第166話、対策(利用)

「お嬢様、お手紙です」

「ほう、今回は早かったのう」


 侍女が持って来た手紙を受け取り、ニヤリと笑う賢者。


「流石にあれを見て、時間稼ぎを出来る神経は無いと思うよ。君が怒りを抑えて我慢している、という事は彼の団長殿も解っているだろうからね」


 そんな賢者を膝で抱えている青年は、クスリと笑いながら応える。

 因みに侍女の青年へ向ける目は冷たい。この二人の関係は相変わらずだ。


「あ奴が解っておっても、王族共が解っておらねば時間稼ぎをしそうなもんじゃがな」

「そうだね。けどそれは逆効果だと、諫められるだけさ」


 実際の所、賢者としては誰が納得していようと、その辺りはどうでも良い。

 とりあえず事態が進んだ事に満足し、手紙の封を開けて中を確認する。


「ふむ」


 内容を見て呟く賢者。青年も賢者の後ろから確認をする。

 時節の挨拶や、周り持った言い回し、ご機嫌取りの文章。

 そういったものを削ぎ落してしまえば、書いてある事は単純明快だ。


 明日の昼に、賢者の条件を呑んだ会談を設けたい。ただそれだけの話だ。


「流石に手紙を出して今日、という訳にはいかんのかの?」

「君が望むならそうなると思うよ」

「いや、まあ、別にそこまで望んでおる訳ではないが」

「そう。私もどっちでも良いかな」


 賢者の答えに対し、青年も気楽に応える。

 どの道二人は結婚式の為にこの国に来た。

 なら式が終わるまでは動けず、その間の事なら特に問題は無い。


 賢者達が問題として見ていたのは、式が終わっても拘束される事だ。

 ならそこまで焦る必要は無く、相手の都合に合わせる事もやぶさかではない。


「罠を張って来ると思うか?」

「万が一の保険はかけてきそうだね」

「あの魔封じ、あの一室だけじゃ無いんじゃろうな」

「そう思うよ」


 賢者が規格外だという事は、相手も既に解っている。

 だからこそ表面上は条件を呑み、だが会談の場で決裂した場合どうなるか。

 賢者が暴れ出した時の対策をしないとは、流石に二人共思えない。


「あれ以上の魔封じの部屋でも壊せそうかい?」

「仕組みが同じなら特に問題は無いのう。あの魔封じの仕組みは儂を封じるには向いておらん。儂の魔法を封じるのであれば、魔法その物を使えなくなるような阻害でないとな」

「全く、恐れ入るよ。私は使える気がしなかったって言うのに」

「お主の場合は魔力量が足りんじゃろうしのう・・・」


 青年とて内に宿る精霊は、熊に負けず劣らず強い力を持っている。

 だがそれとは裏腹に、青年自身が受け入れられる許容量が大きくない。

 自前の魔力を使う賢者と違い、魔力を吸い上げられる力に抗う事が難しい。


 とはいえ研鑽を重ねた青年であれば、全く使えない訳ではない。

 ただ消耗の激しさを考えれば、青年の感覚も間違ってはいないのだろう。


「まあ、どうなるかはあの団長殿の力の見せ所、といった所かの」

「首までかけたんだ、半端な真似はしないと思うけどね」

「そうかのう・・・それで、ローラルよ、落しどころはどの辺りが良いと思う?」


 相手が話し合いの場に立つ気配を見せた事で、やっとこちらの意見が通る。

 だが賢者は戦争をしたい訳ではない。相手が行動するならやむなしという態度なだけだ。

 となれば本音は隠した上で、穏便に事を済ませる落し所が欲しい。


 つまり賢者は先の事までは一切考えていなかった。

 とりあえず「同じ目線まで降りてこい」と言いたかっただけ。

 なのでこの後は青年に投げる気満々で、もう余り頭を働かせていない。


 賢者が青年の膝に乗っているのは、その報酬とも言える。

 なにせここまでの会話の間、青年が熊耳を触っていない時間はゼロだ。

 賢者としても青年のご機嫌を取り、それを理解しつつも青年はニコリと笑う。


「そうだねぇ、第五王女を利用させて貰おうか」

「王女殿を?」


 第五王女。この国の王族に、親族に母を殺され、苦しい中で生きている王女。

 彼女を利用すると言われてしまえば、賢者は少し顔を顰めてしまう。

 だが賢者の様子を見ても、青年は苦笑するだけで続ける。


「うん、現状は、この国の王族と君の諍い、って形になってるよね?」

「そうじゃな。そうなるじゃろうな」

「けど君は第五王女と面識があり、彼女は君の力を借りたがっている。そんな彼女に君が手を差し伸ばし、友好を持っているとすれば、少なくとも国を今すぐ攻めるとは思われない。勿論王族達本人は気が気じゃないだろうけど、少なくとも周囲の貴族は黙るはずだよ」

「ふむ、そういうものか?」


 利用、という割には穏やかな提案に、賢者は少しだけ安心して首を傾げる。


「じゃが王族共が黙らねば結局一緒じゃろう」

「黙るさ。王族なんて言っても、結局一人じゃ何にも出来ない連中の集まりだ。周囲の後ろ盾が動くなと言えば、下手に動けないのが王族なんだよ。少なくとも、王子の間は尚の事動けはしないさ。王太子であるならば、まだ違ったかもしれないけどね。幸いこの国に王太子は居ない」

「そういう、ものなのか」

「ああ、そういうものなのさ。王族なんてね。絶対的な権力なんて無いんだよ。そこを勘違いした王族が潰され、殺され、酷い場合は民に惨殺される。その程度の存在だよ」


 はっと鼻で笑う様に告げる青年の言葉に、賢者は何とも言えない気分になる。

 王族など大した存在では無いと、そう告げている本人が王太子であるが故に。

 何よりも彼は、いずれ王太子ではなくなる。立場に振り回されている王族そのものだ。


「・・・嫌な事を話させたか?」

「そんな事は無いさ。むしろ私は、王族の役目の一つを背負わなくて良い立場になる。そう思えばとても幸せだとも言えるね。こんなに可愛い婚約者も出来た事だし」

「・・・お主は儂の熊耳が目当てなだけじゃろうが」

「ははっ、否定はしないよ」


 明るく笑う王太子。けれど彼の奥底にはどんな感情が沈んでいるのか。

 心情を測る事の出来ない賢者は、軽口で自分の感情を誤魔化した。

 青年もそれは解っているのだろう。だからこそ否定はしない。


「ま、何にせよ、明日で面倒は終わるかの」

「・・・そうだね」


 賢者はすっきりした気分で口にし、けれど背後で応える青年の表情は見えなかった。

 多分全部解決良かったね、とはならないだろうな、と思っている青年の顔は。

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老人→女児→熊耳女児、時々子熊 四つ目 @yotume

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