第2話 財宝は日本に眠る?
―――数日前―――
晴れ渡る空の下、伊豆半島の海岸沿いを一隻の小型船が航行していた。船に乗っている三人のうちの一人が地形図と海岸を見比べている。一人は船を楽しそうに操舵し、もう一人は海岸をライフルのスコープで観察していた。
「颯斗、瑞葉、何か見つけたか?」
操舵中の男が二人に話しかけた。
「いや、特に変わった感じはないな。聞き込みで手に入れた情報だともう少し外洋か……」
地形図と海岸を見比べていた男が返答する。
「こちらも特に見つけられません。この辺りはまだ釣りをしている方がいますね」
少女が言うように、このあたりの海岸や小島には釣り人が散見された。特に変わった様子のない、何気ない休日の風景だった。
「しかし幽霊ねえ。まあ当時の人からしたら得体のしれないものだもんな」
先日、協会が新たに公開したデータの中に、高知県にて行われた元大地主の墓地の発掘調査結果があった。県道の改修工事中に見つかり、去年調査が行われた。大地主とはいえ墓地の装飾品は大層なものではなく、地主の私物や功績をたたえるものなどが大半で多くの協会関係者が落胆したことだろう。自分もはじめは朝食時に軽く流し読みするつもりだったが、日誌の内容に気になる情報を見つけた。
『座礁した幽霊船の船員を救助し、船の修理を援助した。』
高知県沖は昔から漁師などによる幽霊船の目撃情報が絶えなかった。そのほとんどが信憑性の薄い情報だが救助し、修理まで手伝ったというのだから幽霊船かどうかはさておき実際に起きた事例であることは間違いないだろう。
日誌には救助対象者はほとんどが青白い肌をしていたこと、よくわからない言葉を話したこと、手助けの謝礼にいくつか装飾品を受け取ったことなどが書かれていた。
早めに朝食を終わらせ、書斎へ戻った。協会のデータベースへアクセスし、日誌に書かれていた日付、海をもとに検索した。検索結果は数百を超えており、さらに航海日誌で絞りこむ。いくつかに絞られた検索結果の中で、一つ目に留まった情報があった。
『インド洋にて拿捕 海賊 航海日誌』
内容を確認すると、1703年にインド洋にて拿捕された海賊船の船員の航海日誌のようだ。驚いたことにこの船員は自分がウィリアムキッド専属の航海士だと話したそうだ。香辛料などの調達ルートを獲得するようキッドに言われ、インドへ向け航海していたという。
ウィリアムキッドはもともとイギリスの許可を得て敵国の船を襲撃する私掠船の船長だった。しかし海賊行為を働いたとして裁判にかけられ、最期は処刑されてしまう。その処刑は1701年に行われたため、この航海士の話は信憑性が皆無と判断され彼もまた処刑されてしまったようだ。またこの航海日誌は大部分が破損しており、地名も聞いたことがない地名が多く登場するため偽物だと判断された。
「そしてその航海日誌には大地主が幽霊船を救助した日付と同じ日に座礁し、現地住民の助けを借りたと書いてあったわけか」
話を聞いていた春が相槌を打つ。話している間にも船は半島の先端付近へと進んでいた。この辺りは釣り人も減り、航行する船も見当たらない。
「そう。そしてそれまでの航海日誌から逆算して導き出したのが伊豆半島ってわけだ。しかもそれだけじゃない。航海日誌によると伊豆半島はキッドたちのアジトではなく、本土から生活必需品を補給するための中継地点で、本拠地はどうやら別の島にあるらしい」
地形図と海岸線を見比べる。特段変わった場所はまだ見つからない。中継地点というからには彼らの移動手段である帆船が停泊できるような場所があるはずだ。かなりの大きさのため、漁師などに見つからないよう洞窟や船隠しのような入り組んだ地形があると踏んだのだが……。
「ですが衛星写真で確認したところ、船隠しのような地形は見当たりませんでしたね。帆船を停泊できるほどの洞窟となると沖からでも確認できそうなものですが……」
瑞葉がスコープのフォーカスを調節しながらつぶやく。彼女が言うように、衛星写真、地形図を見てもそれらしい場所は確認できなかった。航海日誌の情報がずれている場合はもちろんあるし、そもそも航海士がほら吹きだった可能性も否定できない。しかし―――。
「まあこの辺りは波が荒いから海岸浸食で崩れた可能性もある。そこでこのあたりの情報を調べてみた。そしたらなんと、ここ20年で釣り人が26人も行方不明になっているんだ。そして極めつけは、その行方不明者を捜索していた救助隊も、行方不明になっている」
「多いな」
「多いですね」
春と瑞葉が即答する。
「だろ⁉この辺りに何かあるには間違いない。まあキッドと関係があるかどうかは怪しいところだけどな」
だいぶ外洋へ近づいてきた。航海日誌の通りだとこのあたりのはずなので、船を海岸へ近づけてもらう。海中に隠れた岩が多いため、春が慎重に舵を取る。
すると、スコープを覗いていた瑞葉が声を上げた。
「颯斗さん、11時方向の岩場、内側へ入り込んでいませんか?」
