美羽

耳元でスヌーズ音が鳴った。

うるさくてウザいからすぐに止めて、そのままスマホの画面を確認する。

11時30分。いつもより少しだけ遅い起床。

今日もまた面倒な1日が始まる。


「…あ」


ダブルベッドのぽっかり空いた右側を見て、昨日までそこで寝ていたあの男のことを思い出す。

騙されていたことも二股されていたことも、腹が立つ。

でも、完全に嫌いにはなれない自分がいる。


今回はちゃんと好きだったんだけどな。

もうやり直せないか。


「早く忘れないと…」


そんな独り言がタワーマンションの広い一室に空しく響き、すぐに消えていった。



目を覚ました後は、しばらくベッドの上でごろごろしながらスマホを弄るのがあたしのルーティーン。

会社員みたいに決まった時間に家を出ないといけない、なんてことはないからすごく気楽に生きている。

お金だってそれなりにあるし。

何かに縛られるような生活なんてまだしたくないし、あたしには向いていないと思っている。


地元の友達のSNSは基本的につまらない。

お行儀よく並ぶアイコンはどれも似たり寄ったり。

結婚、出産、子育て。慎ましく堅実な暮らし。

田舎の狭い部屋にすっぴんで、幸せそうに笑っている。


羨ましさなんてものは微塵も感じていない。

妻だとか母だとか別の生き物になってしまったかつての友達の顔を見ると、ただ寂しくなるだけ。

だから、そういったものはあまり見ないようにしている。



「連絡来てる♡」

パパからの連絡に心が躍る。

画面に浮かぶ丁寧なメッセージの送り主は、平井さんーーあたしが今一番気になっている人。

この前初めて会った時は、紳士的で大人の余裕があって素敵だったな。

一応今日はお食事だけの予定だけど、それ以上の関係になることも見据えて念入りに準備していかなくちゃ。


やっぱり、恋って生きていくために絶対必要。

女の恋は上書き保存だと言われるけれど、本当だと思う。

少なくともあたしはそうだ。

隼人がいなくなってぽっかり空いた穴は、もっと素敵な人で埋めるしかない。


今度こそ体の芯からクラクラしちゃうような恋愛がしたい。

お互いがお互いしか要らなくなるようなトランス状態を味わえるような人じゃないと嫌。

全体重を預けてもびくともしないような経済的余裕と精神的余裕を持っていて、あたしの全部をまるごと愛して満足させてくれる人が理想。


だから、付き合う前に全部試したい。

最初のセックスはリトマス紙と一緒。



しっかりと準備をして、全身鏡の前に立つ。

今日は清楚で可愛い系の女の子。

これは平井さんの好みで、本当はもっと派手なお洋服が好きなんだけど。

でも似合ってる、今日も可愛い。

自分に言い聞かせて家を出る。



パパ活、ギャラ飲み、ガールズバーにキャバクラにラウンジ。

色々な形で夜のお仕事をしてきたけれど、やっぱりあたしにはパパ活が一番向いてるかな。


なんと言っても、余裕のある年上と出会えるのが最高。

気に入った人とはすぐに大人の関係になれるし、嫌になったらこちらから切り上げられるし。


色々と面倒なことはそれなりにあるけれど、普通の仕事をするよりは100倍良い。

地元の女の子はともかく、夜の世界で生きる女の子にすらなかなか理解されないけれど。


これがあたしなりの生き方。



遠山美羽、25歳。

主な収入源は、パパ活とたまにラウンジ。

不定期でギャラ飲みなど。

将来の夢は特にないけど、一生可愛くいたい。

あと、運命の人に巡り会えて玉の輿に乗れたら最高。

今一番の悩みは、軽い女に見られがちなこと。


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シンデレラ・スパイラル 泪泪 @louis2

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