第26話 俺はこれが青春だなんて絶対に認めない

 外は既に薄暗い。稜線りょうせんにわずかに日が顔を覗かせているくらいで、もうじきに完全に沈むだろう。

 けれど、夜になるまでにはまだわずかに時間がある。

 夕闇の中を、歩いていく。


 反芻はんすうするのは勉強したことではなく、今日までにあったこと。

 中学から始まった後悔と、体育祭での一区切り。


 問い。

 青春とは一体なんだ。


 多くの人は言うだろう。それは、眩しいもので、輝かしいもので、勉強に悩み、部活動で汗を流し、学校行事に尽力し、たくさんの友人と、恋人と、一喜一憂し、飛ぶような時間を過ごし、笑い、泣き、時に成功し、時に失敗しながらも、確かな充実を得られる日々。


 そうかもしれない。

 けれど、そうじゃない。


 俺にとってのそれは、そんな甘酸っぱいものではないのだ。神子島に言った通り、その甘酸っぱさから甘さを一滴残らず搾り取った後の絞り粕。

 輝かしい青春を謳歌している連中の、背景を塗り潰し続けるのが俺の生き方だ。


 暗いかもしれない。寂しいかもしれない。なにも残るものがなく、いつか思い出すこともないのかもしれない。

 けれど、それでもいいのだ。俺はそれで満足しているのだから。


 だからこの体育祭は、俺は実に俺らしくなかったと言える。

 背景を塗る筆を置き、脚立を下りて、スポットライトに少なからず近づいてしまった。


 一生の不覚と言っていい。知ってしまったのだから。

 舞台の熱気を。努力の辛さと、報われる興奮を。

 青春の甘さを、わずかながらも感じてしまった。


 これが神子島の策略なら、実にしてやられたというものだ――結局のところ、やっぱり観客の声援は得られず、大きな賞賛も与えられなかったけれど。


 それでも、礼を言われた。

 助けてくれてありがとう、と。

 助けたかった女の子から。


 勿論、今回はたまたま上手くいっただけだ。具体的に俺がなにかをしたわけではない。舞台の中心で踊っていたのは、やっぱり神子島や堂島だった。俺がやったのは、せいぜいクランクインを告げただけ。

 だからこれは、違う。あくまでも例外なのだ。例外で、逸脱。


 この体育祭にまつわる出来事を、他の誰かが俯瞰してみたならば、そいつはしたり顔で言うかもしれない。提案して、協力して、成功した。苦労の末に栄誉を手に入れた。友達も恋人もいないけれども、内実はどうあれ主人公に羨望を向けられ、口は悪いが超絶美少女とそれなりに仲良くして。

 困っている女の子を、助けることができた。

 実に主人公らしい。これこそが青春だ。


 見ようによっては、確かにそう見えるかもしれない。だが俺は、断固として否定する。


 違う。

 誰がなんと言おうとも、これは青春じゃないのだ。


 御社みやしろはるかは青春しない。

 意地でも俺は認めない。


 だって、もしもそれを了承してしまえば……まるで主人公みたいじゃないか。

 主人公は忙しい。主人公は大変だ。主人公は波乱万丈だ。

 全てを受け容れるためには、俺の手はあまりに小さすぎる。


 だから、俺は主人公じゃない――ただ、手の中に残った仄かな充実は、否定しないから。

 もう、俺が主人公じゃないことを、言い訳にはしないし。

 もしまた目の前で困っている誰かがいたら、手を伸ばしてしまうかもしれないけれど。

 それでも俺は、意地でも認めない。

 一緒にしてもらっては困る。あいつらの眩しい青春と、俺の泥臭い生き様を――だから。


 俺は立ち止まって、いよいよ暗さを増していく空を見上げる。

 地平の傍に、一番星が見えた。暗い背景の中でこそ輝く星。やがてまたひとつ、もうひとつと煌きが増えていく。

 その星々へ向かって、口の端に仄かな笑みが刻まれているのを感じながら、満腔の意をもってこう叫ぶ。


 俺はこれが青春だなんて、絶対に認めない。

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