ダンジョン探索@ヨコハマ

ノーコン@ヨコハマ浅層

 煌めくダンジョン、ヨコハマの浅層。

 大規模であるから右往左往に細い通路が伸びており、そこら中に元々は何某の店が開かれていたのだろうスペースが大量に存在している。空調も利いていて夏であろうと冬であろうと、ダンジョンの内部はそれほど過酷な環境ではない。

 出てくる魔物もミミックと、ゴブリンと、ラットだけ。俺の今までの相棒である鉄パイプだけでも十分対処できる。ダンジョンであるが酷く快適な場所。

 ダンジョンに大量の魔力がなかったなら、断然外の文字通りの陰鬱暗黒な世界よりも生活しやすいだろうこの空間は、いつも通り日銭を稼ぐだけの向上心のない同業者たちがぶらぶらと屯していた。


 ここはミミックたちが多数おり、魔物も脆弱。ミクの人型を取った状態での戦闘能力を見るのにはばっちりである、そう思っていた。しかし、俺はミクがいくらどんくさいとはいえ魔物で、そのうえミミックと言う力が強い魔物であるから、期待をしていたのだ。それが、間違いであったと気付くのは例の棲み処から出てすぐのこと。


「ミク……?」

 ミクの棲み処での、潤んだ瞳による精神的な徹底抗戦により勇猛果敢に奮闘したミクによって、瓦解した我が心の要塞は全ての穴という穴から白旗を上げた。理性では、無害なミミックが人の体に溜まった魔力を吸い取ってくれるという情報は絶対に伝達しなければならないと分かっていた。しかしプルプルと震えていたミクの姿に慈悲の心と脳の罪悪を覚える部位が訴えて、遂には黙認することを決意してしまった。

 だからこそ、今、共に手を繋いでダンジョンの中を歩いている。

 あれだけ震えていたのだから、仕方がないだろう。背信行為とさえ思える自身の決意。しかしその決意は、それを決した数分経った現在、すでに後悔し始めていた。


「んぅ?」

 俺の背後にいるミクは、ほんの少し前までの悲壮感溢れる表情をすでにどこかへ投げ捨てていた。アレが迫真の演技であるかと思えるくらい、今はケロッとしている。

 それどころか、だ。いつぞやの時のように口に藻掻くラットを入れている。「食べないで」と必死に訴えていたのが、幻であったかのように思える。


「いや、別に構わないんだけどさ」

 ミクはすでに五、六匹のラットを食べていた。

 ダンジョンの通路の隅で痙攣し、死に掛けている二匹のラットをいつの間にかに持ち込んだナイフで捌き、魔石をこちらに渡してから肉やらをもぐもぐ食べていた。

 それ以外の、ダンジョンの通路の隅を勢いよく駆ける生きのよいラットは、普段のトロさを感じられぬほどの俊敏さを以って捕獲し、今のように踊り食いにする。

 常に無表情で鉄仮面のミクが、一体なにをどう思っているのかは分からないけれどミクなりの食べ方があるらしい。良く分からないが生きの良いラットはおいしいのかもしれないし、死に掛けのラットの魔石は不味いのかもしれない。

 ともかく命乞い紛いな事をしていたミクは、食欲に任せた行動をしていた。


「ラットだけじゃなくて、ゴブリンにも目を向けてほしい」

 ちょうど目の前に現れた素手のゴブリン。

 緑色の肌に粗末な布切れ。しかしながら物語に出てくる様なゴブリンと違って悪臭はしない少し清潔なゴブリン。顔は、生理的嫌悪を呼び起こすものだけど。

 運よく、ゴブリンの中でも力の弱い個体。

 これならばどんくさいミクでも危なげなく倒せるだろうと、背後を振り向く。しかしそこにミクはおらず、少し遠くにゴブリンと俺に背を向けてラットめがけて飛んでいくミクが目に入る。

 一体、何をしているのでしょうか、ミクさん。


「……それ、あんまりおいしくない」

「さいですか」

 美食家ミミックはかく語りき。

 いや、まあ確かにラットの味もゴブリンの味も人間である俺には理解できないし、理解できる日が来ることもないだろうが、ゴブリンよりはラットの方が美味しそうに見える。だが、その、そういう事じゃない。

 口元で、きゅーきゅーとラットの鳴き声を鳴らし、その尻尾が溢れてしまっているミクは、そのまま立ち上がりこちらへと近付いてきた。


「ミクはコイツ、倒せるか?」

「たべれるけど、いまはむり。くち、ちいさい」

 そう言ってミクは小さな口を大きく上げる。小さな口の中にはなにもなく、綺麗なピンク色で……綺麗にラットを飲み込んでいてくれてよかった。しかし、たしかにゴブリンを食べることが出来るほどの口ではない。そもそも人間では一飲みは無理だ。

 いや、しかしそうではない。倒すというのは単に倒すという意味合いで、捕食すると倒すは同義ではない。なんだか、話がかみ合っていない。


「あのゴブリンを鉄パイプで殴れる?」

「…………わかんない」

 いままで一回も使われる事なくミクの腰にぶら下がったままの鉄パイプ。倒す、という概念をミクに教えるのには時間がかかりそうだったので、直球に殴らせてみようと思い鉄パイプを指さす。するとミクはオドオドしながらも鉄パイプを両手で持つ。

 どうにも不安である。両手でしっかり握り、ゴブリンに向かって鉄パイプを構えており、その姿にどこにも悪いところはあまり見えない。しいて言えば力が入り過ぎている程度。けれど、途方もない不安が募る。

 ミクの困惑気味の声が更に不安を煽るのだ。


「危なくなったらすぐ逃げて良いけど、一回だけ殴ってみてくれない?」

「……」

 じりじりとにじり寄って来る素手のゴブリン。正直素手ならば殴られる程度のことしかされず、痛いは痛いだろうけれど骨折まではいかない。そのレベルの相手に、ミクは割と大量の汗を流しながら、相対する。


「えいっ」

 ミクは鉄パイプを振り上げて勢いよくゴブリンに向かって振るう。

 そして次の瞬間、折れた鉄パイプがこちらへと吹っ飛んでくる。


「あぶねぇ!?」

「……むぅ」

 寸前のところで飛んでくる鋭利な鉄パイプをギリギリ避ける。心臓がバクバクと騒ぎ立てる中、しかしミクの方へと視線をやってみると霧消のゴブリンを目の前に硬直する姿が目に入る。心は未だに落ち着かないけれど、急いでミクの下へ向かう。


「ノーコンが過ぎるだろ!」

 手に持った折れた鉄パイプを不満げに眺めているらしいミクの横に掛けよって、殴りかかろうとしていたゴブリンを思いきり蹴り飛ばす。


「――おいしくないくせに、なまいき」

 やはりミクはどんくさ過ぎて戦闘要員にはならない。その事を確信した途端、隣でどす黒い雰囲気を纏ったミクが憎悪に満ち満ちた声色で何か言葉を紡ぎ始める。そして気付けばミクは、槍投げをするような姿勢で、折れて先端がとがった鉄パイプを構えていた。

 お、おい、ノーコンのくせに一体何をするつもりなのか。

 その問いは、間に合わなかった。


 鉄パイプが風を切る。反動で風圧が俺の顔やら耳やらを襲う。

 グゲェ。ゴブリンの悲鳴が上がる。

 見ればゴブリンの右半身が、爆発したかのごとく四散していた。


 良く分からないけれど、落ち着いてください、ミクさん。頼むから。

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やめてくださいミミックさん 酸味 @nattou

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