闇の中に赤い火が灯る。
一瞬ののち、粘性の高い炎がほとばしり、まっすぐにとんだ。
「うわあああああ!」
同時にこだます情けない悲鳴。
ベルたちほと距離が離れていても、魔法の守りが無ければすでに消し炭になっているであろう気温の中、不思議な色の鎧をまとった人影が炎の中から転がりだした。
「ベ、ベル! い、生きてる!」
「まだな」
ベルはさらに踏み込み、一気に火竜の尾の先へと向かった。
矢のような速度を保ったまま、火炎のにじむ体表を駆け上がる。
リュストゥングをもってしても、ベルのブーツの底が「じゅっ」と音を立て、焦げ臭い煙が一歩ごとに立ち上った。
獲物を求め、低い位置まで下がっていた首をそのまま駆け降りる。
その体に小さな人間がとりついていることに火竜が気づくころには、もうベルは頭のすぐそばにまで達していた。
首の硬いウロコに向けて、石畳を割るほどの踏み込み。
そしてベルの体の何倍もある巨大な眼球へ渾身の拳を放つ。
ベルの捨て身の攻撃は、しかし寸前で薄い金属のような「まぶた」に遮られた。
――ガツッ
巨大な岩壁をたたいたような衝撃。
拳の骨が砕けたかのような痛みに、顔をしかめる。
同時に、急激に持ち上げられた頭に振り回され、ベルは吹き飛んだ。
一瞬の浮遊感ののち、地面にたたきつけられそうになったところを、ヒルデガルドの風魔法がすくい上げる。
ふわりとまではいかなかったか、ゴロゴロと転がったベルは、すぐに立ち上がることができた。
“……今日は客が多いな”
全員の頭の中に声が響く。
初めて聞く声、知らない言葉なのだが、意味は直接理解できた。
火竜の瞳がベルを見据える。
たったそれだけで、なけなしの決意と勇気を無造作にむしられるような感覚がベルを襲った。
“頭が高い。 控えよ”
言葉の圧力に サシャと鎧の人影はつぶされたかのようにひれ伏す。
さすがのベルもをついたが、意外にもその強大な力に、ヒルデガルドは踏ん張り、耐えた。
”ほう?”
驚きの声と称賛する気持ちが頭に響く。
ぐぐぐ……と力を込めて背を伸ばし、胸をそらせたヒルデガルドは、腰に手を当て高らかに声を上げた。
「なにを申す! 余はヒルデガルド・ルイーゼ・フォン・ウィルヘンベルグ! ドゥムノニア王家に連なるものぞ! そちこそ頭が高いわ!」
ヒルデガルドの覇気に呼応して、小さく噴き出す声が頭の中に響いた。
驚き。愉快。興味深い。
様々な感情が脳を揺さぶる。
“ぶっ……くくっ……ふふっ……わはははははは!”
突然の笑い声に、一度は耐えたヒルデガルドも尻もちをつく。
ベルは耳を押さえたが、頭の中に直接響く声は止められない。
結局火竜の息が切れるまで数分も、ベルたちは「暴虐の王」の笑い声を聞かされる羽目になった。
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