(終)
「え? 妖憑きになった?」
もう、一歩も動けなくなった椿を背負い叔父である境土の元へ帰ると、蕎麦屋は診療所と化していた。
至る所に負傷した戍狩と網目衆が手当てを受け、軽傷者は何故か厨で握り飯を作っていた。
大量の妖が雪崩れ込んだはずだったがと柊が訊ねれば、だからこそのこの有様だと、境土は疲れた様子で答えて聞かせた。
曰く。どうにもきな臭いことになりそうだったから、白刀の腕利きを暫く夜勤勤めにしていてくれと頼み、花火を上げたら駆けつけてくれと予め話をつけていた。とのこと。
だとしても、結局は大半を若草丸と共に屠ったのは境土で、改めて戍狩と網目衆が境土に向ける好感度が上がったという話を若草丸が半ば面白がって教えてくれれば、二階に案内された柊は、何があったのかと話をせがまれ、開口一番に妖憑きになったことを告げた。
そうなった理由も原因も包み隠さず話し、柊は勘当も覚悟に震えながら頭を下げれば、その頭に降って来たのは、厳しい罵倒でも蔑みの声でも落胆の言葉でもなく、
「よく、頑張ったな」
労いと、温かくて大きな手だった。
止める間もなく嗚咽が漏れるかと柊は思った。
「偉大なる叔父を持つと嫉妬の一つや二つ抱くのは人として当たり前だ。問題は、お前がそれでも飲み込まれずに、その力を自分の物にしたことだ。だからこそ、嬢ちゃんも妖斬妃も沈根も無事にみんな連れ帰ったんだろ? しかも、沈根とお前は適合したんだろ?」
「はい」
と、声を震わせて答えれば、
《元々オイラの欠片が入っていたからな。それに、こいつの心は清々しくて気に入った》
見た目だけでいえば柊と歳も変わらぬように見える沈根が、柊の横で胡坐をかいて座りにっかりと笑って断言する。
「まさに棚から牡丹餅じゃねぇか。だから泣くな」
ぐしゃぐしゃと頭を掻き回されて、「はい」と柊は泣きながら答えた。
「今日はもう、お前も休め。後のことは起きてから考えればいい」
どこまでも器の大きな境土に許され促され、柊はそのまま突っ伏すように眠りについた。
(俺も少しは、恩人たちに恩返しができたかな)
と想いながら。
その耳に、
《充分じゃ》
と、満足げな妖斬妃の声が聞こえて来たなら、思い残すことはないとばかりに意識を手放した。
後日。体を酷使しまくった椿と柊は丸二日間眠り続け。目が覚めた後は二人揃ってろくに動けず、【揺り籠刀】たち三人に《二人は付き合わぬのか?》と散々からかわれ、境土に助けられる羽目になるのだが。そんなことが待ち受けていると知らぬ二人の寝顔を、しっかりと、【妖斬妃】と【沈根】を握り占めたまま安堵の表情を浮かべて眠っている人の子を、【揺り籠刀】たちと境土はただただ優しく見守っているのだった。
《終》
《揺り籠刀》を持つ者たち 橘紫綺 @tatibana
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