特別話05 お隣さんと夏祭り④

「あ、ちょっと待ってください颯太君」


「ん?」


 一悶着あったあと、俺と紗夜は待たせている鈴音と周のもとへ向かうべく足を進めようとしていた。


 しかし、俺は紗夜に呼び止められて振り返る。


「着崩れしているので、少し直しましょう」


「あ、言われてみれば……」


 紗夜が俺の前にしゃがんで、襟元や帯の緩みを直していく。


「ふふっ。私を探すために颯太君が必死になってくれたことが見てとれますね。はぐれてしまった挙句、いざこざにも巻き込んでしまって申し訳なく思いつつも、なぜか嬉しい気持ちになってしまいます」


「紗夜が申し訳なく思う必要はない。俺が目を離していたことにも原因があるんだから」


「そ、それは過保護すぎですっ。目を離している隙にどこかにいなくなるとか……子供ですか」


「いや、でも実際そうだっただろ」


「う……今回は久し振りのお祭りだったので、少し興奮してしまっただけです」


 恥ずかしそうに頬を赤らめた紗夜が、「これで良しっ」と言って俺の浴衣から手を離して立ち上がる。


「ありがとう、紗夜」


「いえいえ」


 軽くお礼を言ってから、二人で再び歩き出す。


 鈴音と周はどこにいるのだろうかとスマホを開いてみれば、周から『河川敷の駐車場を見下ろせる堤防の上にいるよ~』と送られてきていた。


 いや、該当範囲広すぎだろ……。


 そんなツッコミを心の中で入れていたら、今度は鈴音からメッセージが来た。


 一枚の写真と共に、『この辺だよぉ~』とメッセージ。


「何と言うか……ヒントを辿って目的地にたどり着くゲームやってるみたい……」


 そう呟くと、隣で俺が何をしていたのか一部始終見ていた紗夜が、クスクスと笑っていた。


「でもまぁ、結構近くまで来てると思うんだよな。多分この辺――」


 ピカッ――ドォオオオンッ!! パラパラ……。


「あ、始まった」


 横目に大きな閃光が飛び込んできたかと思ったら、胸に響く重低音。


 時間を確認すれば、八時半――丁度花火の打ち上げ開始時刻だ。


「わぁ……綺麗……」


「そういえば、最後に花火を見たのはいつなんだ?」


「まだ小さい頃に一度だけ……それ以降は、見たことありません」


「となると、だいぶ久しぶりの花火だな。今日までに、目が見えるようになって良かった」


「それもこれも、颯太君のお陰ですけどね」


 いやいや、と俺は小さく笑って首を横に振る。


 紗夜と並んで花火を見ながらしばらく歩いていると、堤防沿いを埋め尽くす人込みの中に鈴音と周を見付ける。


 丁度花火が連続で打ち上げられているタイミングのため、この距離からでも声を張り上げないと紗夜に聞こえない。


 そのため俺は、紗夜にジェスチャーで伝える。


 俺は鈴音と周が彩り豊かな夜空を眺めて立っている方へ指を差し、「あそこあそこ」と紗夜の視線を誘導させる。


 すると、紗夜も二人の姿を見付けたようで表情をハッとさせる。


 早く合流しようと、俺は紗夜の手を引いて二人のもとへ足を踏み出す。


 しかし、繋いだ手がその場から動かなかった。


 俺は紗夜に首を傾げて見せる。


 すると、紗夜は少し申し訳なさそうな顔を浮かべつつも、どこか気恥ずかしそうで、それでいて何かいけないことをする前の子供のような……そんな表情を浮かべていた。


 俺は、「ああ……」と聞こえるはずもない声を漏らした。


 確かにこの夏祭りは俺と紗夜、鈴音、周の四人で楽しむために来た。


 実際いつものメンバーだし、一緒にいて凄く楽しい。


 しかし、やはりその中では、俺と紗夜の恋人としての楽しみは多かれ少なかれ薄れてしまう。


 紗夜は、少しの間で良いから、俺と二人だけで――恋人と二人っきりで、恋人としての時間を共有したいのだろう。


