特別話04 お隣さんと夏祭り③
さて、鈴音と周を先に行かせたのはいいものの、どうやって紗夜を探し出すか……。
漫画やアニメのように、二人の間には深い絆があるからそれを辿って行けば必ず見付けられる――なんてことは、残念ながら現実にはないだろう。
「って、スマホで連絡取れば一発だな」
流石は現代文明の利器。こういうときに使わなくては――と、この場に紗夜がいたならば、俺は一体いつの時代から来た人間だと突っ込まれそうなことを思いながら、手提げからスマホを取り出す。
メッセンジャーアプリのやり取り履歴の上から二番目にある紗夜のアイコン――普段は紗夜のアイコンが一番上だが、今日は夏祭りの待ち合わせ場所のやり取りをしたため、鈴音のアイコンが一番上――をタップして、電話を掛ける。
軽快なコール音が鳴る。
しかし、しばらく経っても紗夜のスマホに繋がることはなかった。
「これはちょっと、マズイかもな……」
当てにしていた方法が使えなかったために、無性に不安が胸をざわつかせる。
「紗夜……」
◇◆◇
【美澄紗夜 視点】――津城颯太が探しに行く少し前――
……やってしまいました。
私としたことが、目が見えなくなってからしばらくお祭りに参加したことがなかったので、つい興奮してうろちょろしてしまった挙句、迷子です。
い、いえ。迷子なのは私ではないのではないでしょうか?
むしろ、鈴音さんや綾川君、そして颯太君の方が迷子……は、流石に無理がありますね。
認めましょう。私は迷子です。
「皆さんどこへ行ってしまったのでしょうか……」
視力が戻っていて良かったと心の底から思います。もし、目が見えない状態で迷子だったら、人込みに飲まれてこけてしまうかもしれませんし、簡単に移動することも出来ませんでした。
さて、これからどうしましょうか。
「ねぇねぇ。君、一人?」
「はい? 私、ですか?」
辺りを見渡していると、二人組の男性――恐らく二十代前半の大学生が話し掛けてきたので、私は首を傾げる。
「そそ、君だよ。夏祭り、一人で来たの?」
二人の内の片方――髪を明るく染め、耳いピアスを付けた男性がそう尋ねてくる。
「いえ。お友達と来ましたよ」
私は、少し警戒の意識を持った上で、あくまでも穏やかに返す。
すると、ピアスの男性が不思議そうな表情を浮かべる。
「ん~、でも友達いなくない? 待ち合わせ?」
「まぁ、そうですね。そんなところです」
「そっか~。ねぇ、どう? その友達とじゃなくて、俺たちと遊ばない? 君めっちゃ可愛いからさ~!」
「え、えっと……」
ピアスの男性がどこかこなれた感じに私の横に回ってきて、肩に手を回そうとしてきたので、私はスッと距離を取る。
「ちょいちょい~。逃げなくてもいいじゃん~。怖くないよ?」
「あの、申し訳ないんですが、私はお友達と一緒に回りますので……」
「も~、つれないこと言うなって~」
気付けば男性二人が私を逃がすまいと左右に立っていた。
どうしたものかと困っていると、手提げの中からコール音。スマホに着信だ。
スマホを取り出すと、画面には『颯太君』と表示されていたので、ちょっと安心する。
しかし――――
「おっと~、今は俺達と話してるでしょ?」
「ちょ――何するんですかっ」
ピアスの男性が、私の手からスマホを抜き取ってしまった。
コール音はしばらく鳴り続けたが、やがて消える。
「返してくださいっ!」
「俺達と遊んでくれたら返しても良いけどな~?」
「いい加減にしてくださいっ」
流石にしつこいので睨み付けると、男性二人は「怒んなって~」とおどけた様子を見せるだけ。
でも、先程颯太君から連絡があったということは、私がはぐれてしまっていることは知れているはずです。
でしたら、私は颯太君を信じて待っていればいいだけ。颯太君なら、絶対に私のことを見つけ出してくれるはずですので。
ただ、もしその前にこの二人が手を出して来たら……仕方ありませんね、そのときは。正当防衛と言うやつです。
それからしばらく、男性二人は延々と私を誘ってくるが、私はそれを完全無視。
そして――――
◇◆◇
【津城颯太 視点】
「すみませんけどそのスマホ、返してもらいます」
「ん?」
