少しずつ読もうと思っていたのに、面白すぎて気付いたら読了していました。なんてことだ……
謎のセールスマンが悩める人に怪しげなアイテムを紹介するオムニバスという、往年のブラックユーモアホラーをオマージュした作品。
しかし本作のセールスマンはZ世代と思しきユルい青年で、章ごとの主人公たちが抱える悩みも昨今の風潮を反映したものであり、どれも今を生きる私たちにとって深い含蓄のあるストーリーになっています。
私個人のおすすめは2つめの『霊柩者』。
あまりに遣る瀬無くて哀しくて、泣いてしまいました。
セールスマン・大黒招吉のキャラがすごくいい。
漫画風の口の絵が描かれたマスク、若さと元気が取り柄みたいな謎テンション、ヤバい酒のペース。
更には不気味な「おいで、おいで——」。
彼が何者なのかよく分からないんですが、根本的に善人であるのは確かです。絶妙なバランスのキャラクター性です。
各章の悩める主人公の一人称で綴られる文章も、随所にどきりとするような表現があり、素晴らしいです。
ドライなのに艶っぽかったり、淡々としているのに些細な機微から大きな情動まで伝わってきたり。独特の質感で、癖になります。
その人らしい語り口が、血肉の通った人間の人生を追体験させてくれます。
どのお話も本当に面白かったです!
もっと多くの人に読まれますように!
ふいに現れる若い男。ビジネス・リュックを背負った自称セールスマン、大黒招吉。
いかにも使えなさそうなくせに、神出鬼没。そして、謎の商品をあなたに勧めてくる。
本作は連作短編の形式で、章ごとに主人公が変わります。そして彼らは、謎のセールスマン大黒と出会い、彼から不思議な道具を勧められるのです。
ちょっと不思議で、ブラック・ユーモア要素のある物語。
手放しで喜べる楽しい話ではないですし、文体も、WEB小説というより一般書籍の如し。内容も大人向けです。
グリム童話が案外残酷であるのに似て、この大人向け童話も残酷でありブラックであり、そして苦みがあります。甘くない飲み物を楽しめるようになった大人向けの小説。
ホラージャンルではありますが、恐怖を売りにはしていません。
が、読み込めば、その恐ろしさは十分に伝わるはず。人の内面の恐ろしさが、ここには描かれています。
題名から受ける印象、作中のセリフや登場人物の周りにある小物など、90年代にあった「あの」とつけたくなるアニメを思い出させますが、決してこれは二番煎じではなく、れっきとしたオリジナルです。
どこか不自由さを抱えている印象のある毎回の主人公の元へ現れるセールスマンは、ウソは決していわないし、人の揚げ足を取る事もない男。
依頼人の抱える不自由さは、あのアニメにある心の隙間などではなく、心では泣きたがっているのに感情や理性が邪魔をして泣けない事と感じられます。
笑いは大抵の人が我慢しない、怒りは割と多くの人が我慢しきれない中、泣く事だけは案外、簡単に我慢できてしまうから、かなりの人が大なり小なり我慢してしまっているように思える読後感です。
決して「めでたしめでたし」などとつけられない結末ではあるけれど、皆、どうしようもない不幸になって終わりましたとか、それを主人公が負っていた負債に対して過請求してるだろうといいたくなるような結末とかは、決してないものばかり。
私の中に残ったのは、ひとこと紹介の通り、アフタヌーンティーの良い香りの中、ビターチョコレートを口に含んだような印象です。
苦いけどチョコレート。
誰が見ても完璧な幸せてないけど、常にハッピーエンド。