 俺は紗夜に手を引かれるがまま、人込みから少し後ろに下がった辺りにある木の下まで行く。


 視界には大勢の人の背中と、その遥か頭上に咲き誇り、夜闇を彩り明るく照らす火の大輪。


 チラリと隣の紗夜に視線を向けてみると、それに気付いたように紗夜もこちらを見上げてきて、気恥ずかしそうな微笑みを浮かべてきた。


 鈴音さんと綾川君には申し訳ないですね、と言ったような紗夜の心の声が聞こえてくるようだ。


 そんな紗夜に微笑み返して、俺は視線を打ち上がる花火へと戻す。


 咲いては消え、また咲いてはまた消える。


 一瞬の美しさを見せてすぐに消えてしまうその様は、とても儚く思える。


 花火に命はないが、もし明るく花開いている間が一生と例えられるなら、それは本当に一瞬だ。


 しかし、それは百年近く生きる人間である俺だからこそ、そう思うのかもしれない。


 人の尺度で図れば、木の寿命は長大で、セミの一生はほんの僅かだ。でも、もしかするとそれぞれの体感時間は同じくらいなのかもしれない。


 だとするならば、一際大きく花開いて瞬く間に散っていく花火も、花火自身にとったらそれが長い一生なのかもしれない。


 どうして急にこんな詩的なことを思い付いたのかわからないが、俺は隣に立つ紗夜の存在をしっかりと感じながら思った。


 もし、木や星や宇宙の立場から見て、俺と紗夜の一生が花火のように儚く一瞬で終わってしまうようなものだったとしても、今俺達の視界を彩るこの大輪のように、木や星や宇宙に思わず「綺麗だ」と言わせられるような一生にしたい。


 そして、そんな一生は紗夜と共にある。


 何となく紗夜の手をキュッと握り締めると、紗夜が握り返してきてくれた。


 俺が考えていたことが全て伝わっているわけではないだろうが、それでも何となくは察しているようで……見えない頃から相変わらずその洞察力には驚かされるばかりだ。


『颯太君』


 そう紗夜が口を動かした。


 恐らく声には出していないが、ハッキリと動かされた口の動きから本能的にそう読み取れる。


 紗夜がひょいひょいと手招きしてくるので、俺はそんな紗夜へ顔を近付ける。


 すると――――


「なっ――!?」


 一際大きく花開いた鮮やかな花火を見逃した――そんな後悔が感じられないほどに、俺の意識は、自身の唇に優しく重ねられた紗夜の唇の感触に向いていた。


 その花火が消える頃には、紗夜は唇を離しており、俺の方を見てしてやったりと言う表情を浮かべていた。


 呆然とする俺をよそに、紗夜は人込みの中にいる鈴音と周の方を指差して俺の手を引き出した。


 俺と紗夜は、を演じつつ、二人と合流。


 その後は四人で一緒に花火の打ち上げ終了まで見ていたのだが、俺は紗夜のせいであまり集中して花火を見られなかった――――













【作者からメッセージ】


 以上、アフターストーリー夏祭り編のお話でした~!


 いやぁ、夏祭り編、大変長らくお待たせしましたね。待ってくれていた読者様方には感謝の言葉しかありません!


 ただ、もう書くものは書いたな~と思って椅子の背もたれに大きくもたれ掛かったところです。気が向いたら何か追加するかも?


 他の作品も投稿してますので、是非そちらでも仲良くしていただければなと思います!


 ではっ!

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お隣に、学校一の清楚可憐な『盲目美少女』が引っ越してきました~恋愛不信であるはずの俺が、隣人付き合いをしているうちに君に恋してしまうのは時間の問題かもしれない~ 水瓶シロン @Ryokusen

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