俺は息切れしながらも、そう言ってピアスを付けた男性の背後から、その手に持っていた見慣れたスマホを抜き取る。
「颯太君っ!」
「すまん……見付けるのに時間掛かった……」
「いえ、颯太君ならきっと来てくれると思ってましたから」
紗夜がそう言って俺の隣に寄ってくる。
それにしても、もう少し遅くなってたらどうなってたかわからんな、この状況。
誰がどう見ても紗夜は可愛い。そりゃ、一人で行動していたらこんな輩の一人や二人が寄ってきてもおかしくはない。
強引に連れていかれていなかっただけ、不幸中の幸いと言うべきか。
しかし、こうして間に合うことができた。
正直探し方は本当に泥臭いものだ。
この人込みの中を掻き分けて進み、ただひたすらに紗夜がいないか探す――ただそれだけ。
まぁ、そんな探し方をした分結構汗かいたし、疲れもしたんだけれども。
「さ、行こう紗夜。そろそろ花火の打ち上げだ」
「はい」
紗夜の手を引き、俺はこの場を立ち去ろうとするが、その行く手を二人の男が阻んだ。そして、ピアスの男が困惑したような笑みを浮かべながら口を開く。
「ちょいちょい、急に何? 誰?」
「いや、それはこっちのセリフなんですけど」
「俺達はこの子に用事があるのね? 悪いけど君はどっか行っててくれるかなぁ~」
「無理ですね。紗夜は俺のです」
「ちょ、颯太君……そうハッキリ言われると恥ずかしいものがあるんですけど……っ!」
本当のことだから言ったつもりが、どうやら紗夜は恥ずかしかったようで、俺に身体を寄せて頬を赤らめていた。
しかし、そんな俺達の様子を見て気に食わなかったのか、ピアスの男の隣で今までポケットに両手を突っ込んで立っていたロン毛の男が「あ~あ、めんどいわ」と言って俺に詰め寄ってくる。
「ごたごたうるさいわ、お前。良いから失せろ」
「――ッ!?」
急に手を伸ばしてきて、胸倉を思い切り掴み上げられた――と思って焦った。
しかし、実際にロン毛の男の伸ばされた腕は、俺の目の前で、紗夜の華奢な手に掴まれていた。
二人の男だけでなく、俺も少々驚きながら紗夜に視線を向けると、その表情が凍てつくほどに硬く真剣で、普段は優しい瞳が鋭利に細められていた。
「颯太君に触らんといて……」
あ、方言出てるわ。コレは、マジ切れしてるわ。プッツンだわ。
正直、今この状況、二人の男より紗夜の方が数倍怖い。
しかし、ロン毛の男もそのプライドからか、華奢な女子に止められるわけにはいかないと、怒声を上げながら手を振り払おうとするが――――
「ふっ――」
「ぐうぅ……ッ!?」
紗夜が流れるような動きで男の手首を極めて、それから肘、肩と言った順番に――そしてそれを瞬く間に行ってみせる。
力の差ではない。完全な技による制圧。
片腕の各関節を極められたロン毛の男は、地面に膝を付く形で動けない。
そんな男へ紗夜が一言。
「まだ続けますか? もしそのつもりなら、今すぐこちらの腕は頂きます」
「――ッ!? い、いや、もういい! お、俺達が悪かった!」
その言葉を聞いてから、紗夜はロン毛男を開放する。
紗夜との圧倒的な力量差を実感したのか、二人の男は「い、行こうぜっ!?」と慌てた様子で立ち去って行った。
残された俺と紗夜。
「紗夜、お前……」
「ご、ごめんなさい颯太君。こんな見苦しい姿を――」
「――可愛いだけじゃなく強いとか、どれだけ俺を惚れさせたら気が済むんだよ……」
「え?」
紗夜は戸惑った様子でこちらを見てくるが、だってそうだろ。
こんなに美人で可愛くて、家事も完璧なだけじゃ飽き足らず、武術の心得もある。惚れ直さないわけがない。
「まぁ、本当は俺が紗夜を守らないといけない立場なんだろうけど……そこは男として恥ずかしい限りです……」
「ふふっ、そんなことありませんよ。颯太君はいつも私を守ってくれています。実際、こうして私を見付けてくれましたしね」
そう言って笑った紗夜が、俺の手を自分の両手で包み込む。
俺はそんな紗夜に照れたのを誤魔化すように後ろ頭を撫でた。
「んじゃ、行こうか。鈴音と周が待ってる」
「はい、颯太君」
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