ゲーミング七草粥

春海水亭

1680万草粥

 へへ……ま、七草粥っていうのはアレですよ。お正月はごちそうが続いたから、身体にいい草のお粥を食べて胃を休めて、無病息災を祝おうという文化ですな。


 皆さん知ってますか、セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ……これが七草粥の七草ですよ。聞いたことねぇ草ばっかりだなぁと思われますが、スズナはカブ、スズシロは大根のことなんで、まぁ2/7草はちょっとわかりやすくなりましたな。


 ま、別に七種類にこだわる必要もありませんがね。

 地域によっては七草が六草になったり、八草になったり、それ以上だったりそれ以下になったりもします、現代じゃあ特にそんな七草集めるのは面倒ですからねぇ。

 一草、二草入れてこりゃあ立派な草粥だぁなんて言ったりもしますよ。


 俺ン大学の後輩に熊五郎なんて男がいるんですが、そいつは暴飲暴食はするくせに、野菜は食わねぇ、運動はしねぇもんだから、お正月だけに限ったことじゃねぇんですが、胃は荒れに荒れてるし、腹はでっぷり出てるんですが、せっかく年が変わったんだから、今年こそは健康な生活を始めようなんてことを言い出した。


「あんだけバクバクバクバク好き勝手に食っといて、急だねぇ熊よ」

 俺がそう言うと、熊五郎は腹を撫でながら答えた。

「実家に帰ってよ、体重計に乗ってみたんだ。なんて出たと思いやす?」

「そりゃあ……お前は」

 熊五郎の体格を見るに三桁台でもおかしくはねぇ。

 熊やぁい、熊やぁい、なんて熊五郎を呼んでやると「わぁ、熊さんだ!」なんてクマの着ぐるみ見たみてぇに目を輝かせる子供もいる。

「100か?」

 熊五郎首を振る。

「ええ、じゃあ110か?120か?まさか、90以下ってことはねぇだろう?」

 熊五郎、俺の耳元に口寄せて小声でぼそっと囁いた。

「わからねぇんですわ」

「わからねぇってことはねぇだろうが、体重計に乗ったんだろ?」

「体重計に乗るってことと体重がわかるってことは別ン話でして、体重計に乗ってわかったのは、あんまり重い奴が体重計に乗ると体重計もキイキイ可哀想な悲鳴を上げるってことぐらいなんですわ」

「なるほどなぁ、そりゃダイエットもしたくなるわけだ」

 いや、まったく、熊の体重を測れる体重計を探すよりは、熊を体重計で測れる重さにまで減らすほうがよっぽど楽ってもんです。


「で、なんで俺ンとこに来たんだよ」

 俺は栄養学に詳しいってわけでもなければ、運動を教えられるってわけでもない、真っ先にダイエットの報告に来るには相手が違いますわな。


「それがね、俺ァ痩せる痩せると心に誓ったはいいんですが、なんやかんやで実家ではバクバクバクバク」

「あらら」

「こっちに戻ってくるまでに、親に大学生の一人暮らしじゃロクなもん食えんだろうだなんて言われてメシ持たされてやっぱりバクバクバクバク」

「お前……ダイエット来年から始める気かい?」

「いや、先輩。俺もまともに痩せたいって思ってるんですよ。親から持たされたメシも全部食べ終えましたしね」

「で、なんだって俺ンところに来たんだい?」

「先輩毎年七草粥を作って食ってるじゃあないですか、やっぱ儀式ってのは大事ですからね、七草粥を食って正月の食生活をリセットしてダイエットを始めたいんですわ」

 ダイエットを始めたいからメシが喰いたいっていうのはどうにも変な話ですな。

 ま、とは言っても可愛い後輩の頼みだし、別に一人分増やすぐらいどうってことはねぇ。


「ようし、わかった」

「へへ、ありがとうございやす」

 熊五郎がそう言って、鞠みたいに頭を下げた。


「ところで、熊。おめぇ、七草粥の具材は何か知ってんのかい?予め言っとくけど、肉は入ってねぇぜ」

「いやいや俺だって肉から離れるために先輩ンとこに来てんスから、で七草粥……あれでしょう?白菜、もやしに長ネギ、人参、きのこはしいたけ、キャベツとゴボウ」

「野菜鍋の具材じゃねぇか、そりゃあ美味しいだろうがね、草って言えるようなもののほうがすくねぇじゃないか」

「じゃあ、あれですかい。エビ、キクラゲ、タケノコ、人参、タマネギ、チンゲンサイ、ピーマン、ヤングコーン」

「おいおい熊よ、それじゃあ八宝菜だよ。しかもエビだって肉の部類じゃねぇか。いいかい七草粥ってのはねぇ、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、この七種類だよ。春の七草なんて言い方もするねぇ」

「いやぁ、どうもピンと来ないッスねぇ。それに、それじゃあ栄養が足りないんじゃないですか?」

「馬鹿にしちゃあいけないよ、どの草もたっぷりと栄養が入ってるんだから」

「そんなもんですかねぇ」

「それをね塩だけで味付けてさっぱりと頂くんだ、胃がほっとするよ」

「ラーメンのスープで味をつけちゃあ駄目ですかねぇ?」

「そんなに濃い味をつけたら胃がびっくりしちゃうじゃないか」

 ま、俺だって熊の気持ちもわかりますよ。

 ガキン頃に七草粥を食わされた時には「なぁんだこのしょんぼりした食い物は」だなんて思ったもんだ。


「そりゃあ先輩、確かに胃を休めるには良いかもしれやせんがね。俺ァ思うんですよ。それじゃあ歯が悲しむって」

「歯ァ?」

「いいですか、歯ってのはしっかり使ってやらなきゃ噛む力をゆるゆると失っていっちまいやす。俺ら健康な若いモンがおかゆをズルズルじゃあ歯だって悲しんでやる気を失っちまいますわ」

