特別話03 お隣さんと夏祭り②
「あ、颯太~! こっちだよ!」
「お、周。鈴音も一緒か。お前ら来るの早くないか?」
集合場所には、既に鈴音と周の姿があった。二人とも浴衣姿だ。
鈴音は濃紺の生地に紫陽花が描かれた浴衣で、周はクリーム色の生地に椿が描かれた……って、周のは女物じゃないか?
ただ、それでも何ら違和感なく似合ってしまうのは、女子顔負けの美少女っぷりのせいだろう。
「きゃ~! 紗夜ちー可愛すぎるぅ~!!」
「えへへ、ありがとうございます。鈴音さんも良く似合ってますよ」
「ねね、みんなで写真撮ろうよぉ~!」
そう言って鈴音がスマホを取り出すので、俺達は何枚か写真を撮ったあと、河川敷に降りて屋台が並ぶ人込みの中へ向かって行った。
「たこ焼きにお好み焼き、焼きそば、ホットドッグ……いっぱい屋台出てるねぇ~!」
「お前の視界には食べ物の屋台しか入ってないのか」
「そりゃ、祭りと言えば屋台! 屋台と言えば食べ物! よしっ、まずは焼きそばからだぁ~!」
真っ直ぐに『焼きそば』と書かかれた屋台の方へ向かって行く鈴音。俺達はそんな鈴音に置いて行かれないように、追い掛ける。
次は、たこ焼き。その次はホットドッグ――と言う風に、鈴音が食べ物の屋台を制覇するつもりなのかというくらいな勢いで買っていくことしばらく。
「お、お前それ全部食べる気か……?」
「ん?」
そう尋ねると、ホットドッグを口に咥えた鈴音が首を傾げる。ホットドッグを咀嚼して口の中のものをなくしてから喋る。
「あったりまえじゃん! 何のために買ったと思ってるのぉ? あ、もしかして何か欲しいのあった?」
「そんなに食べられるかっ!」
俺はいつものことながら鈴音の額を軽く指で弾く。すると、鈴音は大袈裟に仰け反ってみせて、「ぐはっ」とリアクションするが、それでもなお食べる手を止めようとはしない。
そんな鈴音へ、紗夜が苦笑交じりに言う。
「鈴音さん。そんなに食べたら太ってしまいますよ?」
「えぇ~、でも私太んないからなぁ~。栄養は全てここに行くのですっ!」
そう言って鈴音は腰に手を当ててフンと大きく胸を張る。
「ほらほらぁ~。紗夜ちーも食べないと育たないぞぉ~?」
「わっ、私だって充分にありますからっ!」
「えぇ~。でも、やっぱり大きい方がつっしーも嬉しいじゃん?」
「そこで俺に話を振るな」
紗夜が不安そうに「そうなんですか……?」と聞いてくるので、俺は「コイツの言うことを真に受けるな」と忠告しておく。
それよりも、俺はこの話の流れで周が自身の胸をジッと見降ろしている方が気になる。
「あ、颯太君。私わたあめ食べてみたいですっ。買って良いですか?」
「ああ、もちろん」
俺が頷いたとき、斜め後ろに回った鈴音が肘で突いてきてひょいひょいと手招きしてくるので、俺は耳を近付ける。
「(ほら、つっしー。ここは男の子が奢らないとっ!)」
「(わ、わかってるって)」
元々そのつもりだったのだが、こうして人に言われると何だか恥ずかしい。
俺は一度咳払いしてから、紗夜と共にわたあめの屋台に向かう。
「はい、いらっしゃい!」
屋台のおじさんが元気よく挨拶してくる。
「紗夜、何味にするんだ?」
「そうですね……ラムネにしましょうか」
「なるほど。おじさん、ラムネ味一つ」
代金の五百円を支払って、紗夜の代わりにそう注文すると、屋台のおじさんが「はいよ」と言って棒に綿あめを巻き付け始める。
紗夜が俺の浴衣の袖をキュッと引っ張ってくる。
その表情が、奢ってもらって申し訳ない……と言わんばかりのものだったので、俺はそんな紗夜の頭をポンポンと優しく叩く。
