冒険少年はラテン語で書かれた資料が読めない
radon
第1話 プロローグ
掴んでいた岩が、崖から勢いよく剥がれ落ちる。
「―――!」
慌てて隣の岩棚へと逃げ込む。雨で濡れて滑るが、どうにか一息つけそうだ。
「くそ、なんなんだよあいつら…。まるでゾンビじゃないか!」
恐る恐る崖上を確認する。無数の人影がゆらゆらと崖下を覗き込んでいるのが確認できた。遠くて良くは見えないが、黒いオーラのようなものを纏っているようにも見える。
「……装備を忘れなければ、まともに戦えたかもしれないが……」
ショルダーホルスターからリボルバーを取り出し、内部の水滴を吹き飛ばす。廃莢し、リュックのポーチから代わりの弾を取り出した。残数も確認。リボルバーの弾はまだしばらくはもちそうだ。
P99は予備マガジンが一本しかない。水が内部に侵入している可能性もあるので、出来れば一度分解してメンテナンスしたい。ひとまずリボルバーを再装填する。
「とにかく
リュックからトランシーバーを取り出す。
「こちら颯斗!瑞葉、春!聞こえるか⁉︎緊急事態だ!こちら颯斗!瑞葉、聞こえるか⁉︎」
少し間をおき、トランシーバーからノイズ混じりの声が聞こえて来た。
「颯斗さん、こちら瑞葉です。どうかしましたか?」
「瑞葉!良かった無事だったか。春もそばにいるか?」
リュックの中から地図を取り出す。
「颯斗、やばいやばいぞ!この島には何か恐ろしい生き物がいる!人間じゃない、何かが!」
すぐ横にいたのか、春の少し慌てた声も聞こえて来た。この様子だと、瑞葉達もあの生き物を見たらしい。瑞葉の感じからすると今すぐに危険が差し迫っている訳ではなさそうだ。
「春、俺も見たよ。遠距離武器なんかは持ってなさそうだったが、やたら攻撃的だった。そっちは大丈夫そうか?」
リュックの中身を整理する。瑞葉達と合流するか、このまま探索するか、どのみちここに長居はしたくない。
「颯斗さん、こちらはスコープで遠くから視認しただけです。まだこの建物の近くでは見てません。数も相当数いるようですし、一度合流しますか?」
慌てている春を押しのけたのか、瑞葉からの返答だった。あれがなんなのか分からない以上、迂闊に単独行動するのは危険だ。
「そうだな。一度―――」
身の危険を感じ、その場から前転。すぐさまホルスターからリボルバーを引き抜く。間髪入れず、音を立てて何かが落下して来た。
よく資料で見た、17世紀から18世紀頃の海賊。着ている服はボロボロだが、腰に下げたサーベルや自分たちがこの島に来た理由を考えると、間違いようがなかった。
そいつが獣とも人間とも違う”鳴き声”を発した。上から落下してきたと考えるとかなりの衝撃だったはずだが、こちらを見つけると這いつくばりながら向かって来た。
肉は爛れ落ち、屋外にも関わらずとてつもない腐敗臭が漂ってくる。叫んだ拍子に見えた額に眼は無く、代わりに赤黒い光が宿っていた。
サーベルを掴もうとする右肩へ向けて発砲。衝撃に耐え切れず、右腕が宙を舞う。それでも構わずこちらへ向かって来た。
額へと銃口を向ける。彼らの時代にも銃はあったのだろうが、止まるそぶりは見せなかった。
躊躇なく引き金を引く。腕に重い衝撃。そいつの頭だったものが辺り一面に散らばった。
「颯斗さん⁉︎大丈夫ですか⁉︎颯斗さん⁉︎」
トランシーバーが銃声を拾ったのか、瑞葉の驚いた聞こえてきた。
目を逸らさずに銃を構え続けるが、どうやらそいつはもう動かないようだ。黒いオーラが薄くなっていき、空中へ霧散していった。なおも呼びかけている瑞葉に応えるべく、トランシーバーを手に取る。
「こちら颯斗。上から落ちて来たゾンビの相手をしていた。怪我は無し。問題はない。やっこさん頭以外への攻撃はあまり意味がないらしい。頭を撃てば瑞葉たちの武器なら問題なく無力化できるはずだ」
トランシーバーを胸ポケットに掛け、銃を向けたままそいつの亡骸を漁る。
「無事でしたか。良かった……。私もそちらへ向かいます」
「いや、大丈夫だ。それよりさっき見つけた地図によると島の西側に大きな建物をがあるらしい。中間地点だし、そこで落ち合おう。早めに島から脱出した方がいいかもしれない」
身につけているものはどれも損傷が激しく、軽く触るとボロボロになるものが多い。サーベルなども興味はあるが、持っていくほどのものではないだろう。
ふと、髪の毛に結ばれている小ぶりなコインを見つけた。表には3本の線、裏には天秤のマークが彫られていた。階級か何かだろうか。この島では思っていたよりも大きなコミュニティーが形成されていたのかもしれない。
「わかりました。では春さんと向かいます。島の西側の……岬の根本あたりですか?」
「そう、そのあたりだ。地図を見た感じだとかなり大きい。塔もあるようだから簡単に見つけられると思う。気を付けて。春、瑞葉を頼んだぞ!」
「任せろ!颯斗も気をつけろよ」
「颯斗さんもお気をつけて」
リボルバーをホルスターにしまい、リュックを背負う。ここからしばらくは険しい道のりになりそうだ。先ほど取り出したヘッドライトを頭につける。雨は収まってきたが、あたりはだいぶ暗くなってきた。濡れた崖を移動しなければいけない。滑り落ちないといいが……。
「よし、行くか……」
深呼吸をし、手袋をはめなおす。意を決して岩を掴み、忘れ物がないか岩棚を振り返った。
奥に洞窟があった。
「これは……通れる感じかな……」
掴んでいた岩を離し、洞窟に歩み寄る。濡れた手をかざすと、内側へ風が吹き込んでいくのが感じられた。近くの低木をなたで切り、即席のたいまつを作る。
灯をともし、洞窟内を照してみると、人が通るには十分な広さがあるようだ。緩やかな登りになっていそうだが、地面が段状になっており、登れなくはなさそうだ。少し進むが、有毒ガス検知器は静かなままだった。
「このまま地表まで続いていてくれよ」
地下洞窟にさっきの奴らがいないことを願って歩みを進めた。
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