「んなこと言われても七草粥は粥だぜ?」

「だから、噛みごたえのあるモンを加えるんですわ。胃だって野菜を加えりゃ文句は言わんでしょうし、別に七草が八草になったって捕まるわけでもないでしょう?」

「ほう?」

 先輩に作ってもらうメシに食う前からケチをつけてくるっていうのは気に食わない話ですが、まぁ七草粥だって上手いに越したことはないですからね。

 歯ごたえが加わるぐらいなら文句はいいませんよ。


「しいたけを加えましょう」

「草じゃねぇじゃねぇか」

「言うてもですよ、しいたけならぁ出汁も出ます、柔らかなしいたけの食感も噛みごたえを確保しつつ、あんまりお粥としてのコンセプトを邪魔しやせんよ」

「ま、しいたけ加えるぐらいは構わんがね」

「それから……」

「まだなんかあるのかい!?」

「栄養たっぷりといっても草ばっかりじゃあタンパク質が足りやせん、卵を加えやしょう」

「おいおい七草一茸一卵粥になっちまうよ」

「お参りのマナーみたいになりやしたな、しかし真に栄養を考えるならやっぱり卵ですわな」


 ま、熊があんまりにも言うんで冷蔵庫から卵を取り出しました。

 大体粥と卵の相性は良いですからね、まぁ文句もありません。


「しっかし、アレですな先輩。えぇ……滅多にいらっしゃらない春の七草が鍋に来てくださっているというのに、塩だけでおもてなしっていうのもどうかと思いやすよ、俺ァ」

「と言うとなんだい、熊よ」

「味がすくねぇっていうのは良くないことですからね、ここは鶏ガラスープを加えましょうや」

「熊よぉ……おめぇ粥だぞ」

「中華粥ってモンも世にはありますよ、大体まだ親が恋しい卵がいるんだから親に会わせてやるってのが人情じゃあありやせんか、鶏ガラスープを粥に加えやしょうよ」

「おめぇよ、七草粥ってのは胃を休ませるための食事だぜ?」

「だったらなおさらですわ先輩、胃を休ませる、労うってなら、塩だけってのは味気ねぇ、優しいお粥に美味しい味付けをしてこそ、胃も明日から頑張ろうってなるもんじゃあないですか」

「そうかねぇ」

「というわけで、醤油も加えましょう」

「いや、なんでだよ」

「良いですか、昨日まで濃い味付けのご馳走三昧だったっていうのに、いきなり薄い味付けの七草粥じゃあ、胃のほうが逆にびっくりしちやいやすよ。というわけでここは醤油で味を濃くしてご馳走との味の差を縮めるのが胃にとっての優しさってもんじゃあありやせんか」

「おめぇ、むちゃくちゃ言い出し始めたな」

「まぁ、そういうわけですからね。具材もどんどん増やしていったほうがいいんですよ」

「はぁ?」

「良いですか先輩、おわす神は八百万、パソコンの発光は1680万色の時代ですよ?それを七草にしいたけと卵だけじゃあ、胃に馬鹿にされちまいやす。俺らも良い歳をした胃の主人として、胃に舐められないようにしなきゃあいけやせん」

「おいおいお前よ」

「というわけで、エビからいきやしょうか」

「おめぇよ、せめて草を加えろよ」

 まぁ、いざ粥しか食えないとなると熊五郎の心もゆらゆらとなっちまったんでしょうね。もうダイエットそっちのけで美味しい飯を食おうってことだけ考えてるようでした。

 俺ァ、面白くなって酒を取り出しましたよ。

 ま、別に七草粥食わないと死ぬってこともありませんからね。

 今年は熊の仕切りですわ。


「胃と時代に舐められないように、たっぷりと具材を入れやしょう。目指すは1680万草粥ですわ」

 俺ァ酒を飲みながら答えました。


「馬鹿野郎熊おめぇ、そんなに具材が入るもんかよ」

 そしたら自信たっぷりに熊が言うんですわ。


「安心してください先輩、この草を食えば大丈夫ですから」

「はぁ草?」

 もう七草がどっかにいっちまって、ほとんど鍋料理の様相を呈してきた鍋に熊が新しく草を入れました。

 その草を口に入れると、どうも酔い以上に気分が良くなってしようがない。

 もう鍋の中身も1680万の鮮やかな色に見えてきました。

 そっからはもう俺ら二人共草でべろんべろんになりながら会話しました。


「こりゃすげぇな……おめぇ……七草粥に一草加えるだけで、1680万色だよ」

「うへへ……すげぇでしょう先輩……サークルの裏で誰か栽培してたんですわ……」

「こりゃあお前……アブねぇ草だろ……」

「こんなに美味しいのにですかぁ……」

「熊……バカ……おめぇ……警察に通報すっからな」


 熊のバカが七草粥にやべぇ草加えちまったせいで、警察沙汰になっちまいまして。

 熊は警察に絞られて大痩せし、草の栽培施設は潰されました。


 まぁ、そういうわけで七草から始まったはずが、草も生えない話で終わってしまいました。


 お後がよろしいようで。

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ゲーミング七草粥 春海水亭 @teasugar3g

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