「このくらい奢らせてくれ」
「で、ですが……」
そのタイミングで、おじさんが「まいどあり」と完成した淡い水色のわたあめを渡してくるので、俺が代わりに受け取ってから、改めて紗夜に手渡す。
「彼氏っぽいこと、してみたかったんだよ」
「颯太君……」
紗夜はわたあめを受け取ると、それをじっと見詰めてから再び俺に視線を向けてきた。
微かに頬が赤く染まっているのは、屋台の明かりか、吊るされた提灯のものか、それとも……。
「ありがとうございます、颯太君」
「ああ」
僅かに頭を傾けて微笑む紗夜。
正直わたあめに五百円出すと考えるとそんな気もするが、この笑顔がセットで付いてくると思えば、いくらでも出してしまえそうだ。
鈴音と周のもとに戻り、改めて四人で屋台を巡りながら歩く。
俺の隣で紗夜がわたあめをパクパクしているのが、本当に可愛らしい。俺はと言うと、それを見てにやけそうになるのを必死に我慢する。
そんなとき――――
「颯太君、はい」
「ん? 俺に?」
「はい。奢ってくれたお礼です」
紗夜がそう言いながら、手で千切ったわたあめを俺の方に差し出してくるので、俺は少しためらいながらもそれを口で受け取る。
「どうですか?」
「……甘いな」
「ふふっ、わたあめですから」
そう笑う紗夜は、俺にわたあめを渡した手の指を、口付けするかのような仕草で小さく舐める。
妙にその仕草が色っぽくて、俺は思わず心臓を跳ねさせてしまった。
無意識なんだろうが、相変わらず心臓に悪いお隣さんだ……、と思っていたら、紗夜がこちらをチラリと見て微笑を湛えた。
「お、お前な……」
「はい、何ですか?」
とぼけやがって、と心の中で呟きながら、俺は今の紗夜の仕草が意識的に行われていたのだと確信した。
◇◆◇
「はっはっは。お兄ちゃん、もう一回やるかい?」
「はぁ、やめておくよ」
「そりゃ残念だ。良い金づるになると思ったんだけどな~」
「アンタな……」
俺は一人で射的をやっていた。紗夜は鈴音と周に一旦預けてある。
射的で良い物を取って紗夜にプレゼントしてやろうと思ったのだが、現実そう上手くはいかず、一回五発の射的を三回チャレンジしたところで諦めた。
おじさんが愉快そうに笑っている。
まったく、個々の景品重すぎだろ……。
まぁ、それは最初からわかっていたことなので、文句も言えない。おじさんも「これも祭りの醍醐味さ」と言ったような顔だ。
俺は諦めて射的屋を後にし、鈴音と周のもとへ戻る。
すると、辺りを妙に焦ったようにキョロキョロしていた。
「ん、どうした?」
そう聞くと、周が半泣きで俺に頭を下げてきた。
「ゴメン颯太っ! ボクがいながら、美澄さんとはぐれちゃった!」
「ううん。めぐるんだけのせいじゃないよ! 私も目を離しちゃったから……」
鈴音と周が申し訳なさそうに俯くので、俺は二人の肩に手を置く。
「そんな顔すんなって。俺にも紗夜の傍を離れた責任がある」
「で、でもっ……!」
俺は周の言葉を、頭を横に振って遮る。
「もうすぐ花火の打ち上げの時間だな。お前らは先に場所取っておいてくれ。俺は紗夜を探してくる」
「それなら私達も――」
「――いや、人込みの中皆でバラバラに探してあとで合流できないのがオチだ。ここは俺一人で問題ない」
鈴音と周は互いに見合って、しぶしぶ納得したように頷く。
「じゃ、あとで!」
俺は鈴音と周を先に行かせ、人込みの中をかき分けていった――――
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