Chapter7


「銀河鉄道ってのは分かるかい」

「……いえ」

「その名のとーり、銀河を走る鉄道さ。パブリックイメージじゃ汽車が一般的だが、実際のところはいろんな種類の電車が空を走ってる。何故ならそいつらは、現実のそいつらの、影や幽霊のようなものだから。人の思いを乗せて動く電車は、夜中になると自分の思い通りに動くことができるんだ」

「……ちょっと、よく分からないです」

「直ぐに分からなくたっていい。まあ軽く聞けよ。銀河鉄道の駅は世界中、銀河中にある。何故走るのかというと、死者を運ぶ為だ。いわゆる天国地獄にな。で、ここからが問題。最近とあるお馬鹿な組織がここにある駅を発見して、とある装置で死者の魂を奪い、悪魔召還の為に捧げた」

「それが、……貴方?」

「ああ。しかし俺も困ったんだ。天国はともかく、地獄行きの魂を勝手に盗ったんじゃ俺はボスに大目玉食らっちまう。だからどうにか装置を止めなきゃいけない。……そこで、俺はお前さんに契約を持ちかけた。忘却されし疑団の、組織に疑団を持つ工作員に」

「……」

ふるい名前、教えようか」

「……いいえ。私は、今、一子です」

「そうか。でだ、その装置はコントローラーであるブラックボックスっつー物が必要で、それで装置の電源をオフしちまえば魂を吸い取ることはなくなるんだ。俺はあんたにそれを頼んだ。今は持ってるか?」

「貴方がいきなり連れてくるから、それが入ってるバッグ、持ってこれませんでしたよ」

「そうか。ま、後々届くだろ」

「……そうなんですか?」

「おう」


 森の中をしばらく歩いた彼らの目の前には、無人の駅があった。草や蔓に絡まれて長い年月を感じさせた。

 その周りには人が四人倒れている。

「彼らは?」

「番人さ。ここからあんたを迎えに出たときに眠らせておいたんだ。さあ入ろう」

埃臭い。

足を踏み入れてすぐそんな感想が頭に浮かんだ。

さっきの人たちはここを掃除をしていないのだろうか? 一子がそんな疑問を口にすると、

「自分たちのことだけに必死なんだ。掃除なんかする気もしないよ」

なるほど。

「それよりも一子。ここにお座りよ」

男が駅に置かれていたベンチに座る。横を指で示し、一子に相席を促す。

一子が座ると、男はまた口を開いた。

「一子、お前は俺と契約をした。

 お前は望んだ。記憶をなくして、できれば普通の、楽しくて安心できる日々が欲しいと。だから俺は叶えた。そしてその代償に、俺はあいつを連れてきてもらうことにした」

「あいつ?」

「ボスだよボス。忘却されし疑団のさ。いつもは会社の社長室でグータラしているからなかなか会えないんだ」

「……すいません、その、多分連れてきてないです。というか会ったことないです」

「いいや。俺が良い感じに運命を組んだから、そのうち会えるだろ」


***


「ああ~~~~! もしや連中、駅に向かいやがったのかあ~~~~!!!!???」


「リ、リーダー! あまり怒りすぎると健康に良くないですよー!」


「怒り以外の感情が湧いてこないわボケェ~~~~~!!!! とっとと行くぞ!! 車もってこいやぁ!!」


「……誰か免許持ってない?」「俺無いわ」「俺も」「そういや更新しそこねたんだよなぁ……」「え? 無免許ってこと?」「やでも、ギリギリ行けるでしょ」


「……じゃあ、もう、無免許でもいいよ」


 ***


 ……ひどい夢をみた後に、体に張り付いた汗のような。

 あるいは、怖い番組を見た後のトイレのような。

 不快で、怖くて、嫌な感じ。実際に嫌な目に遭った訳じゃないのに。

 それが俺の歩く先、ずっと続いていた。

 本当は行きたくないけれどでも、行かなきゃならない。根拠があるわけでもないのに俺はそう感じていた。

「なあ、ちょっと話してもいいか」

 俺は隣の男に尋ねた。話してないと恐怖に押しつぶされそうな気がしたから。

「……かまわん」

「じゃあ遠慮なく。……俺の両親は殺された。理由は簡単。忘却されし疑団の所有する『テリアの祭壇』の一部、ブラックボックスを持ってたから」

「……」

「両親の死後、ブラックボックスはどこにいったのか。今は一子のバッグごと俺が持ってる。少し前は一子だ。ではその前は? どう思う?」

「……その前は、俺の兄貴だ」

「刑事さんだったっていう?」

「殉職した。……奴らにやられて」

「なるほど。じゃあブラックボックスはまず俺の両親→あんたの兄貴→疑団に渡った、って考えて良いかな」

「ああ。……ということはつまり、あの娘、一子は疑団関係者か」

「その可能性が高い。で、テリアの祭壇というのは、お袋の手紙じゃあ『多くの人の魂を奪って悪魔を召還するエネルギーに変換する』装置らしい。メガテン知ってる? 悪魔召還プログラムって言った方が早いかと思うんだが」

「知らん」

「そうか。兎に角、今まで疑団絡みの事件で大勢の死人が出たことはない。じゃあ、結局テリアの祭壇は使わなかったのか? いいや、そうじゃない」

 俺はここで一息入れる。

「まくら駅だ。奴らはまくら駅の都市伝説を流し人を集めた。そしておそらく集まってきた連中を、生け贄にした」


 ***


「何故私は、そんな望みを持っていたのでしょうか」


「……一子。お前は疑問を持っていた。

 『忘却されし疑団』は自らの幸せを救世主に願うために動く組織だ。たとえその救世主の名前が、宇宙人だろうと悪魔だろうと、彼らは構わない。だけど工作員として育てられたお前は、組織の目的のために働かされてきた。

 まくら駅にはたまに、疑団の奴らじゃない、普通の人間達もやってくる。都市伝説を聞いてな。で、そいつらの魂もテリアの祭壇に盗られる、と。

 お前はある日ふと、そいつらを見ていて、こんなことを思った。

……まくら駅に来る庶民は皆、救いを求めているはず。なのにどうして、彼らは救われないのか。生け贄にされてしまうのか。彼らと自分たちの違いは? 

彼らも自分たちも、己の幸せを追求することに躍起になっている。その思いは変わらない。なのにどうして?

……いや、そもそも。そもそもの話何故、一子わたし一子わたしの幸せを追求してはいけないのだろうか? ただ、工作員として育てられただけなのに。

 ……お前は疲れていた。残酷で、優しくない日々に。代わり映えのない、退屈で嫌気の刺す日々に」

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迷探偵カイバと忘却されし疑団 双六トウジ @rock_54

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