第165話、騎士団長(違い)

 その後二人の手合わせは二度ほど行われた。

 一度目は宣言通り、熊が少々密度を上げての勝負。

 ただし今度は途中で青年が音を上げ、賢者の勝ちで終わる。


 本来ならそこで終わりにする予定だったのだが、賢者自身が物足りないと感じていた。

 なにせこの手合わせは、殆ど熊に任せて応援していた様なものだ。

 自分は何もしていないのが物足りなくて、生身の状態でもやっておきたいと。


 青年は流石に苦しそうに天を仰いでいたが、賢者の頼みならと了承する。


「はぁ・・・! はぁ・・・! せ、精霊化してる、時より、きつい・・・まいった!」


 結果青年は途中でスタミナ切れ、という形で勝敗が付いた。

 これは単純に、スタート位置と勝負の場が決め手だったと言える。


 現状の賢者の欠点は、一撃の破壊力に限界が有る事だ。

 それを補う為に物量で対処し、そして青年は防御の術が少ない。

 だというのに手合わせの場は広く、開始位置もそれなりに遠くにした。


 熊よりも魔力操作に長けている賢者に、青年は近づく事すら叶わなかったのだ。

 思っていたよりも圧勝で来た事で、賢者はとても満足そうに口を開いた。


「かっかっかっ、良い訓練じゃったな!」

「・・・確かに良い訓練にはなったけど、私はもう、今日は何もする気が起きないよ」


 賢者は楽しそうに笑うが、付き合わされた青年は大の字で寝転がっている。

 息は完全に上がっているし、言葉通り疲れ切っているのだろう。

 それはそうだ。動かない賢者と違い、青年は一瞬たりとも止まれなかったのだから。


「すまぬな。最近あまり訓練できておらんかったし、張り切ってしもうた。次はお主が有利な状況での訓練に付き合う故に、勘弁してくれんか」

「申し訳ないと思うなら、耳を揉ませてくれる方が嬉しい・・・」

「・・・お主は本当にブレん男じゃの」


 まだ肩で息をしている状態だというのに、本当に余裕が無いのかと疑ってしまう。

 とはいえ今回賢者の我が儘に突き合わせた様な物だし、褒美は必要かとも思い始めた。


「全く。ほれ、ちょっと頭を持つぞ」

「え?」


 賢者は青年の頭を膝に乗せ、優しく優しくその頭を撫でる。

 青年は一瞬混乱し、状況を認識して少々戸惑いを見せる。


「え、な、ナーラ?」

「よく頑張ったの。お疲れ様。耳は後で触らせてやる故に、今はゆっくり息を整えよ」


 賢者としては弟子達を労うのと余り変わらない感覚で、青年の頑張りを誉めたつもりだった。

 ただ青年はと言えば、珍しい賢者からの行動に何とも言えない気持ちになっている。

 とはいえ賢者の行動を拒否する気も無ければ、嫌だという訳でもないのだが。


 むしろ以前撫でられた事を思い出し、心地良い気分にすらなっている。


(熊も、よく頑張ったの。感謝するぞ)

『グォン!』


 当然熊の事も労いながら、賢者は青年の息が整うまで頭を撫で続ける。

 青年は照れくさく想いながらも、心地の良い手に身を任せ続けた。







「・・・なんだ、アイツらは!」


 そしてそんな、ぱっと見は仲の良い婚約者に見える二人を見つめる者が声を上げた。

 とはいっても当然優しく見守っていた等ではなく、先の手合わせを見ての言葉だ。

 表情が驚愕・・・だけではなく、その中に恐怖が滲んでいるのが良く解る。


「だから言っただろう。彼女を普通の魔法使いで考えるなと」


 叫んだ者に対して返答をしたのは、賢者に首を差し出した騎士団長の男だ。

 ただ叫んだ者も別の騎士団の団長であり、忌々し気に男の事を睨み返す。


「うるさい!」


 だが男の言葉など聞きたくないと、また先程と同じ様に叫ぶ。

 この二人は仲が悪く、というか一方的に第二騎士団の団長を嫌っている。

 家格が殆ど変わらない二人は、幼い頃から比べ続けられてきた。


 ただそれは競い合うのではなく、ずっと片方が劣っていると言われ続ける形で。

 そして劣っているとされ続けた者にとって、男の言葉はただ腹が立つだけでしかない。

 だがそれでも、先程の光景は軽視できないものだったと、そう言わざるを得ない。


「くそっ・・・」


 悪態をつきながら、視線を王族達へと向ける。

 そこにある表情は様々で、ある者は青く、ある者は興奮していた。

 王族らしく余り表情を変えない者も居たが、険しい気配を纏っているのはすぐ解った。


 そして王族のうち数人は、悪態をついた男に鋭い視線を投げつける。

 お前が一番に反対していただろう。この始末はどうするつもりだ。

 そう、言われている様に、感じた。


「うっ、ぐっ、そ、そうだ、今なら男の方は疲弊している。今かかれば・・・!」

「その場合彼女に蹂躙されるだろうな。この広い場所、空いた距離、どちらも彼女にとっては有利な状況でしかない。お前は先程の彼女の魔法の展開速度を忘れたのか?」

「黙れ! くそっ、くそおっ!!」


 本当ならば男の言葉を否定したいが、なまじ実力はあった事で否定が出来ない。

 勝てないと思ってしまったのだ。あの幼児には勝てないと、そう思ってしまったのだ。

 そして広い場所での有利を語られたが、むしろ狭い場所の方が怖いとも感じていた。


 あの戦いは青年だから出来たのだと。あの青年の技量も化け物だと。

 この場では手を出せないし、後になれば青年は回復している。

 もう、どうしようもない。認めるしかない。アレを敵に回してはいけないと。


「身の振り方を考えておくのだな。処分が下るのは間違いないぞ」

「っ・・・! 俺は間違っていない! 陛下を、王族をお守りするのは我らの仕事だ!! だというのに護衛を無くせなどと、武装をするななどと言い出す方がおかしいのだろう!!」


 第一騎士団の騎士団長として、彼は王族の護衛を頑なに主張した。

 それは何も賢者を軽視してだけの事では無く、職務に忠実に在ろうとした結果でもある。

 だからこそ何人かの王族達も彼の主張が正しいと言い出し、この状況に至ったのだ。


 彼の、戦争になったとしてもたかが辺境の小国だ、という発言を信じて。


「そうだな。それは否定しない。本来ならばと、言うしかないが」


 男としても、その主張は理解出来る。通常ならばその判断が正しい。

 騎士として存在する以上、王家を守る為に最善を尽くすのが義務だ。


「貴様は本来ならば何も間違っていなかった。だが状況が普段を許さなかった。それだけだ」

「ぐぅ・・・!」


 だからこそ、男としてもその判断を責める気は起きない。

 騎士団長としての判断は正しい。けれどその正しさだけでは物事は進まない。

 何事も例外という事が有り、そして今回がその例外だったのだ。


 後は運だ。どちらが先に関わり、そしてどちらが先に現実を見て居たか。

 ほんの少しでも歯車が違えていれば、立場は逆だった可能性が在る。


「すまんな」

「謝るな! 貴様に謝られる筋合いはない!!」


 自分の嫌いな男が自分の事を嫌っていない。その事が一番腹立たしい。

 彼はそんな風に思いながら、けれどこれからの事にもう覚悟を決めていた。

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