瑞葉が示す方向を双眼鏡で観察する。海面からいくつもの岩がせり出している向こう側に、波が内側へと入り込んでいる場所がある。水路となっているようだが、途中でカーブを描いているため注意して見ていないとただの崩れた崖のように見える。他の岩がうまく重なって見えにくいことも相まっているようだ。
「確かに。春、船を近づけられそうか?」
「OK!ちょうど今から満ち潮に変わるまで、30分くらいなら大丈夫なはずだ」
早速春が船を操舵し、海から飛び出た岩をすり抜け海岸へと近づける。後になって気づいたが、航路を選べば大型な船でも海岸へ近づけられそうだ。海岸へ近づくと水路は思っていたよりも大きく、奥へと続いていることがわかった。水深もある程度あり、中へは問題なく入れそうだ。
「こりゃ驚いたな……。船がそのまま入れるくらい大きいなんて……。見ろ、天井は木を無理やり曲げて塞いでやがる」
春が言う通り、天井は吹き抜けとはなっているが、木が覆いかぶさり、上空から見えないようになっていた。海側からも天井があまり見えないように、ロープで結びつけていたり畑のようにエリアを区切ることで人為的に木の伸びる方向を変えた跡が見えた。
「間違いなく人の手が入っていますね。これだけ水深も深く、天井も高ければ帆船を格納することもできたかもしれません」
瑞葉がスコープを覗きながら話す。確かに、ここまで大きな空間なら帆船も問題なく格納できただろう。はじめは第二次世界大戦中の日本軍の基地かと思ったが、コンクリートなどの近代的な人工物が見当たらず、木製の花壇や荒く削り取られたような水路を見る感じだと違うようだ。
「水路も結構奥まであるな。差し込む光が少い…。もう少し明かりがあれば―――」
突然、操縦席付近で甲高いアラームが鳴った。春が素早く船を停止させようとしたが、船体に大きな衝撃が走る。
「なんだ⁉」
水しぶきでずぶぬれになりながら船底を覗くと、太い杭のようなものが海底から突き出ていた。幸い杭は側面をかすめたのか、船底に穴が開いたわけではなさそうだ。
「悪い!金属探知機の感度を港から出た後上げるのを忘れていた」
春が船を操舵しながら謝る。
「大丈夫だ、瑞葉もけがはないか?」
瑞葉も春も、けがはなさそうだった。
水中カメラを準備し、船底の様子を覗いてみた。水深は8メートルほどあり、広さも20メートル以上はある。奥行きは光量が少なく見えづらいが、奥でもう一度カーブしていることを考えると、かなり奥行きはありそうだ。
先ほどの杭を確認する。海底に固定された木組みの装置のようなものから伸びていた。基本材質は丸太となっていて先端は金属を被せた円錐形。発射された速さはわからないが、先ほどの衝撃を考えるとまともに食らえば船底に穴が開くことは間違いないだろう。
「これは……侵入者を防ぐための防衛装置でしょうか?」
瑞葉がモニターを覗きながらつぶやく。
「そうだな。根元の木組みから伸びたこの棒が強く押されると中でトリガーが引かれて杭が発射される仕組みだろうな」
カメラで確認したところ、海側に合った装置はすべて発射された後のようだ。海底を見ると、いくつもの小型の漁船が海底へ沈んでいた。春が眉をひそめる。奥側にはあと3つ、未作動の発射装置が残っていた。
「つまり今までの行方不明者はこいつにやられたわけか。今は海がおとなしいから平気だが、潮の流れが変わったらここに近づいた船は奥へと流されるだろうな」
春の推測通り、何人かの行方不明者はおそらくこの装置で船を失い、外洋へ向ったとしてもこの海域では泳いで港へ戻ることも、海岸が崖になっているため歩いて戻ることもできなかったのだろう。
「とりあえず、残りの装置を解除しないと」
船着き場が海底に沈んでいることを考えてボンベを持ってきていてよかった。そこまで長時間ではないだろうから、服を着替え、口にくわえられる小さなボンベを取り出す。この小ささでも25分の潜水が可能だ。とりあえず装置をわざと発動させ、奥にあるであろう船着き場へ船を停泊させる。潮の流れが変わるまであと23分。あまり時間は残されていない。
「気を付けてくださいね。罠があれだけとは限りませんから。私も船上で待機していますから何かあったら呼んでください」
そういった瑞葉の手には水中銃が握られていた。普通の銃弾は水中で急激に減速してしまうが、この銃はガス圧で銛を発射する。連射こそできないものの水中ではかなり心強い。
「ありがとう。行ってくる。春を頼む」
瑞葉はコクリと頷いた。
「いや俺が守るほうだろ普通。まあいい。行ってこい!」
操縦席で春がヤジを飛ばす。
「わかったよ。もしゾンビでも出てきたら瑞葉を頼んだぞ」
そう言い残して海へ飛び込んだ。
冒険少年はラテン語で書かれた資料が読めない radon @radon_
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