お風呂でジンテーゼ

帆多 丁

愚かな人類のアンチテーゼ

「ただいまー」

「おかえりー」

「ごはんにする? お風呂にする? それとも私?」

「令和よ?」

「ごはんにします」

「自問自答なんだ。今日はトマトとシーフードミックスのリゾット」

「いいねー。疲れたー。運んでー」

「まって。いきなり首にぶら下がらないで。足バタバタしないで。靴はちゃんと脱ぐの」

「あとで揃えるからいいんですー。いけー。運べー」

「ぐ、ぬあああああっ!」

「え、そんなに?」

「ずしーん。ぐらぐらぐら。ずしーん。ぐらぐらぐら」

「やだ、そんなに?」

「うそ。楽勝。はい到着。われわれのコンフォートスペース、ダイニングルームです」

「ワンケー!」

「ワン・ディー・ケー。君が思うより稼いでるよ君は。では、着替えて来たまえ」

「はーい」



「着替えた」

「ごはんとリゾットよそった」

「ほかほかと湯気を上げるツヤツヤのごはん。トマトのお風呂で柔らかくほぐれたシーフードミックスと、その旨みがギュギュッとつまったスープ。そしてスープに隠れるプチプチの大麦! 隠し味はオレンジジュースですね?」

「そうだよー。詳細な解説ありがとう」

「えっへん。なぜ言葉にするかと言いますと、そうする事で私の味覚がターゲットを定め、君のごはんの味わいがまた深みを増すからであります。外側からの刺激に内側から名前を与える事で曖昧アイマイ模糊模糊モコモコとした認識に輪郭が与えられ、くっきりはっきりと私の心に刻まれるのです。幸せとはこういったモコモコの繰り返しの中から少しずつ集めたかけらの組みあわせなのです。では反対に、いま言葉にできなかったとして、それが幸せの総体を損なう事があるだろうか? いやない。例え今は言葉にできずとも、いつかふとした瞬間に言葉が追いついてくる事があるのです。あのとき私が感じた空気は、匂いは、心のさざ波は、こんなふうに言い表す事ができるのかと、まるで脳に稲妻が落ちたような衝撃と共に言葉がかっちりハマって世界のぉ! 解像度がぁ! 爆上がってしまいます! かのミヒャエルがその作中にて『言葉が熟する』と表したのは即ち! こういう意味だったのではないかと、私は閃きました今」

「冷めるよ?」

「いただきまーす」




「あれ? めっちゃ無言だね」

「全集中、食事の呼吸、一の型、三角食べ」

二品ふたしなだね」

「反復横食べ」

「おいしい?」

「んふふふふふ」

「よかった」

「ねー、大晦日の歌合戦で、呼吸のアニメの歌やってたじゃない」

「呼吸のアニメではないね。でもわかる。やってたね」

「それの次が『残酷な天使のせいで』だったじゃん」

「テーゼだね」

「そうそうそれ。それでここからが本題なんだけど、テーゼってどういう意味?」

「本題に使う単語を間違ったんだね。テーゼって、あれだよ。意見A」

「A?」

「うん。で、対する意見Bがアンチテーゼ」

「アンチどもが」

「憎しみは何も生まない。この意見AとBで議論して、よりよい意見Cが生まれたらたらいいよねっていう」

「なるほど。じゃあ意見CはBANテーゼ?」

「アカウント凍結を目指さないで。ジンテーゼっていうらしいよ」

「そっかー。じゃあアレは残酷な天使の意見Aに対して愚かな人類の意見Bが戦うアニメなんだね」

「いやっ……! あれ、意外とそういう事でいけちゃう? いやいやまさかそんな。どう解釈するべき……?」

「ごちそうさまでした」

「あ、お粗末様でした」

「ね? お風呂にする? 私にする? それともアニメ?」

「選択肢が増えたね」

「だって、どう解釈するべきか、見なおしたくなってるでしょ?」

「そうだけど……よし、じゃ、お風呂にはいって、それからアニメでいい?」

は?」

「それは……どこか……よろしいタイミングで」

「あらあらー。じゃ、お風呂いこっか。運んでー」

「はいはい、では、つかまって。よいしょ」

「んふふふふ」

「あ、ほっぺたに暖かくて柔らかいものが」

「私のテーゼです」

「……」

「ほらほら黙ってないで、アンチテーゼをどうぞ」

「……アンチテーゼ」

「んふふふふ。お風呂と私でジンテーゼ」

「ジンテーゼは、そういう、意味では、ないの」

「お風呂でジンテーゼしよう」

「聞いてる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お風呂でジンテーゼ 帆多 丁 @T_Jota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